82 こんなところで終われない
(このままだと襲われる……なら!)
「誰かこの方を城内へお連れして!」
そう叫び、エルゼは駆け出す。
迫りくる、怪鳥の群れの方へと。
「ほっ!」
途中で、高くジャンプして手近な木の枝を折り取る。
即席の頼りない武器だが、ないよりはマシだろう。
「来なさい。マグリエル王国第二王女、エルゼが相手して差し上げるわ。光栄に思いなさい」
自身を奮い立てるようにそう宣言し、エルゼは勇ましく木の枝を振るう。
「ほら、こっちよ! つつくなら私をつつきなさい!」
怒った怪鳥が一斉にエルゼに突撃してきた。
「っ……このっ! 私の髪の毛を食べてお腹を下せばいいのよ!!」
何十匹もの怪鳥に群がられ、エルゼは果敢に木の枝で応戦した。
一振りで数匹の鳥を薙ぎ払う。
だがそれでも、次から次へと怪鳥はエルゼをつつきにやって来るのだ。
髪を引っ張られ、腕や肩を鋭いくちばしでついばまれる。
(これは……倒れたらこのまま食べられそうね)
別にエルゼだって、何も彼らを全滅させようと思っているわけじゃない。
ただ招待客を全員城の中に避難させる時間稼ぎができればそれでいいのだ。
(間に合うと、いいけど……!)
相手は魔獣だ。普通の鳥とは違う。
エルゼの肉を抉り取ろうとする獰猛な動きに、鋭い痛みに、こちらの動きが鈍りかけてしまう。
ついばまれた箇所からぽたぽたと血が滴り、その血の匂いに引き寄せられるようにして新たな個体が群がってくる。
(私は、こんなところで終われないんだから……!)
よくわからない鳥の魔獣に襲われて命を落とすなんて、リヒャルトに殺される以上に理不尽な死に方ではないか。
故郷の人々を守れず、リヒャルトとの関係にも亀裂が入ったまま終わるなんて、エルゼの矜持が許すはずがなかった。
「私はあなたたちの餌になるような安い女じゃないのよ!」
そう叫び、残った力を振り絞って木の枝を振るう。
怒りに駆られた怪鳥が、一斉にエルゼを攻撃せんと向かってくる。
その時だった。
「伏せろ!」
ギャアギャアとやかましい鳥の声にもかき消されず、その声は正確にエルゼの耳に届いた。
反射的に、エルゼは地面に這いつくばるようにして身を伏せる。
その頭上を、ヒュッと音を立てて矢が飛んでいく。
一本、二本、三本、立て続けに放たれる矢は的確に怪鳥を仕留めて行った。
エルゼは地面に伏せたまま、そっと顔を上げる。
騎乗したまま、正確に矢を放つその人物は――。
「リヒャルト……」
その名前を声に乗せた途端、泣き出したくなった。
リヒャルトは来てくれた。未来でエルゼの命を奪うはずの彼は、今こうしてエルゼを救うために来てくれたのだ。
リヒャルトの矢に恐れをなしたのか、怪鳥たちはエルゼから離れていく。
だがまだ狙いをつけるように、上空に留まっていた。
リヒャルトは馬に乗ったまま、呆然とするエルゼの目の前まで駆けてくる。
……久しぶりに、こんなに近くで視線が合った。
彼の目は何かを探るようにじっとエルゼを見つめている。
相変わらず、何を考えているのかわからない冷たい瞳だ。
だがそれでも、エルゼは泣き出しそうなくらい安堵してしまった。
「リヒャルト皇子……」
思わず名を呼ぶと、リヒャルトはゆっくりと瞬きをした。
だが、彼は不意に視線を逸らし低い声で呟いた。
「ここは俺が対処する。お前は他の者と共に早く城内へ避難しろ」
事務的なその言葉に、エルゼはぐっと唇を噛んだ。
……今まで顔を合わせるのを避けていたのに、急に彼と話したいことがぽんぽん出てくる。
彼一人をここに置いていくのは不安がないわけじゃない。
だがエルゼがここに残っても、リヒャルトの足を引っ張るだけだ。




