51 面接のお誘い
「失礼いたします、エルゼ王女」
「あらアーベル、いらっしゃい!」
選考のない日、エルゼが自室でシフォンと遊んでいると試験官であるアーベルがやってきた。
快く出迎えながら、「いったいなんの用かしら」とエルゼは首をかしげる。
「確か次の選考はまだ先よね? 何か準備することでもあった?」
「いえ、準備の必要はありません。ただ……次の選考までの間に、別の予定が入りましたことのお知らせです」
「別の予定?」
思わず身を乗り出したエルゼに、アーベルはこほんと咳払いをして告げる。
「皇太子妃ヨゼフィーネ殿下より、現在残っている花嫁候補一人一人と話がしたいとの希望がありました。つきましては、強制ではありませんが花嫁候補の意向を確認するようにと指示が出ております」
アーベルからもたらされた情報に、エルゼはごくりと息をのんだ。
(皇太子妃……ヨゼフィーネ殿下……)
今のところ直接顔を合わせたことはなく、遠目にその姿を見たことがあるだけだ。
彼女は王太子アルブレヒトの妃であり、前回の花嫁選考会を勝ち抜いた人物……。
(一人ひとり話がしたいって……実質面接!?)
そんなエルゼの緊張と不安が表情に出ていたのかもしれない。
アーベルは慌てたように付け加えた。
「心配なさる必要はありませんよ。これはあくまでヨゼフィーネ殿下の思い付きであり、選考に影響が出ることはありませんので」
「えっ、そうなの?」
「えぇ、たとえ欠席したとしても、今後の選考で不利になることはありません。もっとも、花嫁選考会で最終的に選ばれた者はリヒャルト皇子の妃となります。将来的にはヨゼフィーネ殿下の義妹となることも考えると、顔を合わせておいた方がよい点もあるかと思いますが……」
いつになく饒舌なアーベルは、少し困ったように笑う。
「……本当に、気負いすぎないでください。ヨゼフィーネ殿下はこういった茶々を入れるのがお好きな方なので」
その声色を、眼鏡越しでも分かる優しい目を見ていればわかる。
……アーベルにとって、王太子妃ヨゼフィーネは好ましい人物であるのだろう。
「アーベルって、もしかしてヨゼフィーネ殿下のお知り合い?」
何気なくそう尋ねると、アーベルは驚いたように息をのんだ。
「……何故そう思いましたか?」
「うーん、声とか、話し方とか、表情が優しかったから。ヨゼフィーネ殿下のことがお好きなのかと思って」
他人の何気ない変化から感情を読み取るのは、エルゼの得意技だ。
このアーベルという人物はどうにも何を考えているのかわかりにくくはあるのだが、特定の人物に関する話をするときは少し感情の揺らぎがわかりやすくなる傾向がある。
今のところ、リヒャルトと皇太子妃ヨゼフィーネがそれに該当するようだ。
(きっと、アーベルは皇族に対する忠誠心が厚いのね)
そう考えエルゼは微笑ましい気分になったが、何故かアーベルは少し気まずそうに否定してきたのだ。
「……エルゼ王女の気のせいでしょう。私のような下々の者と王太子妃殿下がお知り合いになれる機会なんてありませんよ」
「同じ宮殿で暮らしているのに? なんだか不思議ね。私の故郷だったら誰でも気軽に声をかけてくれたわ。まぁ、これだけ広いと仕方ないのかもしれないけど……」
エルゼも初めてエルンスタール王宮にやって来た時には、故郷との違いに驚いたものだ。
そんなエルゼの反応を見て、アーベルはくすりと笑う。
「エルゼ王女は……本当に不思議な方ですね」
「え、そう? それって『浮いてる』をオブラートに包んだ感じの意味?」
「いいえ、言葉通りの意味です。きっとそんなあなただからこそ……リヒャルト殿下も心を開き始めているのではないでしょうか」
「っ……!」
アーベルの言葉に、エルゼは驚いてぱちくりと目を瞬かせた。
「…………そう見える?」
なんとなく小声でそう問いかけると、アーベルは頷く。
「えぇ、リヒャルト殿下を見ている者なら皆変化に気づいているでしょう」
「そ、そうかしら……」
なんだか嬉しくなって、エルゼはにまにまと頬が緩むのを止められなかった。
「きっと、ヨゼフィーネ殿下もあなたのことを気に入られると思いますよ」
「……やっぱり、アーベルってヨゼフィーネ殿下の知り合いじゃない?」
「違います」
「じゃあヨゼフィーネ殿下のファンとか?」
「まったく見当はずれです」
「そうやって隠すってことは怪しい……」
「はぁ……そうやって人をからかう部分はある意味似ているのかもしれませんね」
「え、誰に?」
「……何でもありません」
やはり今日のアーベルは、いつもより饒舌だ。
少しだけ彼と親しくなれたような気がして、エルゼは胸を張って答える。
「……決めた。ヨゼフィーネ殿下とお話しする貴重な機会、是非出席させていただきます」
エルゼの答えに、アーベルは満足そうに頷く。
「承知いたしました、エルゼ王女。日時が決まりましたらまたお伺いいたします」
「でも大丈夫かしら……。知らないうちに失礼なことをしちゃってヨゼフィーネ殿下に嫌われたら……」
出席すると決めたはいいものの、急に心配になっておろおろし始めたエルゼに、アーベルは笑う。
「何も、気にされる必要はないと断言します。そのままのあなたをヨゼフィーネ殿下に見せていただければ、それで十分です」
それだけ言うと、アーベルは一礼して去っていった。
『今日のアーベルはおしゃべりだったね』
エルゼのベッドでごろごろしていたシフォンが、足元に駆け寄りそう感想を漏らす。
『でも、元気そうでよかった』
「えぇ、そうね。……やっぱりヨゼフィーネ殿下、というか皇族のファンなのかしら……?」
リヒャルトやヨゼフィーネ殿下のことになると熱が入る(ように見える)アーベルの様子に、エルゼはそう思案する。
……まさか彼がリヒャルトの異母兄、そして王太子妃ヨゼフィーネの夫である第一皇子アルブレヒトその人であるなどと、知る由もなく。