9 負けるわけにはいかないのよ
(すごい、どこもかしこもピカピカだ……。隙間風が吹き込むうちの古城とは大違いね)
柱には細やかな細工が施され、天井からつるされているのは目が眩むほどまばゆいシャンデリアだ。
視線を落とせば、磨き抜かれた大理石の床にエルゼの姿が映っている。
何もかもが洗練されており、美しく華やかな空間だった。
気後れしそうになるのをぐっと堪え、エルゼは胸を張って足を進める。
(田舎者だからって卑屈になったら終わりよ。ボロを着てても心は錦!)
この勝負、絶対に負けるわけにはいかないのだ。
なんとしてでも、リヒャルト皇子の花嫁選抜を勝ち抜かねば。
「こちらがエルゼ王女にお過ごしいただくお部屋です」
「わぁ、とっても素敵ね!」
案内されたのは、王女の居室……というには少々手狭な部屋だった。
とはいっても寝台など最低限の家具は揃っている。
ここで過ごすのに大きな支障はないだろう。
部屋の中を見回すエルゼに、女官は事務的に告げる。
「まだすべての花嫁候補が揃っていないので、選考会が始まるまでもうしばらくお待ちくださいませ」
「それは構わないわ。どんな方がいらっしゃるのか楽しみね」
エルゼが笑みを浮かべると、女官はことさらつまらなそうな顔をした。
……やはり、彼女はこちらのことをよく思っていないようだ。
「御用の際はこちらのベルで使用人をお呼びください。それと……我々の案内があるまで、決してこの部屋を出ないようにお願い申し上げます」
「えっ!?」
まさかそんな軟禁状態になるとは思っておらず、エルゼは声を上げてしまった。
「この部屋から出てはいけないって……廊下を歩くのも禁止ということですか?」
「えぇ、その通りです。食事はこちらでご用意いたしますので、部屋の中で取っていただくことになります。それで不都合はないと思われますが」
「……承知いたしました」
不服がないわけではなかったが、ここで異を唱えればますます彼女に悪印象を与えるだけだろう。
そう判断し、エルゼは渋々承知した。
女官が去り、部屋に一人になると……ついついため息が漏れてしまう。
(……外に出てはいけないのには何か理由があるのかしら。花嫁候補同士の結託を防ぐとか――)
そんなことを考えていると、窓の外から楽しげな声が聞こえてくる。
そっと窓を開けて見下ろせば、真下は美しい庭園となっていた。
ちょうど幾人かの若い女性が談笑しており、楽しそうな笑い声がこちらまで聞こえてくる。
(あの方たちは花嫁候補……じゃないわよね……?)
花嫁候補はエルゼと同じく部屋に軟禁されているはずだ。
そうは思いつつも、エルゼは耳を澄ませた。
……幼い頃、エルゼは自身に「先詠み」の力がないことを気にしていた。
今でこそさぼりがちな修行も、昔はもっと真剣に取り組んでいたのだ。
真剣に修行に取り組むエルゼに、司教は教えてくれた。
――「姫様、『先詠み』の力にはまだわからないこともおおく、私も確かなことは存じ上げません。ですが……『先詠み』とは、『世界と相対する力』だと言われております」
エルゼはその言葉を自分なりに解釈した。
世界を知ることで、自身の中に眠る「先詠み」の力が目覚めるかもしれない。
丘の上に寝転がって、朝焼けが星空に代わるまでを見届けた。
虫の声や風の音に耳を澄ませ、自然の奏でる音楽を知った。
ウサギや鹿と共に野を駆け、草花の香りに酔いしれた。
その結果――。
(先詠みの力には目覚めなかったけど、五感だけはやたらと鋭くなったのよね)
常人では聞き取れないであろうはるか遠くの物音も、よく注意すれば聞き取ることができる。
おかげで、今だって庭園でくつろぐ令嬢たちの会話を盗み聞くことができる。
神経を研ぎ澄ませるエルゼの耳に届いたのは――。
「続々と各地の花嫁候補が集まってきているようですね」
「ですが、とるに足らない田舎者ばかり! 先ほど入城したどこぞの王女を見まして? 野暮ったくて笑っちゃったわ!」
「これもう、リヒャルト殿下の皇妃となるのはグロリア様以外にありえませんわ!」
「ご安心くださいませ、グロリア様。わたくしたちは花嫁候補として選考会にもぐりこみ、徹底的に他の候補を妨害いたします!」
(めちゃくちゃ結託してるー!)
てっきり結託防止のための外出禁止措置かと思いきや、まったく機能していないようだ。
中央に座る華やかな令嬢を、他の令嬢が必死に褒めちぎっている。
(というより、彼女たちも花嫁候補なのよね? ……普通に部屋の外に出れているみたいだけど)
どうやら「指示があるまでこの部屋の中で過ごせ」というのは、単に田舎の弱小国のエルゼに対する嫌がらせの可能性が高いようだ。
「はぁ……そんなことだと思ったわ」
これが公正なルールなら従うのもやむなしと思っていたが、そうでないなら自由にやらせてもらうのみ。
(私だって、負けるわけにはいかないのよ)
小鳥のさえずりのような令嬢たちの会話を盗み聞きながら、エルゼはこれからの計画を頭に思い描いた。