59 負けるつもりはありませんから
いよいよ、三夜続けて開かれる舞踏会も最終日を迎える。
つまりは、エルゼの出番というわけだ。
本日リヒャルトと踊る予定の花嫁候補数名は、いつものようにホールに集められた。
(グロリア様もいるのね……)
てっきり彼女のことだから裏から手を回してファーストダンスをもぎとるのかと思っていたが、意外にもエルゼと同じく最終日組のようだった。
そんなことを考えるエルゼの前で、女官が粛々と踊る順番を発表する。
「……次に、エルゼ王女。そして最後にリグナー公爵令嬢となります」
(なるほど、そっちだったのね)
どうやらグロリアは一番手ではなく、大トリを選んだようだ。
しかもその直前はエルゼである。
(私を噛ませ犬にしようってわけね……)
どうせ「辺境のド田舎の王女のダンスなんて皆に失笑されて終わり。直前に下手なダンスを見せることによってよりグロリアの完璧さが引き立つ」などと考えているのだろう。
(いいわ、アーベルもお墨付きの私のダンスでぎゃふんと言わせてやるんだから!)
エルゼは内心でメラメラと闘志を燃やした。
こうも侮られてばかりだとさすがに腹が立つものである。
「後ほど、皆さまの下へ本日着用していただく衣装一式をお届けします。それまでは自室で待機していただきますようお願い申し上げます」
女官が解散を告げ、緊張した面持ちの花嫁候補たちがホールから去っていく。
エルゼもその後に続こうとし、ふと視線を感じて振り返る。
見れば、グロリアがじっとこちらを見つめているではないか。
「……今夜が楽しみですね、グロリア様」
目を逸らすのも、無視して立ち去るのもはばかられたエルゼは、気が付けばグロリアにそう声をかけていた。
そういえば、今日はいつもピーピーやかましい彼女の取り巻きが傍にいない。
こうしてグロリアと一対一で相対するのは、もしかしたら初めてのことかもしれなかった。
グロリアは何も言わない。
辺境の王女ごときと口を利く気もないのかと、エルゼは呆れかけたが……。
「あなた、本気でリヒャルト皇子の妃を目指しているの」
不意に、グロリアが口を開いた。
それが自分に向けられた言葉だと気づき、エルゼは驚いてしまう。
だが、問いかけられた以上は答えなければ無作法だ。
ごくりと息をのみ、柄にもなく緊張しながらエルゼは答えた。
「えぇ、もちろんそのつもりです」
辺境の小国の王女であるエルゼが花嫁選考会に呼ばれたのは、きっと義理や人数合わせという理由だったのだろう。
だがそれでも、エルゼは本気だ。
本気で、リヒャルトの妃になるつもりなのだ。
マグリエルの皆のために。それに……彼に対して、淡い恋心を抱き始めているから。
エルゼの答えに、グロリアは冷たく目を細めた。
「エルンスタールの皇妃は、あなたが思っているような甘い世界ではなくってよ。駆け引き、潰しあい……華やかな舞台の裏では、暗い陰謀が渦巻いているの。中途半端な人間が不相応な座にのぼれば、あっという間に潰されて終わるわ」
グロリアの言葉に、エルゼはじわりとてのひらに汗をかいているのが分かった。
……グロリアの言うことは真実だ。
実際に、リヒャルトの母親と妹は権力争いに巻き込まれ命を落としているのだから。
「あなたにろくな教養がないのはもうわかっているわ。今までの選考で高評価を得ているのは、しょせん動物園の動物が珍しがられているのと同じ。何度も同じ手が通用するとは思わないことね」
……それも、よくわかっている。
奇抜な発想、斬新なアイディア……一度目は珍しがられ、持て囃されるものだろう。
だが何度も何度も繰り返せば飽きられる。評価もされなくなる。
エルゼの皇妃としての資質は、きっとグロリアには遠く及ばないだろう。
まさに付け焼刃の目くらましでここまで来たと、彼女には見抜かれているのだ。
「たいした後ろ盾がないあなたに、いったい何ができるというの。もう少し真剣にご自身の立ち位置というものを考えるべきではないかしら」
グロリアの鋭い視線が突き刺さる。
彼女の言うことは、ある意味的を射ているのかもしれない。
だが――。
(私は、ここで退くわけにはいかない)
故郷で待っている皆のために。そして……固く閉ざされた、リヒャルトの心に触れるためにも。
エルゼはゆっくりと息を吸い……にっこりと満面の笑みを浮かべてみせる。
「まぁ! グロリア様は私のことを心配してくださっているのですね!」
「……はぁ?」
「このままでは私が傷つくだけだと、心を鬼にして忠告してくださっているのでしょう? なんてお優しいのかしら!」
「だから、そうではなくて――」
「でも大丈夫です! 駄目な私でもここまでやって来られたんですから、きっとこの先も大丈夫です! なんていっても私には、マグリエル魂が宿っていますからね!」
「……はぁ、もういいわ」
グロリアは小さくため息をつくと、さっとドレスの裾をなびかせて去っていく。
その背中を見守り、エルゼはほっと息を吐いた。
(グロリア様、負けるつもりはありませんから)
確かに「皇妃」としてふさわしいのはグロリアの方なのかもしれない。
だが、アーベルやヨゼフィーネが言ってくれたように……きっと、エルゼにしかできないこともあるはずなのだ。