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43 殿方に肌を晒すなんて……

(まさか、一晩リヒャルトと二人っきり!?)


 想定もしていなかった事態だ。

 ある意味リヒャルトとの距離を縮めるチャンスなのかもしれないが、家族以外の男の人と一晩共に過ごすなど、恋愛経験ゼロのエルゼにはあまりにもハードルが高い。

 そんな状況ではないのに、意味もなくあわあわしてしまう。

 だがリヒャルトの方は、動揺の欠片も見せなかった。

 エルゼが寝ている間に集めたらしき木の枝で火を起こし、淡々と焚き火を始めていた。


「あったかい……」


 焚き木の熱を感じて初めて、エルゼは自身の体が冷えて切っていることに気が付いた。

 ずりずりと焚き火に近づいたが、リヒャルトは何も言わない。

 そのまま温まっていると、不意にくしゃみが出てしまう。


「くしゅん! ……失礼いたしました」


 人前でくしゃみをするなど、王女としては恥ずかしい振る舞いだ。

 ぽそぽそと謝罪すると、リヒャルトの目がこちらを向く。

 彼は何かを探るように、身を縮こませるエルゼをじっと見つめていた。

 そして、彼はとんでもないことを口走った。


「脱げ」

「…………え?」


 まさか聞き間違いだろうと、エルゼはぱちくりと目を瞬かせる。

 だがリヒャルトは再び、同じことを口にした。


「聞こえなかったのか? 脱げ」

「…………ち、ちょっと待ってください!」


 まさかの大胆発言に、エルゼの頭はパニック状態だった。


(ど、どういうこと!? リヒャルトってこんなに大胆なタイプだったの?)


 まさか二人っきりになった途端にこんな即物的なことを言ってくるタイプだったとは。


(ど、どうしよう……? おとなしく言うことを聞くべき? でも、そんな――)

「……おい、聞こえなかったのか?」


 リヒャルトが少し苛立った様子で距離を詰めてきて、エルゼは飛び上がった。


「ま、待ってください! そりゃあ私はリヒャルト皇子の妃になりたいと思ってますけど! 都合の良い女としてあっさりポイ捨てされたら困るんです! そもそも私たちもっとお互いを知るべきで――」

「何を勘違いしている。そのままだと体が冷えて風邪を引くから脱げと言ったんだ」

「ぁ…………」


 リヒャルトの言葉で己の勘違いを悟り、エルゼは真っ赤になった。

 あたりは日が落ちて、どんどんと気温が下がってきている。

 確かにずぶ濡れのままの衣服を着たままでは、体が冷えてしまうだろう。

 リヒャルトの言うこともわかる。わかるが……。


(と、殿方に肌を晒すなんて……)


 エルゼは故郷でもおてんば王女だと評判だったが、それでも王女としての教育はきちんと受けていた。

 結婚も婚約もしていない男性に肌を見せるなど、最大級のNG行為である。

 踏ん切りがつかずに視線をうろうろと彷徨わせるエルゼに、リヒャルトは大きくため息をついた。

 かと思えば、彼はくるりとエルゼに背を向ける。

 そして次の瞬間、彼は勢いよく身に着けていた衣服を脱ぎ始めたのだ。


「ひゃあ!」


 エルゼは思わず両手で目を覆ってしまった。

 それでも、指の隙間から彼の鍛えられた背筋が目に入り、ドキドキと鼓動が速くなってしまう。

 リヒャルトは威勢よく脱ぎ下着姿になると、服を乾かすためか火の傍に置き、エルゼに背を向けた体制のまま地面に座る体制を取った。

 そして、あわあわしたままのエルゼに声をかける。


「……俺は決して振り返らない。だからお前も脱げ」

「ぁ…………」


 リヒャルトの気遣いに、エルゼは恥ずかしいような嬉しいような複雑な気分を味わった。


(未来では、私の故郷ごと焼き払うような人なのに)


 こんな風に細やかな気遣いをされると、胸の内が搔き乱されてしまう。

 せっかくリヒャルトが振り返らないと言ってくれたのだ。

 いつまでも躊躇はしていられない。


「っ……!」


 エルゼは意を決して、びっちょりと水を吸ったドレスに手をかけた。

 心臓が口から飛び出そうなほどに早鐘を打っている。

 ちらちらとリヒャルトの方を確認してみたが、彼は宣言通りこちらへ振り向くそぶりすら見せなかった。

 エルゼは気を落ち着けるように息を吸うと、ゆっくりとドレスを脱いだ。

 素肌が露わになると、途端に心もとなさが押し寄せる。

 さすがに全裸になるのは戸惑われたので、胸元と下腹部を覆う下着だけを残してエルゼは身軽な姿になった。

 リヒャルトと同じように火の傍にドレスを置き……迷った末にリヒャルトとほとんど背中合わせになるような位置に腰を下ろす。

 リヒャルトから何か文句が飛んでくるかと思ったが、彼は何も言わなかった。

 そのまま狭い洞窟内には外の風の音とパチパチと焚き火が爆ぜる音だけが響いた。


「…………」


 リヒャルトは何も言わない。

 その沈黙に耐え切れなくなり、エルゼは自分から話しかけてしまった。


「あのっ、リヒャルト殿下!」


 リヒャルトからの応答はない。

 それでもエルゼは、この息苦しい空気を続けるよりはましだと話し続ける。


「この湖ってああいう水魔がたくさんいるんですか? 私の故郷には海はおろか大きな湖もほとんどなかったので、始めて見て驚きました!」


 その水魔に水中に引き込まれて死にかけた人間にしてはなんとものんきな話だと思わなくもなかったが、エルゼの口から出てきたのはそんな疑問だった。

 完全に無視されるのも想定していた。

 だが意外なことに、リヒャルトはエルゼの問いかけに応えてくれたのだ。


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