106 写真部の花嫁
月曜日のお昼休み。
「あのグラビアの写真集は僕の好みでもないし」
「じゃあどうするんだよ!?」
黄色が僕の机の横にいる。
「それを今考えてるんだろう」
「はー、いきなり相棒がたいになったかと思えば」
「別に相棒じゃなくね?」
「栗ちゃんのほうが飛ばせるだろ」
「去年の優勝者の僕に言ってるのか?」
「ちなみに俺はこれをおかずにする」
黄色は光っているゲームを僕の机においた。
「エロゲかよ」
それは女の子が18禁な事をする携帯ゲーム機とゲームソフトだ。
「仕方ねえな、俺が月刊マカシン貸してやるよ」
竹刀が首を突っ込んできた。
「いいよ! イカくせーし」
「何だと? たいのために2冊買ってあるのに?」
「僕のためじゃねえだろ、布教するためだろ」
「あれもやだ、これもやだ! じゃあどうすんだよ」
「後3週間あるから、その間に決めるよ」
「ドスケベなやつな! 分かったな?」
「はいよー」
「あ、たい、いいこと思いついた、2週間後の土曜、一緒に秋葉原行かない?」
葉阿戸が真面目な顔で僕を見やる。
「嫌な予感しかしないけど、いいよ」
◇
2週間後の土曜日。
僕は大人のおもちゃ屋に居た。葉阿戸と明日多里少も一緒だ。
「俺、日余ですが、予約していたもの出来ましたか?」
葉阿戸は店主らしき人に聞くと、店主はびっくり仰天した顔をする。おそらく電話で話したり写メを送ったりしていたのだろう。
「写真通りの、男? 女?」
「俺は男子高校生ですがこっちは女子大学生です。18歳過ぎているので。言い値で買います、いくらですか?」
「10万でいいよ」
店主は奥に引っ込み、誰かを運んできた。
人ではない、精巧な150センチくらいの女体の人形だった。葉阿戸に少し似ているが、葉阿戸には劣る顔つきだ。目も細いし、胸は大きい。なんとなく明日多里少に寄せた感じがする。セーラー服を着ている。
「え? ダッ……ち……わ、いふ?」
「最近はラブドールっていうんだよ、たー君」
明日多里少はニヤニヤと僕を見つめる。
「たいにあげるよ」
「いや、部屋に置けないから。親にもバレたくないし。葉阿戸が持っててよ。大体、大会に、だ、いや、ラブドールは許可されるのか?」
「モンに聞いたらセーフだって言ってた」
「まじかよ……」
僕は人形の細いラブドールをぎゅっと抱きしめた。
人肌より冷たくて少し硬い。
「葉阿戸、僕」
「返品は不可能だからな」
「分かったよ、これをおかずにするよ。段ボールで包んで、茂丸の家に運んでもらえるか? 茂丸の家、学校のすぐ側だから。ちょっと待って、今電話する」
「構わないよ」
葉阿戸の言葉を聞きながら、電話をかけた。
『もしもし、茂丸? たいだけど、実は〜〜〜〜』
『いいけど、その子の家賃とるから、1日3000円な』
『うん、了解、助かるー』
僕は2日後の夕方に着くように送り時間と茂丸の住所を書いた。
6日後に大会があるのだ。1万2000円は痛い出費だが仕方ない。これでもう後には引けなくなった。大会には絶対に勝ってみせる。
◇
3日後、火曜日の朝。
「よお、たい、持ってきてやったよ」
茂丸が女の子を背負っているという情報が拡散されていた。
僕は不憫に思い、コンポタージュを渡した。
女の子というのはラブドールの”ドールちゃん”だ。ちゃんと服は着ている。
「ちょっと触ったけど、中には出してないから」
茂丸が3組の前に”ドールちゃん”を置き、いらない情報を告げる。
「おい!」
「冗談だよ。俺も今年も大会出るからな。首を長くして待ってろよ」
「なんだ、びっくりした、はい、金だよ」
僕は茂丸に金を支払う。そしてブルーシートで人形をくるむと、教室の隅に座らせておいた。
橋本は人形を特にいい咎めることはしなかった。気が付かなかったのかもしれない。
◇
昼休みになると生徒会のメンバーが僕らのクラスまで着た。
「飛距離大会の、おかずのあみだくじに名前と、おかずの名前を書いてもらえますか?」
そのあみだくじには、8人分の空欄が空いていた。書いてあるところにはマスキングテープが貼られている。
僕は名前と人形の名前”ドールちゃん”(ラブドール)を書き込んだ
黄色は自分の名前と”リイネイ”(恋愛エロゲ)と書き、筆を置いた。
上にマスキングテープを貼られた。
「ありがとうございました」
「ほいよ」
「明後日の木曜日の放課後、予行演習がございます。つきましては、明日再び出向くので、おかずの用意をしていて下さい、頑張ってください」
生徒会のメンバーは居なくなった。
モンが帰ってきた。
「ねえ、モン君、ラブドールって持ち込むの平気なの?」
いちは不安げに聞く。
「ラブドールを持ち込みすることは認めております。学校の大会期間のみですが」
「なあ、ちょっと味見してもいい?」
竹刀は股間を抑えている。
