78 恋バナだー!!
「はぁ、疲れた……」
会場から少し離れた森の中、エルゼはそうひとりごちた。
おもてなし要員として配置された花嫁候補たちには、それぞれ休憩時間が与えられている。
自主的に休憩を返上して自身を売り込む候補もいるが、さすがに疲れたエルゼはこうしてひとけのないところで、リフレッシュをしたくなったのだ。
周りに誰もいないことを確認し、エルゼは体を伸ばしてストレッチを始める。
(嫌味、皮肉、陰口……を上品にオブラートに包んだ会話って聞いてるだけで疲れるのね……)
故郷のエルンスタールは国民皆が家族のようなものだった。
相手に不満があれば回りくどいことをせずに、堂々と申し出るのが普通なのだ。
つまりは、大国の宮廷によくある腹の探り合いに慣れていないのだった。
(はぁ、体力には自信があったのに、精神的にガリガリ削られるとは思っていなかったわ……)
しかし弱音を吐いている場合ではない。
リヒャルトの妃になれば、これが日常茶飯事になるのだ。
(リヒャルトはずっとこんな世界で生きてきたのね……ちょっとずつ慣れていかなきゃ)
そう決意して、再び会場へ戻ろうとした時だった。
風に乗って、ふわりと人工的な甘い香りが鼻をくすぐる。
とっさに、エルゼは振り返った。
木立の向こう、会場の方向から誰かがこちらへやって来るようだった。
エルゼと同じように一人でリフレッシュしたくなった花嫁候補の誰かだろうか。
軽く挨拶をして場所を譲ろうとしたエルゼは、やって来た意外な人物の姿に目を丸くしてしまった。
「グロリア様……!?」
優雅な足取りでこちらへやって来たのは、最有力花嫁候補と名高いグロリアだったのだ。
いつものように取り巻きの姿はない。
彼女は正真正銘、一人のようだ。
(グロリア様も一人になりたい時があるのね……)
どこから見ても完璧な彼女も、内心は疲れていたりするのだろうか。
ならばエルゼはここにいない方がいいだろう。
エルゼは当初の予定通り、軽く会釈をして会場に戻ろうとしたが……。
「お待ちなさい」
「はひゃ?」
急に呼び止められ、エルゼは思わずその場でつんのめりそうになってしまった。
「えっと、私ですか?」
「この場に他に誰かがいるように見えて?」
「いえ、私とグロリア様の二人っきりですね……」
エルゼは混乱しつつもそう答えた。
今まで、グロリアがこのように一対一でエルゼに声をかけてきたことなどなかった。
(ど、どういう風の吹き回しなのかしら……)
よく考えなくとも、グロリアからしたらエルゼは目障りで仕方ない目の上のたんこぶだろう。
もしや、ひとけのないところでエルゼを亡き者に……なんて考えも頭をよぎったが、もしそうならわざわざグロリア本人が来るとは考えにくい。
ということは、やはり直接エルゼに伝えたいことでもあったのだろうか。
「……あなたは、リヒャルト皇子と随分親しくされているようね」
「えっと、そうでしょうか……?」
ドキドキしながら聞き返すと、グロリアは奥義で口元を隠しながらすっと目を細めた。
「えぇ、わたくしの目から見てもそう見えますわ。きっと皇子殿下にとって、あなたのように奔放な方は物珍しく映るのでしょうね」
(ま、まさかこれって……)
エルゼは唐突に気づいてしまった。
そうこれは間違いない。恋愛小説などでよく出てくる――。
(恋バナだー!!)
そう、悩める乙女同士が恋愛事情について熱く語り合うイベントだ。
時にライバル、時に友人と腹を割って話し合い、絆を深めるのだ。




