50 今度こそ徹底的に
「見て、リヒャルト殿下がいらっしゃったわ!」
現れたリヒャルトの姿を見て、花嫁候補たちはわっと沸き立った。
現在は、まさに選考の真っ最中である。
自身の花嫁を選ぶ場だというのに、今までリヒャルトはほとんど選考に興味を示さなかった。
だが、中止になってしまったルイーゼ王女の生誕祭以降、彼は選考の場に姿を見せるようになったのだ。
……多くの花嫁候補は、その理由に感づいている。
「リヒャルト殿下! いらっしゃったのですね!」
ほとんどの花嫁候補が声をかけるのを躊躇してしまうようなリヒャルトの威圧感もなんのその、ぐいぐいと近づいていく者が一人。
辺境の小国、マグリエルの王女エルゼだ。
花嫁選考会が始まった当初とは異なり、今や彼女を「何のとりえもない田舎者」と馬鹿にする者はほとんどいない。
……それほどまでに、リヒャルトがエルゼを特別視しているのは明らかなのだ。
「今日は何の選考だ」
「えっ、知らずに来たんですか? さすがはリヒャルト殿下。肝の太さはきっと私以上ですね」
「いいから答えろ」
「ふふ、今日はなんとフラワーデザインの腕を競う選考なんです! この花瓶にいかに美しく華やかに花を生けるかを見るんですよ」
「くだらん。どう生けようが花は花だろう」
「……リヒャルト殿下って、意外と芸術的感性が抜けてるのかもしれませんね」
会話を交わすリヒャルトとエルゼの間には、他とは違う独特の空気が流れている。
その様子を眺める花嫁候補たちは、悔しさに歯噛みしたり優しいまなざしを向けたりしながら、囁きを交わすのだった。
「小国の王女が抜け駆けなんて……」
「リヒャルト殿下とエルゼ王女の親密さは他者がつけ入る隙がありませんわね」
「微笑ましいですわ」
「ふん、しょせんは弱小国の王女。いくら気に入られようと皇妃になんてなれるはずがないわ!」
「エルゼ王女を側妃として、他に第一皇妃を迎えられるのかしら」
「そういう面では、エルゼ王女との共闘もありなのかもしれないわ……」
それぞれ考えを巡らせる花嫁候補の中で、ひときわエルゼに冷たい視線を向ける者がいた。
花嫁選考会が始まる前は皇妃の最有力候補と呼ばれた令嬢――グロリアである。
(田舎者が図々しい……。やはり、あんな女にわたくしが劣っているはずがないわ)
グロリアは幼いころから、エルンスタールの王族に嫁ぐようにと育てられてきたのだ。
この場にいる誰よりも、皇妃にふさわしいのは自分であると自負している。
小国の王女エルゼはリヒャルトの興味を引いているようだが、単に一時的な物珍しさで構われているだけだろう。
リヒャルトとて冷静になれば、誰が一番皇妃にふさわしいのかわかるはずだ。
あんな野暮な田舎の王女などよりも、グロリアの方が皇妃のティアラを頂くにふさわしい存在であると……。
(そうよ。あの「先詠み」もそう言ってたもの!)
グロリアの前に現れた「先詠み」を名乗る怪しい男。
半信半疑のグロリアだったが、彼が天候の変化などを完全に当てたのを見て考えを改めた。
――「私にははっきりと見えます。グロリア様が輝けるティアラを頂くその姿が……!」
彼は、確かにそう言った。
エルゼへの不満を零したグロリアに、「ならばあの邪魔な王女にはご退場いただきましょう」と宣言さえしたのだ。
……先のルイーゼ皇女の生誕祭。
エルゼの船を襲ったあの海魔は、おそらくあの「先詠み」の男の差し金だ。
だが、エルゼはしぶとく生き残り再びグロリアの前に現れた。
厄介なことに、リヒャルトはますますエルゼへの興味を強くしたようなのだ。
(このわたくしがあの女に負けるはずがない……。でも、念には念を入れて……)
今度こそ徹底的に、エルゼを排除しなければ。
冷たい眼光でエルゼを睨みつけながら、グロリアはそう心に刻むのだった。




