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71 守ってやりたい

 リヒャルトは苛立っていた。

 己の花嫁を決める選考会において、不正がまかり通っていることは知っていた。

 だが、興味はなかった。

 どうせ誰が妃になろうが大した違いはない。

 誰であろうと形だけの婚姻を結び、「皇妃」という地位さえ与えておけば満足するだろう。

 万が一リヒャルトの復讐の邪魔をしようものなら、何か理由をつけて遠ざければいい。

 花嫁選考会においても、必要最低限の関与しかしないつもりだったが――。


 ――「リヒャルト殿下、約束通りにまたお会いできましたね」


 何度追い払っても近づいてくる、風変わりな小国の王女。

 彼女は他の花嫁候補とはどこか違った。

 突拍子もない言動で周囲を振り回し、周りは不思議と彼女から目が離せなくなる。

 ……それは、リヒャルトも同じだった。

 最初は鬱陶しいと思っていた。

 脅すようにして遠ざけたことも一度や二度じゃない。

 だがエルゼはめげなかった。

 どれだけ冷たくしても、笑顔でリヒャルトの下へとやって来るのだ。

 そして気が付けば……リヒャルトは彼女の存在を自然と受け入れるようになっていたのだ。


 ……己の過去を、ずっと抱えていた苦しみを、復讐心を、今まで誰にも話したことはなかったのに。


 どうして彼女に話す気になったのかは自分でもわからない。

 だがエルゼは初めてリヒャルトの閉ざされた心に触れ、リヒャルトがほんの少しだけ彼女に心を開きかけたのは事実だ。

 どうでもよかった花嫁選考会の不正行為も、エルゼが怪我を負ったとなれば憤らずにはいられない。

 いつもぺちゃくちゃとやかましいくせに、大事な時には口をつぐんでしまうエルゼにますます心が乱されてしまう。


 ……彼女を守ってやりたい。


 そんな、らしくもない思いまで湧き上がってくる始末だ。

 どうせエルゼは怪我が完治しないうちからまたリヒャルトに会いに来るだろう。

 彼女に詳しい事情を聴いて、己の妃の座をかけた花嫁選考会にはびこる不正行為について是正をしていこうと思っていたのだが――。


 あの舞踏会の夜以降、エルゼは一度もリヒャルトに会いに来ようとはしなかったのだ。

 単に足の怪我を汚しているので、外出を自粛しているのかもしれない。

 いや、あの行動力の塊のような彼女がそんな殊勝な真似をするだろうか。

 何かリヒャルトに会いに来られない事情があるのか、それとも会いに来ないという行動自体が彼女の意志なのか……。


「ちっ……」


 気が付けばそんなことばかり考えてしまい、リヒャルトは舌打ちした。

 どうにも調子がくるってしまう。

 気が付けばエルゼのことばかり考えてしまい、そんな己にリヒャルトは苛立ちを抑えることができなかった。

 ……このままでは埒が明かない。

 エルゼに何があったのか、彼女が今なにを考えているのか確かめなければ。

 そうしてリヒャルトは初めて、花嫁候補たちが集う宮殿へと足を向けたのだった。



「リ、リヒャルト殿下! 何故ここに――」


 リヒャルトが姿を現した途端、宮殿を管理する女官たちは大パニックに陥った。

 それもそのはずだ。

 リヒャルトが自身の花嫁選考会に興味がないことは公然の事実として知られている。

 だからこそ、大々的に不正や妨害工作がまかり通っていたのだ。

 彼がこの場に姿を現すことなど決してないと思っていた女官たちは、かつてないほどに慌てふためいている。

 だがリヒャルトからすれば、女官が何を考えているかなどとどうでもいい。

 ただ一つ、己の目的を果たすためにこんな面倒な場所へやってきたのだから。


「エルンスタールの王女はどこだ」


 短くそう問うと、女官たちの表情が凍り付く。


「エ、エルゼ王女に何か――」

「話がある。あいつの居場所を教えろ」


 別にリヒャルトは不正に加担しているであろう者たちを糾弾しに来たわけではない。

 ……エルゼが怪我を負ったことで、怒りに駆られなかったと言えば嘘になるが。

 それでも今は、エルゼに会うのが先だ。

 真っ青な顔で震える女官たちに、リヒャルトは更に畳みかける。


「貴様らは選考会に参加している他国の王女の居場所も把握していないのか?」


 リヒャルトからすれば別に威圧しているわけではなく、当然の疑問だった。

 だが女官たちには、それがリヒャルトからの最後通牒だと捉えられたのだろう。


「いっ、いますぐエルゼ王女の居場所の確認を!」

「あのっ、先ほど来られた試験官の方と庭園でお話をされています!」


 パタパタと走ってきた一人の女官が、慌てたようにそう報告する。

 その言葉を聞くや否や、リヒャルトは庭園に向けて踵を返した。

 エルゼはここにいる。

 そう思ってしまったら、もう他のことはどうでもよかった。

 ずんずんと宮殿を闊歩するリヒャルトに、すれ違う者たちはまるで幽霊や化け物でも見たかのようにぎょっとしたような顔をして固まる。

 だがそんな外野はリヒャルトの目には入らない。

 ただ一人、リヒャルトの心を搔き乱す存在を求めて足を進める。


 すぐに、リヒャルトは庭園へとたどり着いた。

 果たして探し人であるエルゼはそこにいた。

 リヒャルトはエルゼに声をかけようと更に足を踏み出しかける。

 だが、その途端目に入った光景に思わず足を止めてしまう。

 エルゼは一人ではなかった。

 彼女が腰を下ろしたガーデンチェアの傍らには、年若い男が立っていたのだ。

 そういえば先ほどの女官が試験官がどうのこうのと言っていたことをリヒャルトは思い出す。

 となれば、隣の男は試験官の一人なのだろうが……。


(アルブレヒト……!?)


 たとえ変装していても、リヒャルトにはすぐにわかった。

 エルゼと共にいる男は……リヒャルトの異母兄である第一皇子アルブレヒトで間違いはない。


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