7 氷のような皇子様
「援軍だ!」
山賊と対峙していた護衛の一人が、歓喜の声を上げる。
それと同時に、遠くから何頭もの馬の蹄の音が聞こえてくる。
(助けがやって来たのね……!)
もうすぐ近くに、立派な旗を掲げた一段の姿が見える。
はためいているのは、エルンスタール王家の紋章だ。
すぐに、駆けつけた騎士たちが山賊と戦い始める。
エルゼは馬車の窓に張り付くようにして、固唾をのんでその様子を見守っていた。
援軍としてやって来たのは少数のようだが、精鋭のようで動きは鮮やかだ。
特にその中の一人は、見ているこちらが恐怖を抱くほど躊躇なく山賊たちを仕留めていく。
その動きは、まるで意志を持たない殺戮人形のようだった。
(いくら訓練されているとはいえ、あそこまで冷徹になれるなんて……)
次第に、彼の纏う衣服が返り血に染まっていく。
さすがに劣勢を悟ったのか、逃げ出そうとしていた山賊の一人が背中から剣で胸を貫かれた。
その拍子に、今までずっと馬車を守るようにこちらに背中を向けていた彼の容貌が見える。
何の感情も宿さない無表情な、恐ろしいほどに美しく整った顔。その顔を見た途端、エルゼは思わず息をのんでしまった。
「リヒャルト……!?」
そこにいたのは、先詠みの力で視た夢、それに花嫁候補を募る書状に同封されていた絵姿で見たリヒャルトに違いなかった。
(どうして、なんでリヒャルトがここに!?)
困惑するエルゼとは対照的に、同乗していた大使が嬉しそうに声を上げる。
「まさかリヒャルト殿下がいらっしゃるとは!」
やはり、あの人物はリヒャルトで間違いないようだ。
そう意識した途端、忘れかけてきた恐怖心が蘇ってくる。
彼はエルゼの夢の中で、地面に倒れ伏す山賊たちと同じようにマグリエルの民を、エルゼの家族を無慈悲に葬ったのだ。
あの時と恐怖と絶望は今でもはっきりと思い出せる。
(あれが私の国を、皆を殺す人……)
鮮血が衣服や肌を染めても、それを気に掛けることすらしない。
どこまでも冷酷な、氷のような皇子様。
「エルゼ王女!」
その時、大使に声を掛けられエルゼははっと我に返る。
「えっと……助かったみたいね、私たち」
「えぇ、これもリヒャルト殿下のおかげです! せっかくですので、是非皇子にお声がけを――」
「えっ!?」
(あのリヒャルトと話せってこと!?)
きっと、大使は花嫁候補であるエルゼを気遣ってそう言ってくれたのだろう。
だが、自身がリヒャルトの前に立つ姿を想像し……エルゼはぞっとした。
(大丈夫!? ちょっと失言したらいきなり刺し殺されたりしない!?)
あの夢と同じように彼が無表情で剣を突き立てる場面が脳裏に浮かび、エルゼは血の気が引いた。
おそるおそる窓の外に視線をやると、リヒャルトと共にやって来た騎士の一人が同じようなことを考えたのだろう。
こちらの馬車を指さし、何かリヒャルトに伝えている。
(でも、逃げてばかりじゃ未来はないわ)
エルゼは運命を変えにこの地へやって来たのだ。
花嫁候補の選考が始まる前にリヒャルトと会えるなんて、好機と考えなければ。
そう考え、エルゼは震える手で馬車の扉に手をかけた。
だが――。
「え!?」
リヒャルトはこちらを一瞥することなく、背中を向けた。
そして、馬にまたがりどこかへ去ってしまったのだ。
エルゼが馬車を降りようとする、ほんの数秒の間に。
(この馬車に自分の花嫁候補が乗ってるってことは知ってるのよね? それなのにあの態度なの? 興味なさすぎじゃない……?)
思った以上にリヒャルトという人間の手ごわさを思い知り、エルゼは震えあがった。
(いいえ、臆したら負けよ。さっきは少し出遅れてしまったから、次に同じような機会があったらすぐに行動しないと!)
あらためて、エルゼはそう誓った。