表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/71

62 一度だけの機会

「続いて、リヒャルト皇子殿下のご入場です!」


 リヒャルトの名前が耳に入り、エルゼはぴくりと反応する。


(そういえば、こういう場でのリヒャルトを見るのは初めてなのよね……)


 内心そわそわしながら待っていると、すぐにリヒャルトが姿を現した。


(かっ、かっこいい……!)


 その姿を一目見ただけで、エルゼは頬が紅潮するのがわかった。

 全体的にシックにまとまった装いをしているが、それが一段と彼の美貌を際立てているようだった。

 いつもとは違うリヒャルトの姿に、胸の高鳴りが止まらない。

 一方のリヒャルトは、いつもながらに無表情だ。

 いや……よくよく見れば若干の不機嫌さすら感じさせらせる。


(そりゃあ三日続けての舞踏会、しかも主役ときたら疲れるわよね……)


 エルゼは内心でリヒャルトに同情した。

 すると、偶然だろうがリヒャルトの視線がこちらを向いた。


「っ!」


 エルゼは思わずどきりとしてしまう。

 リヒャルトはまるで誰かを探すように、じっと花嫁候補が集まる一角を見つめている。


(今、目が合った……?)


 リヒャルトと視線が合ったような気がして、エルゼの鼓動が跳ねる。

 だがすぐに思い直した。


(いやいや、私の隣にいるのはド派手なドレスのグロリアなのよ? リヒャルトだってそっちが気になるに決まってるわ)


 結局エルゼかグロリアかそれとも他の誰かを見ていたのかわからないまま、リヒャルトは視線を外してしまう。


(これから、リヒャルトと踊るんだ……。少しでも話せるかな)


 きっと彼は、次から次へと花嫁候補と踊らされ嫌気がさしているだろう。

 いつも以上に塩対応される予感がしないでもないが……少しでもいいから彼と話したかった。


(痛……)


 ダンスのことを考えると、否応なく足の痛みを意識してしまう。

 エルゼに用意された靴はしっかりとした作りで、その分容赦なくエルゼの肌を傷つけているのだった。

 もはや刃物を足に当てられているような気すらする。

 ちらりと足元に視線を落としたが、幸いにも血が滴るような惨状にはなっていない。


(これなら、私が我慢すれば誤魔化せる)


 エルゼはもちろん辞退する気はなかった。

 花嫁候補として皆の前で己をアピールする絶好の機会を棒に振ることなどできない。

 故郷で待っている、皆のために。

 それに……。


(私だって、リヒャルトと踊ってみたいんだもの……)


 これでもエルゼは年頃の乙女だ。

 美しくドレスアップした姿で、意中の相手と踊る……そんなシチュエーションに、心がときめかないわけがないのだ。


(きっとこれを逃したら、もう二度とそんな機会は訪れないわ)


 絶え間ない痛みに耐えつつも、エルゼは毅然と前を向いた。

 楽団が優雅な音楽を奏で初め、ついに花嫁候補たちのダンスが始まった。

 名前を呼ばれた今宵最初の花嫁候補は、心なしか緊張した面持ちで前へと出る。

 リヒャルトは相も変わらず仏頂面をしながら、それでも丁寧に彼女の手を取った。

 その光景に、エルゼの胸はずきりと痛む。


(……このくらいで傷ついてどうするの。花嫁選考会なんだからこんなの当然のことなのに)


 頭ではそうわかっていても、心はままならないままだ。

 昨日も一昨日も、リヒャルトが同じように多くの花嫁候補の手を取ったということはわかっている。

 だがその場面を実際目にすると……存外心がざわついてしまうものだった。

 だがそれでも、こんなに華やかな場で沈んだ顔をしていては不審に思われてしまう。

「王族たるもの公の場では常に堂々としていること」と、母にも言われているのだ。

 エルゼは目を逸らさず、ダンスフロアの中心で踊るリヒャルトと花嫁候補を見つめ続ける。

 フロアでは他にも多くの貴族たちが踊っているが、やはりリヒャルトはひときわ目を引いた。

 アーベルが言っていた通り、リヒャルトはダンスも完璧だった。

 その動きはまるで機械人形のように、一寸の乱れもなく淡々とパートナーとなる花嫁候補をエスコートしている。

 だがその表情には、やはり何の感情も伺えなかった。


(舞踏会ってこんなに華やかで楽しそうな場なのに……リヒャルトはそうではないのね)


 エルゼは彼の境遇や心境を思い、胸が痛くなった。

 きっと彼は母と妹が亡くなった事件の日以来、ずっとこんな風に灰色の世界を生きてきたのだろう。


(差し出がましいかもしれないけど……私は、たとえほんの少しでもリヒャルトの世界に色を付けられる存在になりたい)


 エルゼはそう願わずにはいられなかった。

 一見つつながなく、リヒャルトと花嫁候補たちのダンスは進んでいく。

 今のところ、リヒャルトが特定の花嫁候補に心動かされた様子はない。

 エルゼはその様子にほっとしつつも、だんだんと痛みを増していく足を気にせずにはいられなかった。


(まるで、刃物で切り裂かれているみたい……)


 立っているのもつらいほどに痛むのに、果たしてリヒャルトと一曲踊り切ることができるのだろうか。


「っ……!」


 そっと足を動かしてみると、その途端激痛が走り、思わず声を出しそうになってしまう。

 だがそれでも、エルゼは必死に堪えた。

 ここまで悪化していれば、エルゼの意志に関係なく怪我がバレた時点で退場させられてしまうだろう。


(そんなの嫌よ……)


 もうすぐ、リヒャルトと踊ることができるのだ。

 凍り付いた彼の心を、少しでも解かすような手助けができるかもしれない。

 そんな絶好の機会を、逃したくはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