83 守るべき人
「……絶対に戻ってきてくださいね、リヒャルト殿下。あなたと話したいことがたくさんあるんです」
そう告げると、リヒャルトは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
だがすぐに、エルゼに背を向け短く指示を飛ばす。
「行け」
その言葉を皮切りに、エルゼは城へ向かって走り出した。
何匹かの怪鳥がエルゼを追いかけてこようとしたが、すぐにリヒャルトの弓に射抜かれていた。
(大丈夫、リヒャルトならあんなのに負けるわけがないわ!)
エルゼの時間稼ぎが功を奏したのか、豊穣祭の賓客は皆城内に避難できたようだ。
入口付近に残っているのは緊張した面持ちの兵士と、周囲に視線を走らせるグロリアだった。
(え、グロリア様!?)
なぜ彼女が、危険な屋外に?
エルゼに気づいたグロリアが、いつも上品で優雅な彼女らしくもなく慌てた様子で駆けてくる。
「何をやっているの!? 早く中に入りなさい!」
グロリアは急いたようにエルゼの腕を掴むと、城の入り口へと引っ張っていく。
「グロリア様、どうしてここに?」
「あなたがまだ残っているからに決まっているでしょう!」
怒ったようにそう言われ、エルゼはぽかんとしてしまった。
そんなエルゼの反応にむっとしたのか、グロリアは重ねて畳みかける。
「わたくしはエルンスタールの皇妃候補として、非常事態の際には皆を守る使命があるわ。それがたとえ、命知らずの小国の王女であっても!」
グロリアの言葉に、エルゼははっとした。
(そうか……彼女の守るべき人の中には、私も入ってるんだ……)
グロリアはエルゼを排除しようとしたこともあった。
だが少なくとも、今、この瞬間には、彼女はエルゼを守ろうとしているのだ。
グロリアの中でなんらかの心境の変化があったのかもしれない。
エルゼにはわからないが……なにはともあれ、グロリアがこうして手を差し伸べてくれたことが嬉しかった。とても。
「はいっ!」
エルゼとグロリアは並んで城の入り口へと走る。
その時、二人の上に大きな影が差した。
「え……」
エルゼは反射的に上を見上げた。そして、見てしまった。
……いったいいつから、そこにいたのだろうか。
人間の何倍もありそうな巨大な鳥が、ばさり、ばさりと翼をはためかせエルゼたちの真上を飛んでいたのだ。
この距離で、気づかれないわけがなかった。
獲物を見つけたとばかりに、巨大鳥が一目散にこちらへ向かってくる。
「危ない!」
エルゼはとっさに、グロリアを守るように覆いかぶさった。
鋭くて硬い何かに、胴体を掴まれる。
かと思えば、一瞬の間にエルゼの体は宙に浮いていた。
城が、地面が、驚愕の表情でこちらを見上げるグロリアが遠のいていく。
どうやらエルゼは巨大鳥の足の爪に掴まれ、空へと連れ去られてしまったようだ。
既に王宮の尖塔を見下ろせるほどの高さなのだ。
ここから落ちたらひとたまりもないと実感し、エルゼの喉がヒュッと鳴る。
(リヒャルト……)
とっさに、エルゼはリヒャルトがいるであろう方向へと視線を向けた。
エルゼは目がいい。この距離からでも、リヒャルトの姿を視認できた。
リヒャルトの顔がこちらを向いている。
彼の目には、エルゼの姿が映っているのだろうか。
(リヒャルト……!)
エルゼはとっさに、リヒャルトの方へと手を伸ばしていた。
届くはずがないと、わかっていても。
だがすぐに、巨大鳥が大きく急上昇をした。
人間の体にはあまりに大きすぎる衝撃に……エルゼの意識は闇に飲まれてしまった。




