1 トイレに関する校則があるとは知らなかった
秋の暮の季節の頃、私立御手洗男子高校1年3組――。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘にしようと思うたのじゃ」
ブッ!
僕の前の席に座る、常夏牙終硫が勢いよく屁をこいた。現代文の授業の時間のことだった。
「先生が話しているときはおならしない!」
「「「ぎゃははははっ!」」」
クラスで笑いが起きる。
「すみません、お腹が痛くて」
「校則第九条。授業中に人が話しているときは、脱糞、放尿、放屁をするべからずと取り決めがされているだろう」
「はい!」
「返事とおならの勢いはいいな」
「はい、すみません」
そう謝る終硫を僕は不憫に思った。
(おならできるトイレが封鎖されているのだから仕方ないことじゃないか?)
現代文の授業が終る。
「深呼吸、礼、ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
ブバッブリブリ! ボチャン!
「くっせーこいつ! うんこしやがったぞ!」
はやしたてるのは、小運満そしてうんこをしたのが異北井都零。都零は真面目で寡黙な男子だ。
「ちょっとー、やめなよ! 足が固定されているんだから、うんこする場所ないでしょ」
僕、蟻音たいは学級委員長らしく意見する。目が悪いのでメガネをかけている。
この学校は男子トイレという空間や概念が撤廃され、教室の椅子がトイレの椅子になっている。皆下半身丸出しで座っている。
「ああ、もうヤダ。お願い皆、聞かないで!」
ブリブリ! ボチャンボチャン!
クラスで一番かわいい、中性的な男子の倉子いちが排便した。
「俺変な性癖に目覚めそうなんだけど」
「可愛いー」
ブスー!
「わり、屁出た!」
やんちゃな男の子の園恋茂丸が恥ずかしげもなく言ってみせた。
「まだ昼まで2限あるぞ、匂いどうにかしろよ。都零、いち」
「しょうがないでしょ! 生理現象なんだから」
僕は内心、(臭いなー)と思いながらもクラスで立身する。
そう、まだお昼の時間にもなっていない。お昼にならない限り僅かな自由も得られない。
ちなみに、お昼の時間になると、全員に配られるトイレットペーパーで尻を拭き、またトランクスも配られる。足にかかっている施錠が解かれて、便座は自動的に閉まり、トイレは流される。つかぬまの休息でトランクスを履き、弁当を食べることが出来る。
それから5限目になると、再び下半身丸出しで、トイレに成り代わった椅子に座らねばならない。最初は興奮していた男子達もそれは見慣れた情景になり、男性の大事な部分を勃たせている人は少ない。しかし、毎日勃起している人もいる。あだ名は勃起マンだ。
不登校の人も5、6人いる。
この校則に涙している人は少なくない。僕も校則を深く考えず近さと新しさで選んだのが私立御手洗高校なのだ。
この男子校全体がそのような状態が続いている。
「おい、包茎委員長」
茂丸が僕に話しかけてきた。
「何?」
「消臭剤持ってなかったっけ?」
「そういえば、僕だけ持ってくることを許されてたな。あるよ、ほら」
僕は消臭剤を茂丸に渡すとトイレにかけて、都零といちに回らせる。
クラスの便臭が少し収まってきた。
鼻が慣れただけの可能性もあるが。
キンコンカンコーン
ガララ
「英語の授業を始めます」
顔を歪めて入ってきたのは、美人で独身の常勤の先生だった。優関椎和矢という20代の若い先生だ。
僕は顔から汗が吹き出してきた。
(こんな時に限って……、腹の調子が悪い……)
本来普通のおじさん先生ならすぐにうんこを出せるはずだが、美人の先生にうんこしてるところなど見られたりしたら、合わせる顔がない。
「We call him danny.この文を蟻音君、svocと日本語に訳してみて」
「Weがsで。私達は、callがvで、を〜と呼ぶ、himがoで、彼、dannyがcで、ダニーぃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)」
「……正解」
和矢はドン引きしているかのような声で黒板に向かい、間のある返事をした。
皆は顔を見合わせているのがわかる。笑いをこらえているようだ。
「声で聞かれてないよね? だって僕1番後ろの席だし」
「……」
隣の席の茂丸は憐れんだ表情で僕を見てきた。
僕は昼休みになるのを待った。
(早退してしまいたい)
時間は過ぎて、昼休みになった。
「今日のやらかしmvpは包茎委員長だな。ハハハ!」
「くっそ!!! 笑うのこらえさせるなよ。さっきから笑いが止まらなくて腹がよじれるかと思ってるぞ。アハハハ」
満と茂丸が笑っている。
「今日は早退してやる!」
「無理だ。保健室、今日も早退祈願者でいっぱいだからな」
「クソォォオオ」
「確かにクソだな」
遠くの方から声が聞こえてきた。
「食べてる時にそういう話はちょっと……」
いちは意に返さずにチョココロネを食べている。
皆がニヤニヤしているように感じる。
「なんで、皆、僕のこと見て笑うんだよ。生理現象なんだから仕方ないでしょ、ああああ! よし、ちょっと勝負下着だけで富士山登ってくる」
僕は場を冷やすことしかできなかった。
「さっきのはねぇ」
「なー」
「これ以上、その事に触れたら、我が校の反逆者とみなして担任に報告するからな」
「お前、権力を振るう気か」
「委員長なんだからな!」
僕はクラスの全員を指差し、学ランとトランクス姿で廊下に出た。
「委員長なんだからな!」
満が僕の真似をする。
「「「ぶははは」」」
皆が笑いころげているように感じた。
僕は逃げた。この姿で逃げられる唯一の場所と言ったら、図書室だった。
先客は10人位居た。半分の人が泣いている。
理由はおそらく僕と同じで、何かやらかしてしまったのだろう。
「君もやらかしかい?」
カウンターの方から声がかかった。
「はい、ぶりぶりしたのは僕です」
半分涙声でカウンターの方を見た。
そこには髪が長く、肌の白い、薄化粧の美少女が居た。しかし、声は野太い。我が校の学ランをきている。
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