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77 迷いながらも進むしかない

 いよいよ、豊穣祭の日がやって来た。

 王宮には国内外から訪れた賓客が集まり、いつにもまして華やかな空気が漂っている。

 主な会場となるのは屋外の広場だ。

 広場の中央には大理石の噴水があり、噴射された水が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 噴水の周囲には皿に盛られた果実やナッツ、色とりどりのペストリーが並び、見ているだけで心が満たされるようだった。

 使用人たちは豊穣祭のための特別なお仕着せに身を包み、香り高いワインや香辛料を効かせた軽食を配っていた。

 エルゼたち花嫁候補は、それぞれに華やかなドレスを揺らしながら広場へと足を踏み入れた。

 花々の香りと焼きたての菓子の甘い匂いが混ざった空気が鼻をくすぐり、祭りの空気に酔わされそうになる。。

 エルゼはちらりと会場に視線を走らせた。

 ……リヒャルトの姿はない。

 ほっとしたような、残念なような複雑な気分を抱きながら、エルゼは息をつく。


(マグリエルの皆のために、なんとしてでも頑張らないと)


 頭ではそうわかっている。わかっているが……どうしてもリヒャルトとエルゼたち「先詠み」の因縁を考えると、心が陰ってしまう。

 ……駄目だ。こんな風では皇妃にはなれず、エルゼだけでなく故郷の皆が悲惨な運命を辿ってしまう。

 そしてきっと……たとえマグリエルを滅ぼしても、リヒャルトの悲しみは癒えないだろう。

 彼は憎悪と悲哀を胸にたたえたまま、次のターゲットを探すだけだ。

 どれだけ刃を振るっても、どれだけ血を流しても、リヒャルトの心が救われる日は来ない。

 だからエルゼは、とにかくマグリエルの民を救うことを最優先にすることを決めた。

 ……それは、いまだ深い闇の中にいるリヒャルトに嘘をつき続けるということだ。

 それが正しい選択なのかはわからない。

 だが、エルゼは迷いながらも進むしかないのだ。


 ……大切なものを守るために。



「まあ、ご婦人のドレス、本当に皆の目を惹きつけて素敵ですわ。まるで朝露に濡れた薔薇のよう……」


 会場を訪れた老婦人のドレスを褒めると、彼女はにっこりと笑って応えてくれた。


「お心遣いに感謝します。あなたのドレスも光の加減でまるで星のように輝いてよく似合っているわ。このあたりではあまり見ないデザインのようだけど……」

「はい! こちらはマグリエルの伝統デザインなんです! あっ、申し遅れました。わたくし、マグリエルの第二王女のエルゼと申します。ただいまリヒャルト皇子の花嫁選考会に参加中なんです!」

「まぁ、花嫁候補さんなのね! あなたみたいに元気な方が皇妃になられたら、きっと王宮がにぎやかになるわ」


 お世辞だろうが、その嬉しい言葉にエルゼは頬を紅潮させた。

 集まった花嫁候補たちはそれぞれ賓客を相手にしている。

 既に、豊穣祭を舞台とした選考は始まっているのだ。

 明確な選考基準などは謎だが、とりあえず皆に声をかけようとエルゼは奔走していた。


(もしかしたら後で人気投票とかあるかもしれないし、とりあえず知名度だけでもあげとかなきゃ!)


 集まった人々は楽しそうに談笑している。

 様々な意匠を凝らしたドレスや礼服が並び。会場全体が華やかな舞踏会のようだ。


「あのドレス、色は美しいですけれど、刺繍の出来は昨年より落ちましたわね」

「まあ、そうおっしゃらずに。お互い見せあうのも豊穣祭の楽しみですのよ」

「あの方のワイン選び、毎年あれで場を盛り上げておりますわね。趣味が独特ですこと」


 時折意識せずとも耳に入って来る皮肉や陰口に辟易しながらも、エルゼは周囲に視線を走らせた。

 多くの者が集まるこの場では、歴戦の花嫁候補と言えども緊張や疲れが表情に出てしまいがちだ。


(その中でも、グロリア様はさすがね……)


 エルンスタールの中でも五本の指に入るほどの名家のご令嬢。

 しかも皇妃の最有力候補ときた。

 この機会に彼女とお近づきになろうと目論む者は多いのだろう。

 いつ見ても、彼女は多くの人に囲まれていた。

 それでいて少しの疲れも見せずに、常に悠然とした笑みを浮かべている。

 誰の言葉にも戸惑うことなく流暢に返し、常に場を支配していると言っても過言ではないだろう。

 体力には自信のあるエルゼでさえも疲れてきているのに、グロリア汗の一つもかいておらず、美しく結われた髪には一糸の乱れもなかった。


(誰が皇妃にふさわしいか、って言われれば間違いなくグロリア様なのよね……)


 それは皇妃を目指しているエルゼでさえも認めざるを得ない事実だ。

「皇妃の資質」を考えれば、エルゼは逆立ちしたってグロリアには叶わないだろう。


(……そんなの考えても仕方ないわ! ヨゼフィーネ皇太子殿下だってリヒャルトといい夫婦になれるって言ってたし!)


 ――「なるほど。あなたは『エルンスタールの皇子の妃』ではなく、『リヒャルト皇子』の花嫁を目指していらっしゃるというわけですね」

 ――「うふふ、わたくしは応援しておりますわよ、エルゼ王女。花嫁選考を勝ち抜くというのが絶対条件ですけど、あなたならリヒャルト皇子とよき夫婦になれると思いますわ」


 そのリヒャルトもエルゼが「先詠み」の一族であるという事実を知れば、愛情どころか殺意を向けてくるかもしれない……という事実を思い出し、エルゼの心は再びずぅんと沈み込む。

 だが、今は選考の最中なのだ。

 落ち込んでいる時間が惜しい。

 もともとエルゼは頭を使って考え事をするのには向いていない。

 とにかく、体を動かした方がうまくいくだろう。


「……よし!」


 小声で気合を入れ直し、エルゼは再び来客のおもてなしへ戻るのだった。


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