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【短編】子供なんていらないと言ったのは貴男だったのに

掲載日:2024/11/09

子供なんていらないと言ったのは貴男だったのに。


「レティシア、君に離縁を言い渡す」


 十年以上連れ添ってきた夫に言われ、私レティシア・オルコットは目を見開いた。

 一瞬何を言われたかわからなかった。


「跡継ぎを産めない女は男爵夫人に相応しくない」

「跡継ぎを産めないって……何を言っているの?」


 確かに私たち夫婦には一人も子供がいない。

 十八歳の時に嫁いで来て、私は二十八歳で夫のアルノーは三十二歳。

 後継問題を考える時期で、だからこそ今日養子についての相談をする筈だったのに。


「後継者の準備ならもう出来ている」

「……準備?」

「そうだ、入ってくれシェリル」


 アルノーが扉に向かって呼びかけると、それはすぐに開いた。

 そして恐らく私よりは若く、腹を膨らませた女性が入ってくる。

 私は先程の夫の言葉とシェリルという女性の存在で大体の事を察した。

 泥のような失望が心を満たしていく。


「アルノー、それはつまりこのお嬢さんを男爵夫人にしたいということ?」

「私の後継者を生む女性なのだから当たり前だろう」

「ふふ、ごめんなさい奥様。順番が逆になってしまいました」


 平然と言い放つ夫と、悪びれもせず微笑む愛人。

 これはいわゆる略奪婚の渦中なのだろうか。

 怒りよりも呆れと、憐れみと、そして解放感を感じる。


「そう、なら私はもう貴男の妻という立場を辞めていいのね?」


 私が笑顔で尋ねるとアルノーは戸惑ったようだった。

 泣いたり怒ったりするとでも思ったのだろうか。 


「あ、ああ……離婚原因は君にあるが少しは財産を分けるつもりだ」


 恐らく慈悲深い物言いをしているつもりの夫に初めて怒りがわいた。

 離婚されることが嫌なのではない。若い娘に乗り換えられたのが悔しい訳でもない。

 

