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5 出発の日

 あっという間に月日は過ぎ……ついにはエルゼがエルンスタールへ発つ日がやってきた。

 王城前の広場にはマグリエルの民が集まり、エルゼに声援を送ってくれている。


「いってらっしゃい、姫様!」

「失恋は未来への糧ですよ!」

「慰めパーティーの準備をしておきますからね!」

「美味しいケーキを作って待ってます!」

「帰ってくるまで泣いちゃいけませんよ!」


 まったく、家族どころかマグリエルの民ですら、誰もエルゼがリヒャルトの妃になれるとは思っていないのである。

 壇上に上がったエルゼは数か月前とは見違える優雅な仕草で礼をし、穏やかな微笑みを浮かべて口を開く。


「親愛なるマグリエル国民の皆様、わたくし、王女エルゼはこのたびエルンスタール国のリヒャルト皇子の花嫁候補となりましたことを、心より嬉しく思っております」


 いつになく落ち着いた口調で話すエルゼに、集まっていた者たちはしん、と静まり返った。

 その反応に内心ににやりと笑いながらも、エルゼは続ける。


「花嫁候補としてエルンスタール国へ赴くことは、わたくし個人のためだけでなく、マグリエル全体の未来を考える上でも重要な一歩であると考えております。わたくしの行いが両国の友好関係の更なる強化や、平和と繁栄のための架け橋となることを心から願っております。マグリエル国の文化や伝統、そして価値観を胸に刻み、国の代表として誇れるような王女であり続けることを誓います」


 広場にはざわめきが広がっていた。


「あれは……誰だ?」

「本当にエルゼ王女なの!?」

「何か悪いものでも召し上がられたのだろうか……」

「実はウルリカ王女の変装ではなくって?」


 動揺する民に、エルゼはくすりと笑う。

 さて、最後まで理想の王女として振舞ってもいいのだが……できれば、皆には気持ちよく送り出してほしかった。


「最後に、この場を与えてくださった国民の皆様に心から感謝申し上げます。そして……」


 大きく息を吸い、エルゼは勢いよくぶちまけた。


「帰って来た時に開くのは、慰めパーティーじゃなくて結婚おめでとうパーティーですから! そこのところお間違えなく! 特大のウエディングケーキを作って待っていてください!」


 エルゼがそう告げた途端、方々から歓声が上がる。


「やっぱりエルゼ王女だ!」

「姫様はこうでなくっちゃ!」

「大国のパティシエに負けないくらいのケーキを作って待ってますね!」

「絶対に皇子様を落としてくるんですよ!」


 喜ぶ人々に手を振りながら、エルゼはエルンスタールの寄こした迎えの馬車へと乗り込む。

 その途端中で待っていたエルンスタールの大使と視線が合い、エルゼは驚愕した。


(まずい、大使様が待ってるってこと忘れてた……!)


 当然、先ほどの調子に乗った場面も見られてしまったことだろう。


「あの、花嫁選考会ってエルンスタールに着いてから始まるんですよね? 着くまでの態度で減点されたりって……」


 おそるおそる問いかけると、真面目そうな大使はくすりと笑って教えてくれる。


「ご安心ください、エルゼ王女。選考会に関してはエルンスタールに到着した後に、試験官の立会いのもと審査が開始されます。それまでの道中に会しましては、加点や減点などはございませんのでご自由にお過ごしください」

「はぁ、よかった……」


 エルゼは安堵に胸をなでおろす。

 やがて馬車が動き出し、皆の声が一段と大きくなる。


「エルゼ、元気でね!」

「つらくなったらいつでも帰ってくるんだよ!」


 普段は落ち着いている兄や姉も、必死に声を張り上げ手を振っている。

 エルゼも馬車から身を乗り出すようにして、皆に手を振った。


(マグリエル、私の大好きな故郷……)


 大好きな人たちが、美しい光景が、だんだんと遠ざかっていく。


「……さて、今後の段取りは――」


 大使がわざとらしくそう呟き、手帳に視線を落とす。

「見ていませんよ」という彼の厚意に甘え、エルゼは溢れる涙を拭った。


(大丈夫、私が絶対守ってみせる……!)


 最後にもう一度懐かしき故郷を振り返り、エルゼは毅然と前を向くのだった。


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