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41 いつか笑ってくれるように

「わぁ、動物さんだ……!」


 舟の上では、様々な小動物が思い思いに過ごしていた。

 キツネ、リス、ウサギ、アヒル……エルゼがリヒャルトと共に島のあちこちを駆けまわり、協力を募った動物たちだ。


「すごい! かわいい!!」


 ルイーゼ皇女は頬を紅潮させ、興奮気味にそう口にする。

 その反応に、エルゼは自分の判断が間違っていないことを悟る。


(よかった。喜んでもらえたんだ……)


 選考の評価がどうなるのかはわからない。

 だが間違いなく、今日の主役であるルイーゼ皇女には喜んでもらえたのだ。


「皇女殿下、どうぞこちらへおかけください。お茶とお菓子をご用意いたします」


 嬉しそうにきょろきょろとあたりを見回すルイーゼ皇女を特別席に座らせ、エルゼはこそりとシフォンへ囁く。


「シフォン! 手はず通りにお願い!」

『おっけ~』


 エルゼから合図を受けたシフォンが、得意げに胸を張る。

 かと思うと、まるで普通のウサギのように無邪気な動きで、ルイーゼ皇女へとすり寄っていった。


「わっ、ウサギさん!」


 ルイーゼ皇女はぱっと目を輝かせ、手を伸ばしたが……シフォンに触れる前にぴたりと手が止まってしまう。


(もしかして、あまり動物と触れ合ったことがなくて怖いのかしら)


 噛みつかれるのではないか、もしくは力を入れすぎて潰してしまわないかなど……。

 確かに、小さな動物と触れ合う時はいろいろなことが頭をよぎるものだ。


(でも、相手を思う心があればたいていのことはうまくいくものよ)


 エルゼはちらりとシフォンに目配せをする。

 シフォンも心得たもので、ルイーゼ皇女を怖がらせないようにそっと……頭をその小さな手にすり寄せた。


「ふわふわ……」


 初めてウサギを撫でたルイーゼ皇女は、恍惚とした声でそう呟く。

 エルゼも幼い頃、初めてふわふわの動物に触れた時の感動を思い出し、頬を緩ませた。


「どうぞ、抱っこしてあげてください。その子、甘えん坊なんです」

「え、いいの?」

「えぇ、もちろん。皇女殿下に抱っこしてもらえれば、その子も喜びますわ」


 エルゼが促すと、ルイーゼ皇女はこわごわシフォンを抱き上げた。


「すごい、あったかい……」


 まるで花が咲くように、ルイーゼ皇女は輝くような笑顔を浮かべた。

 その表情に、エルゼは胸を打たれる。


(なんて嬉しそうなのかしら……。このお顔が見られてよかった)


 胸の中にわだかまっていた不安が、消えていくのが分かった。


(もっともっと、ルイーゼ皇女に喜んでもらいたいわ)


 まだまだお茶会は始まったばかりだ。


「ほら皆、今日の主役のルイーゼ皇女殿下よ。しっかりとおもてなしして差し上げてね」


 動物たちにそう声をかけると、彼らはぞろぞろとルイーゼ皇女の下へ集まってくる。


「わぁ、可愛い! アヒルさんに、リスさんに……」

「皇女殿下、ケーキもご用意してあります。どうぞ、心行くまで『森のお茶会』をお楽しみください」

「紅茶もありますよ」

「アップルティーとレモンティー、どちらになさいますか?」


 ヴィルマ、フリーダ。ギーゼラ……。

 エルゼと共に「森のお茶会」を作り上げてくれた三人も、戸惑うことなく堂々とルイーゼ皇女をもてなしている。


(組み分けを決めた人は後ろ盾のない花嫁候補を集め、嘲笑おうとしたのでしょうけど……結果的に、最高のメンバーが揃ってくれたわ)


 可愛い動物に、美味しいお菓子に……大好きなものに囲まれたルイーゼ皇女は、きゃっきゃと明るい声を上げている。

 その声はこの船だけではなく、風に乗って周囲一帯まで届くほどだった。

 エルゼがその光景を微笑ましく見守っていると、同乗していたルイーゼ皇女の侍女の一人が、こそりと声をかけてきた。


「ルイーゼ皇女がこんなにお喜びになる姿を始めて見ました……」

「え、そうなのですか?」

「えぇ、普段はエルンスタールの皇女らしく振舞おうと、無理をされることも多く……」


 エルゼが偵察に行ったときに目にした光景の通りだ。

 大国の皇女となると、いくら子どもでもいろいろと我慢することも多いのだろう。


「ですが、皇女殿下も心の底ではこんな風にはしゃいでみたかったのかもしれませんね。……我々も、認識をあらためようと思います。敬愛する皇女殿下の幸せこそ、我々の一番の願いですから」


 彼女ははっきりとそう告げ、静かに頭を下げる。


「現状を見つめ直す機会を頂き、感謝いたします。エルゼ王女殿下」


 彼女は言葉の通り、心からルイーゼ皇女の幸せを願っているのだろう。


(こんな人が傍にいてくれるのなら、ルイーゼ皇女は幸せね……)


 少しでも彼女たちの背を押す手伝いができたのなら、それは何よりだ。


(いつか、リヒャルトも……)


 今のルイーゼ皇女のように、笑ってくれる日が来るのだろうか。

 この侍女のように、彼のことを思う人物は傍にいてくれるのだろうか。

 不意にそんな考えが頭をよぎり、エルゼはリヒャルトなどの皇族が乗る船へと視線を移す。

 甲板では皇帝と皇后が仲睦まじい様子で、はしゃぐルイーゼ皇女を眺めていた。

 その向こうのリヒャルトは……。


(え?)


 彼がこちらを見ていたような気がして、エルゼはぱちくりと目を瞬かせる。

 次の瞬間には、もうリヒャルトは別の方向を向いていた。


(き、気のせいかしら……。そうよね。ルイーゼ皇女の方ならともかく、リヒャルトが私を見ている理由がないもの……)


 そう自分に言い聞かせ、エルゼはルイーゼ皇女たちに視線を戻そうとした。

 だがその瞬間、微かな違和感を覚え湖面に目を留める。


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