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52 まずは第一印象が大事

 いよいよ、皇太子妃エデルフィーネと会う日がやって来た。

 朝から緊張気味に部屋の中をうろうろと歩き回っていたエルゼを迎えに来たアーベルは、意外なことを口にする。


「……本日はエルゼ王女のうさぎも是非お連れください」

「え、シフォンを?」


 その言葉に、てっきり自分は留守番だとふて寝していたシフォンがぴょん、と起き上がる。


『行く! 行きたい!!』


 自己主張するようにエルゼの周りをぐるぐる回るシフォンを抱き上げながら、エルゼは首を傾げた。


「有難いのですけど……なぜシフォンを?」


 そんなエルゼの疑問に、アーベルはふっと優しい表情になる。


「……行けばわかりますよ。騙し討ちなどではないことは私が保証しますので、ご安心ください」

「あなたがそう言うのなら信じるわ、アーベル」


 アーベルはいつだってエルゼに誠実だった。

 その彼が言うのなら、シフォンを連れて行った方がいいのだろう。

 それにエルゼだって、皇太子妃と会うのに緊張しているのだ。

 シフォンが一緒に来てくれるのは心強い。


「それでは参りましょう」

「えぇ、よろしくね」


 目を輝かせるシフォンを腕に抱いたまま、エルゼはにっこりと笑った。




 アーベルに連れてこられたのは、エルンスタール王宮の中でもエルゼが足を踏み入れたことのない区画だった。


「リーリエ宮――皇太子アルブレヒト殿下と、皇太子妃ヨゼフィーネ殿下が住まわれている場所です」


 白を基調とした、まるで真珠のように美しい建物だ。

 皇太子妃夫妻が生活する場所というだけあって、警備も厳重である。

 以前エルゼが忍び込んだラヴェンデル宮とはまた別の荘厳な雰囲気が漂っており、エルゼはごくりと唾をのんだ。


(うっ、緊張する……)


 今から会うのは皇太子妃。

 リヒャルトの義姉であり、前回の花嫁選考会を勝ち抜いた強者だ。

 果たして片田舎の小国の王女でしかないエルゼは、相手にしてもらえるのだろうか。

 足を止めてしまったエルゼに、腕の中のシフォンが声をかけてくる。


『エルゼ? 大丈夫?』

「……だいじょばない」

『ありゃりゃ』


 シフォンもエルゼの緊張を感じ取ったのだろう。

 勇気づけるように、ぴょん、と肩に乗って来た。


『珍しいね、エルゼがこんなに緊張するなんて』

「だって今からお会いするのは皇太子妃なのよ? きっと歴戦の強者よ! いくら選考には影響がないといっても……リヒャルトのお姉様に嫌われたくないじゃない……」


 ぽつりと本音を零すと、シフォンは驚いたように目を丸くする。

 だがすぐに、元気づけるようにエルゼの頬をぺろりと舐めた。


『それなら心配しなくて大丈夫だよ。きっと、その人もエルゼを気に入る』

「……どうしてそんなことがわかるの」

『んと……勘? なんとなく』


 自分でも不思議そうに首をかしげるシフォンを見ていると、なんだかここで心配しすぎているのが馬鹿らしくなってくる。


「ふふっ……ありがとう、シフォン。ちょっと元気が出たわ」

『その調子その調子。エルゼはいつも通りにしてれば大丈夫だよ』

「えぇ、そうね。辺境の田舎の王女の私が、ここまでやって来たんだもの。今更中途半端に取り繕うよりも、このままぶつかった方がいいに決まってるわ!」 


 覚悟を決めて、エルゼは足を踏み出した。



 ◇◇◇



 外観から想像されるのと違わぬ美しさを醸し出す内部を進んでいくと、中庭へと続く扉にたどり着く。


「この先に、ヨゼフィーネ殿下がいらっしゃいます」


 アーベルの口から静かに発せられた言葉に、エルゼは小さく頷く。


(いよいよね……)


 まずは第一印象が大事だ。

 まずは挨拶と自己紹介。「エルンスタールで恥をかかないように」と母に教えられた所作や口上を脳裏に思い描き、エルゼは深呼吸をする。


(大丈夫。私ならやれるわ!)


 アーベルに目線で合図をすると、彼はそっと扉を開けた。

 震えそうになる足を叱咤して、エルゼは中庭へと足を踏み入れる。

 果たしてその先で待っていたのは――。


「あっ、エルゼ王女だ!」

「!?」


 木々の向こうに用意された豪奢なテーブルセット。

 そこにいた人物に、エルゼは驚きのあまり目を見開いてしまった。


「ルイーゼ皇女!?」


 なんとそこには、先日誕生日を迎えたばかりのルイーゼ皇女がいたのだ。

 彼女の傍には皇后もおり、一番奥の席で穏やかな笑みをたたえている若い女性が皇太子妃ヨゼフィーネなのだろう。

 てっきりこの場ではヨゼフィーネと一対一となるかと思っていたエルゼは呆気に取られてしまった。

 そんなエルゼに、ヨゼフィーネは柔らかい声が投げかけられる。


「ようこそいらっしゃいました、エルゼ王女。どうぞこちらへ」

「はっ、はい!」


 こちらから挨拶をしなければならないことも失念するほど、エルゼは混乱していた。

 ぎくしゃくとした足取りで三人に近づき、ヨゼフィーネに勧められるまま空いた席に腰を下ろす。


「この前のうさぎちゃん!」


 エルゼの抱えたシフォンに気づいたルイーゼ皇女が声を弾ませる。


「エルゼ王女、もう一度抱っこさせてください!」

「こら、ルイーゼ! エルゼ王女を困らせてはダメよ」


 手を伸ばすルイーゼ皇女を、慌てたように皇后が諫めている。


「申し訳ございません、エルゼ王女。ヨゼフィーネから『エルゼ王女にお会いする』という話を聞いたら、また動物に会いたいって言ってきかなくて……」


 まるで皇后だとは思えないほど低姿勢で、彼女はぺこぺこと謝罪を繰り返している。

 なるほど、やっと事情がわかってきた。

 どうやらルイーゼ皇女と皇后がここにいるのはイレギュラーな事態だったようだ。


『エルゼ、行っていい?』


 珍しく、シフォンがそう口にする。


「えぇ、ルイーゼ皇女と仲良くね」


 快く送り出すと、シフォンはルイーゼ皇女の腕の中へと飛び込んでいく。


「ありがとうございます、エルゼ王女……。ルイーゼ、せっかくだからそのうさぎちゃんと遊んでいらっしゃい」

「はぁい。行こ、うさちゃん!」


 皇后に声を掛けられ、ルイーゼ皇女はシフォンと共に遊び始めた。

 残されたのはエルゼ、皇太子ヨゼフィーネ、皇后の三人だ。


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