「だめだよ。この子は僕の物だから」
「たいが俺に反抗するのか?」
「竹刀君、ハウス!」
「はーちゃん。わーったよ、裏庭で抜いてくるよ」
竹刀は葉阿戸に従った。
教室の空気は悪い。皆があそこを勃たせているように見える。
「いち、どうする?」
「ん? 何が?」
「ラブドールだよ! 襲われないか心配なんだけど」
「視聴覚準備室に運ぼうぜ」
葉阿戸が提案する。僕はそれに乗る。
「じゃあ足の方持って」
「うちも手伝うよ」
いちと葉阿戸と僕で”ドールちゃん”を運んだ。
「茂丸さ、おかず何にすると思う? 日本人形供養したじゃん?」
「君は他人を気にし過ぎだよ。気にするのは俺の機嫌だけにしな」
「まあ、何でもいいんだけど」
「なんかこうしてると、死体処理班みたい」
「いち、そういう事言わない」
「はーい」
いちの声がやけに可愛く聞こえる。
「鍵かかってるわ。ちょっくら取りに行ってくる」
僕は視聴覚準備室の前で、気がついた。後10分しかないので、駆けていった。職員室の前で伊祖にぶつかった。
「大丈夫かい?」
「すみません、大丈夫です! 伊祖先生、視聴覚準備室の鍵を借りれますか? 実は、えっと、ラブ、ドールを、しまいたくて」
最後の方は蚊の鳴くような声になってしまう。
「ラブラドール? 犬?」
「いえ、ラブドールです!」
僕は職員室にいる職員に見られる。
「大きな声でいうな! 分かったから」
きまり悪そうに伊祖は視聴覚準備室の鍵を僕に手渡した。
「ありがとうございます」
僕はこの場を後にした。
◇
「オッケー、これでもう、見つからないね」
僕らは”ドールちゃん”を余っている様な四角い段ボールの中に入れた。
「ドールちゃん。また明日。じゃあ、戻ろう」
いちはとんでもない切り替えの早さを見せた。
「やべえ、後3分しかない。鍵持ってていいのかな」
「今日は部活だからいいんじゃない?」
「そうだなー」
僕はなんだか人一倍疲れてしまった気がした。視聴覚準備室の鍵を掛けるとさっさとクラスに戻った。
「あー、次は英語かー」
キンコンカンコーン
がらら。
橋本が入ってくるやいなや、トランクスを集めた。
和矢と入れ替わる。
「ハローエブリワン、号令!」
「深呼吸、礼!」
「「「お願いします」」」
「それではテストを配ります」
「えー、和矢ちゃん、もうテストは終わったじゃん?」
「シャラップ!」
和矢は我関せずとテストを配り、皆は1枚とって、後ろに回した。
「後はシンキングタイム」
和矢の配った小テストはいつものと一味違う。
それは英語で、ことわざや熟語が書いてあった。
どこにも解答欄がない。
僕は和矢の方をよく見てみると、まだ配りそうなプリントを持っているのに気がついた。
(覚えるんだ、この単語を……。ん? ボッキマンが不正してる!?)
竹刀は机に書いて覚えている。
「ミスター簿月、カンニングはいけません」
和矢は即座に気がついて注意する。
「すんません、すぐ消します」
竹刀が消すと先生はにっと笑う。15分が経った頃だ。
「はい、それでは解答用紙を配る前に、テスト用紙を前に送り、返してください」
「「「はい」」」
皆は再度、虫食い問題の書いてあるテストを配られた。
僕は楽々と書く。
(猿が木から落ちる、猫に小判、豚に真珠〜〜〜〜。全て虫食いの英語だ、簡単だ)
「フィニッシュ! 前に集めるように」
テストは前に流れていった。
「後で、赤点の人は再テストもしますね」
また授業が始まった。
キンコンカンコーン
「それでは、号令」
「深呼吸、礼!」
「「「ありがとうございました」」」
◇
放課後。
「部活に行こう」
「今日は何のコスするの?」
「カラードレス」
「胸ないのに?」
「それは関係ないよね?」
「怖い怖い、怒らないで」
僕は葉阿戸のドスの利いた声を久しぶりに聞く。
視聴覚準備室で着替える葉阿戸を部活の皆で雑談しながら待った。
「茂丸はまたソシャゲして、いくら課金してんだ」
「今月はまだ1000円ちょっとしかしてないし」
「1000は大きな額だよ。茂丸の親にチクっちゃおうかな?」
「やめろ。そんなことしたら、ラブドール、お前の親にバラすぞ?」
「お、着替え終わったようだな」
僕は夢を見ているようだった。
(とても綺麗だ)
葉阿戸が出てくるとシャープでロング丈な、青いドレスがふわりと揺れ、華やかだった。イヤリングやネックレスが程よく映える。白いリボンがアクセントになっていた。
「結婚式に来たみたいだな」
「たい、行けよ」
新しい部長が投げかける。
「なんでですか?」
「いいだろう、誓いのキスでもしろよ」
茂丸も悪ノリする。
「バカ、するわけ無いだろ」
「俺等、写真部だ。写真を撮ろう」
近くに居た烏有がフォローしてくれた。
撮影会は段々と盛り上がりを見せていった。
僕は飛距離大会を忘れてしまうほどだった。