「私が……離婚原因?」

「そうだ、先程言っただろう。跡継ぎを産めない女は男爵家に不要だと」

「……子供なんて欲しくないと言ったのは貴男なのに?」


 私の言葉に今度は夫が目を見開いた。

 そう、彼は確かに言った。十年前嫁いできた私に子供なんて欲しくないと。


 自分は父親に虐待のような厳しい躾をされてきた。母親は一切庇ってくれなかった。

 だから自分に後継が出来てもきっと同じようにしてしまう。

 自分のような不幸な子供を生みだしたくないと泣きながら私に言ったのだ。


 十年前の私は、アルノーを心から愛していた。

 だからそれに頷いた。

 そんなアルノーの両親たちが跡継ぎを生まない私にどんな仕打ちをするか覚悟の上で。

 私は貴男の為に子供を持たない選択をしたのに。


 一昨年義父が亡くなり、彼は確かに呪縛から解放されたと思った。

 それからどこか浮ついた様子なのもそれが理由だと思い込んでいた。 

 でも実際の理由は厳しい監視役が居なくなって羽目を外しただけだったのね。


「そんなこと、言ったかな」

「そう、忘れてしまったの」

「大体子供が欲しくないからって出来なくなる訳ないだろう。お前の体質だ」

「わかった、もういいわ」


 少しでも申し訳なさそうな顔を彼がしてくれたら、まだ私も彼に真実を伝えることが出来たかもしれない。


「貴男が忘れたというのなら、私も忘れることにしましょう」


 その方の子供を可愛がってあげてね。

 私はそう微笑んだ。



 ◆◆◆



「レティシア、アルノー元男爵が又来たようだよ」

「まあ……懲りない人ね」

「守衛が警察に突き出したから安心していい。今度こそ遠くへ療養に出される筈だ」


 向こうの親戚とそういう約束をしたからね。

 私を慰めるように言うのは夫のセドリック。私より二歳年上の伯爵だ。


 アルノーと離婚してから一年後私は彼と再婚した。

 夫の事を忘れたくて社交界に頻繁に顔を出すようにした結果彼と知り合った。

 一部では男漁りと笑われていたようだが、実際セドリックという素晴らしい人と結婚出来たので気にならない。


 夫は病弱だった奥様を亡くされてから十年独り身を貫いていた。

 両者の年齢を考え、二年後に養子を貰うこと前提での結婚だったが私は間もなく妊娠した。

 健康な男の子で私もセドリックも溺愛している。


 一方元夫のアルノーの実子は出来ないままだった。

 彼が新しい妻にしたシェリルは自分にもアルノーにも似てない髪と目の色の子供を産み落とした。


 実は私は離婚を切り出された時点でシェリルの托卵には気づいていた。

 まさかアルノーと全く違う特徴の相手の子供を偽るとまでは予想していなかったが。


 彼女は子爵令嬢と名乗っていたが、実際は子爵がメイドに手を付けて産ませた子供だったらしい。

 当然アルノーには離婚されたが、彼も十歳以上若い娘に騙された愚か者と社交界で笑いものになった。


 三十超えた男に十代の娘が打算無しで嫁ぐ筈なんて無いと知らないのはアルノーだけだった。

 更に私の不妊を理由に離婚したのに、再婚した私が間もなく妊娠したから嘘つき男扱いされている。

 実際は彼こそが子供を作れない体だったのに。


 結婚当初子供は絶対欲しくないと願った夫の為、私は避妊に気を使った。

 その為妊娠しやすい体質や妊娠についてのタイムリミットについて調べていて、結果夫が子を作りにくい体質だと知ったのだ。

 私はそれを誰にも言わなかった。


 両親に厳しく監視されていたアルノーが決して責められないようにと。

 その結果がこれなのだから皮肉だ。


 私もアルノーの両親から不妊に関してずっと責められ続けたこと、夫は一切庇わなかったことを広めておいた。

 これが目的で社交に精を出した部分もある。

 彼に嫁ぎたがる女性なんてまともな判断力を持っていたら居ないだろう。

 実際私が彼と離婚して五年経つが再々婚したという話は聞かない。


 私へのしつこい付き纏い行為を伯爵である夫に抗議された結果、男爵の座から降ろされたから益々縁遠くなるだろう。 


「だからといって私と再婚したがるなんて全く理解できないけれど……」

「いや私は理解できるよ、君はとても素晴らしい女性だからね」


 そうセドリックが私の肩を抱いて微笑む。

 彼はとても優しい。でも結婚したのはそれだけが理由ではない。


「ねえ、貴男は私が子供を産んでも産まなくてもどちらでもいいと言ってくれたわね」

「ああ、私は君が好きだから結婚したんだ」

「私もそんな貴男だから結婚したのよ」


 そう言って彼の頬に接吻ける。

 もう少ししたら私たちの可愛い子供が昼寝から起きてくるだろう。


 それまでに元夫のことなんて忘れるに違いない。

 私はセドリックに愛していると囁いた。


╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌


【余話・ある男の末路】


 こんな筈では無かったと思う。


 三十近くなるのに一切妊娠しない出来損ないの妻を捨て若い娘と可愛い子供とやり直すつもりだった。

 しかしシェリルが産んだのは私たちとは全く似ていない髪と目の子供。

 曾祖父が同じ髪色だったと言われ子爵家に確認したところシェリルはそもそも娘と認識されていなかった。


 彼女を赤子ごと追い出し再度結婚相手を探す為社交を始めた私は嘲笑に迎えられた。


「三十過ぎて十代の娘に騙された情けない男爵」

「十年尽くした妻を捨てた人でなし」

「不妊だと言いふらしたのに、元男爵夫人は再婚してすぐ妊娠した」

「子供が作れないのは、自分が原因だった癖に」


 散々に言われ、貴族の娘は私に全く寄り付かなくなった。

 母が縁談を探しても下級貴族からも断られる始末。


「お前が出来損ないだから!」


 ヒステリックに叫ばれ叩かれる日々に子供時代を思い出す。

 そうだ、父だけでない。母だって俺に厳しかった。

 レティシアと結婚した十年の間ですっかり忘れていた。


「お前のせいで私まで嫁を甚振る人でなしと言われたわ!」

「あの女が隠し事をしていたのが悪いのに!」

「いいえ、お前が種なしなのが一番悪いのよ!」


 悪魔のような母から逃げ、自室に閉じこもる。

 改めてレティシアが、あの母から自分を守ってくれていたのだと気付いた。

 

「レティシア……優しい君なら、俺を許してくれるだろう」


 そう呟き、彼女が再婚した伯爵家に会いに行った。

 しかし何度訪れても決してレティシアに会うことは出来なかった。


 ある日、セドリック伯爵が門の前に出て来て私に告げた。



「アルノー男爵、いや元男爵だな。君はレティシアに守られて来た。しかし守ろうとしたことはあったのか」

「そ、それは……」

「無いだろう。レティシアは私の妻だ。君が求めている母親にはなれない」

「……母親?」


 不思議なことを言われ聞き返す。伯爵は気づいていなかったのかと憐れむように言った。


「君はレティシアに母親の役割を求めた。甘やかし優しく自分を守ってくれる存在であれと願った」

「お、俺は……」 

「だから簡単に裏切ることが出来たのだろう、いい加減母離れしたまえ。色々な意味でも」


 そう溜息とともに言われ、俺は伯爵家から遠く離れた場所に守衛によって放り出される。

 俺が欲しかったのは理想の母で、でもレティシアはもう俺のものではない。


「レ、レティシア……ううーっ」


 泣きながら家まで帰る。

 その数日後、実母に役立たずと叫ばれ殴り倒した俺は精神病と判断され、田舎へと送還された。

 俺はその時初めて自分が既に男爵で無くなっていたことに気付いた。



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― 新着の感想 ―
この結末は駄目な両親が行った教育の結果と言う事だね。
どうしょうもないな元夫
爆笑
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