84 知られてはいけない秘密
冷たい、石造りの塔の中で。
エルゼは見知らぬ男性と対峙していた。
「素敵なパーティーにご招待いただき感謝いたしますわ。本当に涙が出るくらい素晴らしい待遇ね!」
足枷から伸びる鎖をじゃらじゃらと鳴らし、エルゼはそう毒づく。
巨大な鳥に連れ去られたエルゼは、気づけばこの冷たい石の塔の中にいた。
足には枷がつけられ、鎖に繋がれている。
目覚めた当初は狼狽したものだが、すぐにエルゼは思い直した。
(私が邪魔ならさっさと殺しているはず。生かしているということは、交渉の余地があるかもしれない)
部屋の中には天井近くに小さな窓があるだけで、じめじめしていて薄暗い。
だがそれでも、微かな空気の中にエルンスタール皇宮を取り囲む湖の香りが混じっていた。
つまり、この場所はあの大きな湖の中の島の一つなのだろう。
となれば、いずれ捜索の手が伸びるはずだ。
そう考え安堵したと同時に、いきなり豊穣祭を台無しにされ、更には連れ去られこんなところに閉じ込められているのにむかむかしてきてしまう。
そうして、やってきた見知らぬ男に怒りをぶつけたエルゼだが、相手は怯むことなくにやりと笑った。
「これはこれは……随分と威勢が良いですね、エルゼ王女」
「私のことを知っているのね」
「当然です。以前からあなたにお会いしたいと願っておりました」
(まさか私の熱狂的ファン!? ……なわけないわよね)
目の前の男からは、エルゼに対する嘲りのような空気を感じる。
自身に対して好意的でない相手が、わざわざ誘拐までしたのは――。
「私のことが邪魔な妃候補の差し金かしら」
エルゼは相手を睨みながら、そう問いかける。
客観的に見れば危機的状況なのだが、それでも怯むつもりはない。
(ふん、強硬手段を取れば私がおとなしくなると思ったら大間違いよ!)
今までだって、散々邪魔されながらここまで来たのだ。
今更「すみません。やっぱり皇妃なんて私には畏れ多いです。身の程を思い知ったので辞退します」なんて言ってやるつもりはない。
エルゼの問いかけに、目の前の男はくつくつと笑う。
それにしても不気味な男だ。
黒いローブを身に纏い、フードを目深くかぶっているため素顔はよくわからない。
それでも声や雰囲気から、おそらく中年の男なのだろうということは推測できる。
エルゼは頭の中の記憶を反芻してみたが、目の前の男に会ったことはなかった。
エルゼの推測した通り、おそらくはエルゼを排除したい妃候補の刺客なのだろうが――。
(いくら私が邪魔だからって、豊穣祭を丸ごとぶち壊すような真似をするの……?)
おそらく一番エルゼを排除したがっているのは、皇妃に最も近いと言われる令嬢――グロリアだろう。
だが彼女には「エルンスタール有数の公爵家の令嬢」という確かな矜持があるのだ。
国の一大行事である豊穣祭を、エルゼを排除するためだけに無茶苦茶にするとは考えづらい。
だからこそ、わからないのだ。
……目の前の男が何者で、いったい何の目的でここにいるのか……。
「さすがはエルゼ王女、ご明察ですな。ですが……半分正解で、半分間違っています」
「半分正解で半分間違っている……?」
「えぇ。確かに私はあなたと対立する妃候補に雇われております。ただ、わざわざ大々的に豊穣祭を攪乱し、あなたを連れ去ったのは私の独断です」
「えっ!?」
何故わざわざ、そんなことを……。
そんな疑念が表情に出ていたのだろう。
男は愉快そうに喉を鳴らすと、不気味な笑みを浮かべた。
「あなたの今までの努力が裏目に出たということですよ。私が連れ去りたかったのは、『リヒャルト皇子が必死に助けに来るであろう相手』ですから」
(リヒャルト……!)
リヒャルトの名前が出て、エルゼは思わず息をのんだ。
どうして、なぜ。
それではまるで――。
「あなたは、リヒャルトをおびき寄せようとしているの……?」
絞り出した声は震えていた。
自身の窮地なら、気を奮い立たせることができた。
だが目の前の不気味な男の目的がリヒャルトである可能性が出てきた途端、心が揺らいでしまう。
「リヒャルト皇子を呼び寄せる餌なら、別にあなたでなくともよかった。ですが、あなただったのも運命でしょうな。エルゼ王女は、この未来を予知していましたか?」
男の言葉に、心臓がどくりと大きな音を立てる。
「どういう、意味かしら」
かすれた声で、エルゼはそう問いかける。
どうか、予想が外れていますようにと願いながら。
だが男はゆらりとした笑みを浮かべ、エルゼが聞きたくない言葉を口にしたのだ。
「『先詠み』の一族、マグリエルの姫君であれば予知できるはずでしょう? 違いますか?」
その言葉に、エルゼは一気に血の気が引いた。
だって、エルゼの家族――マグリエルの王家が『先詠み』の一族であるということは、誰にも知られてはいけない秘密なのだから。
「どうして、それを……」
絶句するエルゼに、男は愉快でたまらないとでもいう風に笑う。
「それは……私も『先詠み』だからですよ」




