76 運命というのは
エルンスタールの豊穣祭は、エルゼが経験したことないほど大掛かりな祭りのようだった。
日に日に城内や城外が飾り付けられ、多くの使用人が忙しなく準備に奔走している。
そんな中……エルゼもいつものように使用人に扮し、こっそり部屋を抜け出していた。
「見て! 花飾りを真似して作ってみたの!」
『わぁ~! きれーだね!』
野草を集めて作った花飾りを、誰もいない廃教会へと飾る。
シフォンはよほど花飾りが気に入ったのか、落ち着きなく周りをぐるぐるとまわっていた。
「あ、シフォン。お友達が来たみたいよ」
『本当だ! やほー!』
エルゼの視線の先では、ルイーゼ皇女の誕生祭で協力してくれた野生の動物たちが窓から入り込んで来ていた。
いろいろとあった誕生祭だが、船に乗っていた動物たちは皆無事だった。
落ち着いたのちエルゼは彼らに丁寧に礼を言い、食べ物を捧げながら元の棲家へと返したのだが……案外この廃教会が気に入ったのか、たまにこうして遊びに来てくれるのだ。
「あっ、これは食べちゃ駄目よ!」
やって来た野ウサギが作りかけの花飾りの匂いをふんふんと嗅ぎ始めたので、エルゼは慌てて遠ざけた。
「ほら、お腹空いてるならこれをあげる。仲良く食べるのよ」
こっそり拝借してきた牧草をあげ、ムシャムシャと口を動かすウサギを眺める。
「……ふふっ」
愛らしくじゃれあう動物たち。花飾りで飾り付けられた室内。
『えへへぇ……。ありがとね、エルゼ』
シフォンは大喜びで、エルゼの肩へと登って来た。
『ここが綺麗で賑やかになるとね、なんだか嬉しいの。たぶんリヒャルトもそう思ってるよ!』
「…………そうね」
そっとシフォンのふわふわの毛並みを撫でながら、エルゼは内心で嘆息した。
……近頃、めっきりリヒャルトに会えていない。
彼はついに定例お茶会に姿を現さなくなってしまった。
こうして足繁く廃教会に通っていれば偶然会えるのではないかと期待しているのだが……残念ながら今のところうまくはいっていない。
こうなったらリヒャルトの居住区画に乗り込もうと画策もしたが、ある程度近づいた段階で「お前はどこの所属だ?」と見咎められ慌てて逃げ出してしまった。
たくさんの使用人が出入りするルイーゼ皇女の宮とは違って、リヒャルトの周囲には使用人が少ない。
その分、異分子が紛れ込めばすぐにバレてしまう。
さすがに次の選考を控えた身で、危険なことはできないとすごすご逃げ帰って来たのである。
(……今までが特別だっただけで、私とリヒャルトの間にはこれだけの距離がある)
少しだけ、誤解していたのかもしれない。
エルゼは彼の花嫁候補で、彼もエルゼにはある程度心を許してくれているものだと思っていた。
だがリヒャルトがこうしてエルゼとの接触を拒めば、会うことすら、顔を見ることすら叶わなくなるのだ。
(でも、諦めないわ)
彼と会って、前のように話せるかはわからない。
だが、うじうじしているだけでは事態は悪化するだけだ。
(とにかく、リヒャルトに会わないと……!)
もうすぐ豊穣祭の日がやって来る。
正式な選考の場であれば、リヒャルトもさすがに姿を現すだろう。
(リヒャルト……)
彼が「先詠み」そのものを憎んでいるのはよくわかっている。
それでもエルゼは彼が好きだ。
(私があなたを好きでいることは、許されないことなのかもしれない)
それでも、好きな気持ちは止められない。
(いっそ、何のしがらみもなく、ただの「エルゼ」としてあなたと出会えたら……)
こんな気持ちになることもなかったのだろうか。
(いえ……きっとただの「エルゼ」にリヒャルトは関心を示さないでしょうね。今だって私が花嫁候補だから出会えたのだし)
運命というのはままならないものだと、エルゼは深くため息をついたのだった。




