8 王宮到着
危ない目に遭ったエルゼに気を遣ったのか護衛は増やされ、その後は大きなトラブルもなくエルンスタールの王都に入ることができた。
市街地を通り抜けると、いよいよエルンスタールの王宮が見えてくる。
「わぁ……!」
馬車の窓から見える光景に、エルゼは思わず目を輝かせる。
前方には海と見まがうほどの巨大な湖が広がっており、その内部に位置する島には巨大な宮殿がそびえ立っている。
一つの島が丸ごと、王宮の敷地となっているのだ。
恥をかかないように……と祖国を出立する前に教え込まれた知識を思い出し、やっと目的地にたどり着いたのだと実感したエルゼは気を引き締める。
もうすぐ、花嫁選考会が始まるのだ。
(まず第一に、リヒャルトに私を好きになってもらって花嫁候補から正式な皇妃になる! いくらなんでも愛する妃の故郷を焼こうとは思わないだろうし……)
とはいっても、作戦といえる作戦はない。他の花嫁候補にどんな人がいるのか、どうやってあの冷酷無慈悲なリヒャルトを振り向かせればいいのかもわからない。
(とりあえずは……リヒャルトに会う機会があったらガンガンアピールしていかないと。小国の王女なんて、今のままだとただの数合わせで終わるだろうし……)
エルンスタールは周辺諸国の中でも群を抜く大国だ。
ウルリカが教えてくれたところによると、歴代の皇后や皇妃はマグリエルよりもずっと栄えている国の王女や、エルンスタール国内の名家のご令嬢が多いのだとか。
その点を考えれば、エルゼがリヒャルトの妃になれる望みは薄い。
だが、もちろん諦める気はない。
自身の持てる力を尽くし、花嫁選考会を勝ち抜き、リヒャルトに愛されなければ。
(やるしかない……!)
馬車はいよいよ、島へと続く巨大な橋へと差し掛かろうとしていた。
(大丈夫、私ならきっとできる)
そう自分に言い聞かせ、エルゼは気を引き締めた。
どこもかしこも故郷とは違う壮麗な宮殿に戸惑いつつも、エルゼは正式な花嫁候補として迎え入れられた。
「遠路はるばるご足労頂き感謝いたします。この度の花嫁選考会ではこちらの宮殿に滞在していただくことになりますので、よろしくお願い申し上げます」
エルゼを出迎えたのは、エルンスタールの女官だ。
きっちりと結い上げた髪に、きらりと光る眼鏡。
厳しそうな性格が風貌から伝わってくるような女性だ。
「お出迎え感謝いたします、私は――」
「存じております、マグリエル王国のエルゼ王女殿下。お部屋へご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
彼女はエルゼの自己紹介を途中で遮り、話を進めた。
(ぇ…………?)
エルゼは思わずぽかんとしてしまった。
だがすぐに、彼女の言動の意味に気づく。
(私……舐められてるわよね)
たとえ相手がどんな身分であれ、人の話を途中で遮るのは行儀の悪い行為だ。
エルンスタールの女官である彼女がそれをわかっていないはずがない。
なのにあえて、エルゼの言葉を遮ったのは――。
(私がド田舎の小国の王女だから、見下してるってことよね)
エルゼは内心で嘆息した。
小国の王女ということで、多少は無礼な扱いを受けることも想定はしていた。
だが……到着して早々この扱いとは、予想以上に苛酷になりそうだ。
(まぁいいわ。人間は逆境の時こそ力を発揮できるって言うしね)
エルゼは怒りや不満を表に出すことなく、にっこりと笑ってみせる。
それを見た女官は一瞬だけぎょっとしたような顔をしたが、すぐに表情を取り繕い歩き出す。
エルゼはその後に続いた。