36 皇女様の調査
「というわけで、さっそく調査開始よ!」
『おー』
アーベルの言葉で突破口を見つけたエルゼは、さっそく行動に出た。
いつものように使用人に扮し、シフォンと共に外へと抜け出したのである。
『シフォン、あなたにはルイーゼ皇女の居場所を見つけてほしいの。おそらくはあそこにいると思うんだけど……』
エルゼが指さす先にあるのは、比較的新しめな建物だ。
こぢんまりとしたた佇まいだが、外観だけでも洗練させた美しさを感じさせる。
ラヴェンデル宮――エルンスタールの現皇王が、ルイーゼ皇女の母である皇后を迎えた時に贈った宮殿だ。
現在でも皇后とルイーゼ皇女の居住区画となっており、おそらくルイーゼ皇女はそこにいるだろう。
だがいくら使用人に扮していると言っても、やみくもにうろうろしていたら不審者扱いをされて捕まってしまうかもしれない。
シフォンに居場所を確認してもらい、迅速に見てこようという作戦だ。
『じゃあ、いってきまーす』
「いってらっしゃーい。捕まらないように気を付けてね!」
ぴょんぴょんと勢いよく駆けていくシフォンを見送り、エルゼは自身の幼い頃の記憶に思いを馳せた。
(私が七歳の頃……何を欲しがっていたっけ……?)
その頃のエルゼは、カルガモの雛のようにいつも兄や姉の後を追いかけていた。
二人はエルゼを邪険にすることなく遊んでくれたものだ。
特にエルゼは、二人が本を読み聞かせてくれるのが好きだった。
「先詠み」の末裔だということもあり、国の外に出たことのなかったエルゼは、まだ見たことのない外の世界の話に胸を高鳴らせたものだ。
(懐かしいな……みんな、元気かしら)
ほんの少しだけ郷愁の念が押し寄せたところで、聞き覚えのある足音が耳に届く。
「シフォン!」
見れば、ちょうどシフォンが戻ってきたところだった。
『ルイーゼ皇女、いたよ!』
「本当!? すごいわ!」
『うん、茶色の髪の毛のドレス着てる小さい女の子だよね? それっぽい子がいたよ』
「ありがとう、案内してもらえる?」
『うん!』
エルゼは緊張気味に、シフォンの後を追う。
使用人の格好をしているということもあり、ラヴェンデル宮へ入るときも特に見咎められることはなかった。
できるだけ人目につかないようにこそこそと進み、たどり着いたのは人気のない建物の裏手だ。
『ここの上の部屋にいるよ!』
「そうなのね……よし!」
近くに手ごろな木を見つけたエルゼは、腕まくりして木の幹に手をかけた。
そしてそのまま、するすると登っていく。
『わぁ~、エルゼ猿みたい!』
「ありがとう……って言っていいのかしら……?」
母には何度も「はしたないからやめなさい!」とたしなめられたが、エルゼは大自然の中で遊ぶのが好きだった。
そして気づけば、この年でも軽々と木登りができる王女に育ったのである。
(まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけどね)
木の枝を伝い窓の近くまでやって来たエルゼは、葉っぱに隠れるようにしながら、そっと部屋の中の様子を伺う。
幸いなことに窓は開いており、中の様子を垣間見ることができた。
「ルイーゼ皇女殿下、次は来週のガーデンパーティーでお召しになるドレスについてですが――」
侍女と思われる者が数名、ドレスを運んでくるところだった。
彼女たちの中心にいるのは……まだ幼い少女だ。
(あれがルイーゼ皇女ね……!)
初めて目にする皇女の姿を、エルゼは食い入るように見つめた。
茶色の髪をした、愛らしい少女だ。
(可愛い~! リヒャルトとは全然似てないわね……)
リヒャルトにもこの愛くるしさの百分の一でも備わっていればいいのに……。
そんなことを考えながら中の様子を眺めていると、ルイーゼ皇女は少し困ったような顔できょろきょろし始めた。
「ドレスを、選べばいいのね……?」
「えぇ、皇女殿下。皇女殿下はもうすぐ御年七歳になられます。ご自身で場にふさわしい衣装を選んでいただく時が来ました」
(わぁ、大国の皇女様って大変なのね……)
エルゼが七歳の時は、とてもじゃないが「場にふさわしい衣装」なんて選べたものじゃなかった。
エルゼが自分で衣装を選んでパーティーに出ていたら、きっととんでもない大事故になっていただろう。
「えっと、えっと……あっ、これかわいい!」
とあるドレスに目を留めたルイーゼ皇女が、ぱっと表情を輝かせる。
それは、花の模様が描かれた可愛らしいドレスだった。
装飾はシンプルだが、ルイーゼ皇女の子どもらしい愛らしさを存分に引き出してくれるであろう一品だ。
何よりも、動きやすそうなデザインがルイーゼ皇女くらいの年頃の少女には嬉しいだろう。
(あら可愛い)
そのドレスを身に纏うルイーゼ皇女の姿を想像し、エルゼは頬を緩ませる。
ドレスを用意した年若い侍女も、嬉しそうに口を開いた。
「まぁ姫様! このドレスがお気に召されましたか? きっと姫様によくお似合いで――」
「待ちなさい! 何を言っているのです!」
だが一番年長の侍女がぴしゃりとそう言い放ち、ルイーゼ皇女と彼女にドレスを見せていた侍女が驚いたように固まる。
「なんですかそのみっともないドレスは! 栄えあるエルンスタール皇女であらせられるルイーゼ殿下に、そんな庶民と変わらないようなドレスを着せるなんて侮辱にもほどがあります!」
「も、申し訳ございません……」
「はぁ、まったく最近の若い者は……。当然の常識すら備わっていないとは嘆かわしい……」
年若い侍女は恐縮したようにドレスを引っ込め、ルイーゼ皇女はしゅんとしてしまう。
その光景を見て、エルゼはもやもやせずにはいられなかった。
(そこまで否定することないじゃない! そりゃあ時には場に合わせた装いも必要でしょうけど、ルイーゼ皇女の好みをないがしろにするなんて……)
年長の侍女が代わりに用意したのは、グロリアなどエルンスタールの高位貴族の女性がよく身に着けているのと同じデザインのドレスだった。
大人用のドレスをそのまま子どものサイズにしてあるようで、確かに格調高く華やかだが子どもが身に着けるには少々窮屈なのでは、と思ってしまう。
「よろしいですね、ルイーゼ皇女」
「はい……」
ルイーゼ皇女は俯き気味に頷く。
その気落ちした様子に、エルゼまで悲しくなってきた。
だがそれと同時に、エルゼははっとした。
(見た目に捕らわれていたのは、私も同じだ……)
今回の選考で、エルゼはいかにしてグロリアのグループの豪勢な舟に対抗するかということばかり考えていた。
これでは、目の前の侍女と同じではないか。
(……それじゃあ駄目ね。だって選考がどうとかの前に、ルイーゼ皇女のお誕生日なんだもの)
ならば、ルイーゼ皇女にどうやって喜んでもらうのかが最優先ではないか。
アーベルが言っていたことの意味が、やっとわかった気がする。
(よし、調査継続よ!)
心機一転、エルゼはルイーゼ皇女の様子を観察するのだった。




