40 森のお茶会
「すごい! 壮観ね!」
「エルゼ王女……! あまり身を乗り出しすぎると落ちますわ!!」
花嫁候補たちはそれぞれの船に乗り込み、湖へと繰り出した。
エルゼにとっては人生初ともいえる船出だ。
当然、興奮せずにはいられないのである。
「見て! 今魚が跳ねたわ!」
「わたくしたちが口にする魚も、この湖で採れるものが多いんです」
「そうだったのね!」
きゃっきゃと子どものようにはしゃぐエルゼに、他の花嫁候補たちは微笑まし気に目を細めた。
「見てください。あれがエルンスタールの皇族の方が乗っておられる船です」
「すごい……!」
同じグループの花嫁候補であるヴィルマが指さす先には、ひときわ豪奢で大きな船が浮かんでいた。
金を基調とした豪奢な装飾。エルンスタール皇帝の威光を象徴するような立派な彫像……。
(なんていうか、他のグループの船を合体させたような感じね)
確かに彼女たちは、エルンスタールの国として好まれる装飾をよくわかっていたのだろう。
だが、今日はエルンスタール皇国を称える日ではない。
七歳の女の子であるルイーゼ皇女の誕生を祝う日なのだ。
(大丈夫。きっと喜んでもらえるわ)
もしも「森のお茶会」のコンセプトが酷評されれば、エルゼだけではなく同じグループの花嫁候補の評価も下がってしまう。
快く協力してくれた彼女たちを、そんな目に遭わせたくはなかった。
……そんな思いが、表情に出ていたのかもしれない。
「エルゼ王女、そんなに心配なさらないでくださいな」
そう声をかけてくれたのは、伯爵令嬢のフリーダだ。
「わたくしたちは決してエルゼ王女の意見に押されたのではありません。あなたの案が素晴らしいと思ったからこそ、同意したのです」
「えぇ、その通りですわ。ここまで来たのですから、後はしっかりとルイーゼ皇女殿下をおもてなしすることを考えましょう。アップルティーとレモンティーはどちらがよいかしら」
子爵令嬢のギーゼラも同意するようにそう言い、茶缶を見せてくれる。
彼女たちはエルゼを励まそうとしてくれているのだ。
だったら、エルゼ一人がうじうじしていては始まらない。
「両方用意しちゃいましょう! ルイーゼ皇女殿下に好きな方を選んでいただくのよ!」
「まぁ、名案ですわ!」
ころころと明るい笑い声が船を満たし、動物たちものびのびとくつろいでいる。
『えへへぇ。誕生祭って楽しんだね、エルゼ!』
エルゼの膝の上でお菓子をむさぼっていたシフォンが、ぴょん、と肩に登りそう囁いた。
「えぇ、そうね。来年はシフォンの誕生日もお祝いしましょう」
『わぁい』
視線を湖上に戻すと、ちょうどグロリアたちのグループの船にルイーゼ皇女が降り立ったところだった。
幸か不幸か、エルゼたちの船にルイーゼ皇女がやってくるのは最後となる。
エルゼは柄にもなく緊張しながら、その瞬間を待つのだった。
皇族の乗るひときわ大きな船が、順々に近づいてくる。
そしていよいよ、エルゼたちの船にルイーゼ皇女が降り立つときがやってくる。
彼女や他の皇族の乗る船が接近し、水面が大きく揺れる。
「こうして間近で見ると、迫力がありますね……」
ヴィルマ王女の言葉に、エルゼはこくこくと頷いて同意した。
見上げれば、皇族の面々が優雅にパーティーを楽しんでいる様子が視界に入る。
その中には、リヒャルトの姿もあった。
(リヒャルト……)
彼は皇帝や皇后、ルイーゼ皇女からは離れたところで、一人つまらなそうに座っていた。
昔のエルゼだったら、「妹の誕生パーティーなんだからもっと楽しそうにすればいいのに!」と憤っただろう。
だが今、胸にあふれてくるのは別の感情だった。
(こんなにおめでたい場でも、リヒャルトはどこか悲しそうに見える。いったい何があなたをそうさせているの……?)
リヒャルトは決して冷酷なだけの人間ではない。
エルゼに手を貸してくれたように、優しい部分もあるのだ。
いったい彼の過去に、何があったのだろうか。
じっとリヒャルトを見つめたままエルゼの思考は沼に沈みそうになったが、慌てたようなヴィルマ王女に声を掛けられはっとする。
「エルゼ王女! ルイーゼ皇女がおいでになります!」
そうだ。今日の主役はあくまでルイーゼ皇女なのだ。
リヒャルトのことも気にかかるが、今はとにかくルイーゼ皇女をおもてなしすることだけを考えなければ。
皇族の乗る大型の船から階段が渡され、侍女に手を取られたルイーゼがしずしずとやってくる。
エルゼたちは並んでルイーゼ皇女を出迎え、一礼する。
代表のエルゼは一歩前へ出て、笑顔で口を開く。
「ようこそおいでくださいました、ルイーゼ皇女殿下。皇女殿下の誕生祭というこの日を共にお祝いできることを、心より光栄に存じます。そして、我々がルイーゼ皇女殿下にお楽しみいただきますのは……『森のお茶会』です!」
エルゼの合図とともに、ヴィルマ王女たちが船の床を覆っていた大きな布をばさりと取り払う。
そこに現れた光景に、緊張気味に強張っていたルイーゼ皇女の表情がぱぁっと輝いた。