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47 どうか、少しでも

「エルゼ王女! よくぞご無事で……」

「お戻りになられて本当によかったです!」

「まさに天の奇跡ですわ!」


 無事に救助された翌日、エルゼは他の花嫁候補たちにわっと囲まれていた。

 ここに集められた者たちは、リヒャルトの妃の座を競い合うライバルだ。

 だがそれでも、少なくない数の者が自身の心配をしてくれたことがエルゼは嬉しかった。


「ありがとう、皆さま。おかげで無事に生還いたしました!」


 少しおどけてそう言うと、わっと場が湧いた。


「ふふ、エルゼ王女ったら……。でも、本当にご無事で安心しました。あなたが湖の落ちた時は、生きた心地がしませんでしたから」


 ルイーゼ皇女の生誕祭で同じグループだったヴィルマが、気づかわし気に声をかけてくれる。


「ヴィルマ王女……。ルイーゼ皇女の生誕祭は水魔の出現によって選考自体が中止になったと聞きました。せっかく皆が協力してうまくいったのに……」

「構いませんわ。エルゼ王女が無事に戻られたことですし、何よりもあの時のルイーゼ皇女の笑顔は本物です。皇女様の生誕祭ですもの、喜んでいただけたことが何よりですわ」

「ヴィルマ皇女……!」


 なんて素敵な考え方だろうかと、エルゼは感心した。


(そうね。ルイーゼ皇女に喜んでもらえたのは確かだもの。あの笑顔を見られただけで、苦労が報われたってことよ)


 船に乗っていた動物たちは、エルゼの部屋で帰りを待っていたシフォンを除きヴィルマたちが元の棲家へ帰してくれたそうだ。

 たった一日だけの「森のお茶会」だが、ルイーゼ皇女の喜んでもらえたということが一番の報酬だったのかもしれない。

 そう噛みしめるエルゼに、ヴィルマがこそりと囁いてくる。


「ところでエルゼ王女……」

「なぁに?」

「それで、リヒャルト殿下とはどこまで進みましたの?」

「っ!?」


 ヴィルマのとんでもない発言に、エルゼは思わず舌を噛みそうになってしまった。


「なな、何を……!?」

「だって、まるまる一晩二人きりだったのでしょう? 二人ともお年頃ですし、何かあってもおかしくはな――」

「な、何もなかったわ! 本当よ!!」


 ぴったりと肌を合わせるようにして抱き合い、そのまま眠りにつくというのが「何もなかった」の範疇に収まるのかどうかは自身がなかったが、少なくともヴィルマが示唆するような決定的な何かがあったわけではない。

 慌てるエルゼに、ヴィルマはにんまりと口角を上げる。


「あの時のリヒャルト殿下の雄姿、エルゼ王女がご覧になっていないのがもったいなく思えてしまいますわ。誰よりも真っ先に湖に飛び込んで、よほどエルゼ王女のことが心配でしたのね」

「……リヒャルト殿下は責任感の強い方だから、花嫁候補に何かあってはいけないとの義務感でそうなさったのよ」

「うふふ、本当にそうでしょうか。果たして湖に落ちたのがエルゼ王女以外でしたら、リヒャルト殿下が同じ行動に出たのか疑問が残りますわ」

「もぉ……そんなことないんだから……」


 頬を染めるエルゼに、ヴィルマはにまにまとからかうような笑みを崩さない。


「……わたくしは応援しておりますわ、エルゼ王女」


 最後に耳元でそう囁くと、ヴィルマは上機嫌な足取りで去っていく。

 その姿を見送りながら、エルゼはそっと頬に手を当てる。

 しっかりと熱を持っているのがわかり、思わずため息をついてしまった。




「今日はいない……か」


 今日も今日とて、エルゼは廃教会を訪れていた。

 そこにリヒャルトの姿はない。

 だがたった一人で廃教会を見つめていたリヒャルトの姿を思い出すだけで、胸が締め付けられるようだった。


(ここで、リヒャルトのお母様と妹君が亡くなった……)


 リヒャルトを狙った暗殺計画に巻き込まれる形で、非業の死を遂げた二人。

 一人生き残ってしまったリヒャルトは、どれほどつらかったことだろう。


「……リヒャルトの妹君は、ルイーゼ皇女と同じように小さな動物がお好きだったそうよ」


 腕の中に抱えたシフォンにそう声をかけると、シフォンはいつになく弱弱しく頷いた。


『うん……』


 普段はお菓子に目がなかったり、ちょっとしたいたずらをしてエルゼを困らせることもあるシフォンだが、それでも思うところがあるのかもしれない。 


「リヒャルトは二人のことを忘れたくはないと言っていたわ」


 皇帝はこの不祥事を表沙汰にしないことを決めた。

 二人の生きた証は静かに忘れ去られようとしているのだ。

 だが、リヒャルトはそれを望んでいない。

 ならばエルゼも、その想いに寄り添いたかった。


「だったら私も……そうしたいの」


 エルゼがそう呟くと、シフォンがすりすりと鼻先をすり寄せてきた。


『……エルゼは優しいね』

「そんなことはないわ。私、今までずっと……打算でリヒャルトに近づいていたんだもの」

『ううん、優しいよ。……きっと、リヒャルトも、リヒャルトのお母さんと妹も喜ぶ』

「……ありがとう、シフォン」


 シフォンに慰められ、エルゼはあらためて目の前の廃教会を見上げる。

 今日はたくさんの花を摘んできた。

 ルイーゼ皇女のように無邪気だった、リヒャルトの妹姫に喜んでもらえるように。

 意を決して廃教会の中へと足を進め、エルゼは丁寧に花を供える。

 そして、大きく息を吸って歌い始めた。

 エルゼの故郷、マグリエルに古くから伝わる……鎮魂の歌だ。


(どうか、少しでも慰めになりますように)


 リヒャルトの、そしてここで亡くなった二人の安寧を、エルゼはただ願った。

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