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64 夢のような時間

 

(すごい、夢みたい……!)


 煌びやかな宮殿の大広間で、あのリヒャルトと踊っているのだ!

 彼がエルゼを見つめて、しっかりとエスコートしてくれている。

 その事実だけで、緊張なんてどこかへ吹き飛んでしまった。

 リヒャルトの美しい瞳と見つめあうだけで、周囲なんて視界に入らなくなってしまう。

 アーベルの言っていた通り、リヒャルトのエスコートは完璧だった。

 エルゼもダンスには自信がある方だが、リヒャルトの技量はそれ以上だ。

 彼に身を任せているだけで、まるで自分が蝶になったかのように軽やかに踊ることができる。


(楽しい……!)


 誰かと踊ることで、こんなに楽しい気分になったのは初めてだ。

 思わずエルゼが笑みを浮かべると、リヒャルトはぽつりと口を開く。


「……お前は変わっているな」

「え?」


 突然の彼の言葉に、エルゼはぱちくりと目を瞬かせる。

 遠くから見ていた感じだと今までの花嫁候補とダンス中に言葉を交わした様子はなかったのだが、エルゼが気づかないだけで小声で会話をしていたのだろうか。


「私、そんなに変わってますか?」

「ここ数日でうんざりするほどの相手と踊ったが、この場でそんな顔をしているのはお前だけだ」

「ぇ……」


 果たしてそれは、いい意味なのか悪い意味なのか。

 どきりとしたエルゼに、リヒャルトは続けた。


「お前は……そのままでいろ」


 彼がそう口にした途端、胸が大きく高鳴った。


(リヒャルトが、そのままでいいって言ってくれた……)


 ただその一言が、どれほどエルゼの心を救うか彼は知らないだろう。

 自分には足りないものばかりだと、悩むこともあった。

 他の花嫁候補を見て焦ることもあった。

 だがそんなエルゼを……リヒャルトは肯定してくれたのだ。


(あなたはいずれ私の国を亡ぼす殺戮者になるのかもしれない。でも……)


 この気持ちを、抑えることはできない。


(好き……)


 そう思うのを、止められない。

 国を、民を守るために彼に近づいた。

 初めは恐ろしかった。あの夢のように殺されるのではないかと、ビクビクしたこともあった。

 媚薬を盛ろうとした花嫁候補をリヒャルトが斬り殺そうとしたときは、間に割って入ったエルゼでさえ生きた心地がしなかった。

 でも、彼を知っていくうちに……少しずつ惹かれていったのかもしれない。

 その冷たさには理由があるのだと。

 彼の悲しい過去を知ってからは……加速度的に想いは募っていった。


(未来で私のことを殺すかもしれない相手を好きになるなんて……)


 そう思ったこともあった。

 でも、好きなものは好きなのだ。

 過去の悲しい出来事ゆえに周囲と壁を作っていても、彼はエルゼのルイーゼ皇女を祝いたいという思いを尊重し、手伝ってくれた。

 彼の中には確かに優しさが息づいている。

 その心を覆う氷を溶かし、少しでも彼の心に触れたい。

 そんな想いが、日に日に募っていく。

 この想いを伝えたら、リヒャルトはどうするだろうか。

 かつてガーデンパーティーで想いを伝えた花嫁候補のように一蹴するだろうか。

 それとも、受け入れるまではなくとも「エルゼがリヒャルトのことを好き」ということを頭の片隅にでも置いてくれないだろうか。

 ……いつの間にか、ダンスは終盤に近付いている。

 この夢のような時間も、もうすぐ終わってしまうのだ。


(ずっと、この時間が続けばいいのに)


 エルゼはそう願わずにはいられなかった。

 ドキドキと胸を高鳴らせながらリヒャルトを見つめると、彼もエルゼのことを見つめ返してくれる。

 その瞳に確かなエルゼに対する感情が宿っていると感じるのは……思い込みだろうか。

 互いに見つめあったまま、二人は踊り続けた。


「お前は……」


 不意に、リヒャルトが何か言いたげに口を開きかける。

 だが彼が続きの言葉を口にする前に、ダンスを彩っていた曲はフィナーレを迎えてしまった。

 エルゼは慌てて態勢を整え、一礼する。

 ダンスが終わった途端に、二人きりの世界は終わりを迎えた。

 周囲の喧騒が戻ってきて、エルゼはやっと今の状況を思い出した。


(終わった……。私、最後まで踊れたんだ……)


 だがダンスの終わりと同時に戻ってきたのは周囲の喧騒だけではない。

 躍っている最中にはほとんど忘れていた足の痛みがぶり返し、がくりと膝をつきそうになるのをすんでのところで堪える。


(あと少し、退場まではなんとか持ちこたえさせないと……)


 ここで醜態を晒せば、それこそ花嫁候補として減点は避けられないだろう。


「……素晴らしい時間をありがとうございます、リヒャルト殿下」


 なんとかそれだけ礼を言うと、エルゼは素早くリヒャルトの前から退こうとした。

 だが――。


「待て」

「!?」


 急にリヒャルトに腕を掴まれ、引き留められてしまう。

 彼がダンスを終えた花嫁候補をこんな風に引き留めるのは初めてだ。

 戸惑うエルゼを、リヒャルトは探るような目でじっと見つめていたが――。


「行くぞ」

「え? ちょっ!」


 状況を理解する前に、急激な浮遊感に襲われる。

 一拍遅れて、エルゼは己の状況を理解した。

 何故かエルゼは、ダンスを終えたばかりのリヒャルトに横抱きに抱きかかえられているのだ!

 そのまますたすたと歩き始めたリヒャルトに、エルゼだけでなく周囲の者たちも慌て始める。


「リヒャルト殿下! お待ちください……!」


 中には勇敢にもリヒャルトを引き留めようとする者もいたが、ぎろりとリヒャルトに睨まれ震えあがっていた。


「用があるので外す。誰もついてくるな」


 リヒャルトにそう言われてしまっては、食い下がれるものなどいはしない。

 グロリアという本日の花形を残したまま、リヒャルトは舞踏会の会場である大広間を後にしてしまったのだ。


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