39 船のお披露目
パーティー当日は、まるで天に祝福されているかのような好天に恵まれた。
「わぁ、すごい……!」
エルンスタール王宮のある島をぐるりと取り囲む湖には、既に多くの船が繰り出していた。
その壮観な光景に、エルゼは目を輝かせて感激する。
エルゼの故郷のマグリエルには、海や大きな湖はなかった。
たくさんの船が浮かんでいるというただそれだけで、ウキウキしてしまうのだ。
「エルゼ王女、こちらの準備も整いました」
「ありがとう! やっぱり素敵ね……」
同じグループのフリーダに声を掛けられ、エルゼは慌てて意識を自分たちの船へと戻す。
既に湖畔には、花嫁候補たちの飾り付けた船が揃っている。
「まぁ、何て神々しいのかしら!」
「まさにグロリア様の女神のごとき威光を体現した芸術ですわ! ルイーゼ皇女もお喜びになること間違いなしです!」
周囲に聞こえるような大声で騒いでいるのは、いつものグロリアの取り巻きたちだ。
彼女たちが見上げるのはグロリア率いるグループの船。
なんと、全体を金箔で覆っておりまばゆいばかりの輝きを放っている。
確かに立派は立派なのだが、今日の好天もあいまって日光の反射も合わさると、眩しすぎて目が眩んでしまうほどだった。
取り巻きたちは口々に褒めたたえつつも、「あぁ、あまりの素晴らしさに直視できないわ……!」と目を逸らしている。
(何事もやりすぎない方がいいってことね……)
エルゼも目を細めながら、そっと金色の船から視線を外した。
他のグループの船も、それぞれ力作が揃っている。
あるグループは、先端にエルンスタールの紋章にも描かれている勇ましい幻獣――グリフォンの彫像を取り付けていた。
確かにエルンスタールの威光を象徴するような荘厳な出来栄えとなっているが……。
(七歳の女の子が喜ぶかと言ったら……どうなのかしら)
他のグループも似たようなものだ。
確かに壮大で美しい。だが、ルイーゼ皇女の好みとは少しずれているような気がしてならなかった。
そんなことを考えながら、船を眺めていたエルゼだったが――。
「あっ……あはははは! 何よこれ!!」
不意に近くで馬鹿にしたような笑い声が聞こえ、思わずそちらへ振り返る。
先ほどまで目を逸らしつつも金色の船を褒めたたえていたはずのグロリアの取り巻きが、いつの間にかエルゼたちのグループのすぐそばに来ていたのだ。
「何かしらこのみすぼらしい物体は! まっさかルイーゼ皇女の誕生祭を祝うための船じゃないでしょうね!?」
そう言って彼女が指さす先にあるのは、エルゼたちのグループの船だった。
確かに他のグループに比べれば飾りつけはシンプルだろう。
ここエルンスタールの宮殿の近くで咲いている花を中心に、「森の中の花畑に迷い込んだ」というコンセプトで装飾したものだ。
「しかも何かチョロチョロと……ぎゃっ!」
舟の中を覗き込んだグロリアの取り巻き――アマ―リアが、慌てたように飛びのき尻もちをついた。
「なっ、なによこれぇ……!」
アマ―リアの情けない悲鳴に、船の中から顔をのぞかせたリスが「チチッ」と鳴き声を上げた。
「パーティーを盛り上げてくれる大事な仲間ですわ。アマ―リア様」
尻もちをついたアマ―リアを見下ろすように、エルゼは余裕たっぷりにそう告げる。
当然、アマ―リアは噛みついてきたが。
「はぁ!? バカじゃないの!? こんな獣だらけの船、栄えあるエルンスタール皇女であらせられるルイーゼ殿下への侮辱だわ!」
「それを決めるのはルイーゼ皇女殿下であって、あなたではないわ。それよりも、その土や砂まみれのドレスをどうにかした方がよいのではなくって? あっ、エルンスタールではドレスのお尻を汚すのが誕生祝いの作法だったら申し訳ございません。なにぶん田舎者ですので、こちらの伝統には疎くて……」
「っ……覚えてなさい!」
アマ―リアは涙目でエルゼを睨むと、手で尻を隠すようにして宮殿の方へと去っていった。
さすがに汚れたドレスでルイーゼ皇女の誕生祭に出席する勇気はなかったのだろう。
(ふん、いらないちょっかいをかけてくるからこうなるのよ)
よたよたと去っていくアマ―リアの背中を見ていると、背後からぱちぱちと拍手の音が聞こえた。
「さすがです、エルゼ王女! ガツンと言ってくださってスッキリしました!」
「私はエルゼ王女の案にしてよかったと思います。だって、こんなに素敵なものが出来上がりましたもの」
「きっとルイーゼ皇女も喜んでくださいますわ」
見れば、同じグループになった花嫁候補たちが小声でエルゼに賞賛を送ってくれていた。
最初に「森のお茶会」を提案したときは、彼女たちに却下されることも覚悟していた。
だが彼女たちは、嫌がることなく「素敵な案です!」と一緒に船の装飾を進めてくれたのだ。
おかげで、エルゼの想像よりもずっと素晴らしいものに仕上げることができた。
自然あふれる船の中でのびのびと過ごす動物たちは、まさに「森の音楽会」の絵本の通りだ。
「ありがとう、皆さま。ルイーゼ皇女に喜んでいただけるよう最後まで力を尽くしましょう!」
「「はい!」」
顔を見合わせ頷きあった時、誕生祭の始まりを告げるラッパの音が鳴り響いた。
いよいよ、それぞれの船が湖へと漕ぎ出すのだ。