35 最高の誕生祭に
ルイーゼ皇女の誕生祭には、一グループにつき一隻、飾りつけをほどこした小舟で湖に繰り出すこととなる。
その小舟の装飾についてだが、平等に材料などが配られるわけではなく「外部からの援助もOK」という条件でとにかく自由なのだ。
グロリアのような有力な後ろ盾がある令嬢は、さっそく外部から材料やら人材やらを呼び寄せ、ひときわ目を引くような豪華な装飾を始めているそうだ。
一方エルゼたちのグループは、あまりに不利だった。
ルイーゼ皇女の誕生祭までにはあまり時間がない。
たとえエルゼが今からマグリエル王国に援助を要請したところで、返事が来る頃には誕生祭は終わっている。
ヴィルマ王女も状況はほとんど同じで、フリーダとギーゼラに関しては爵位はあれども金銭的な面ではとても裕福と言えず、実家に援助を要請できるような状況ではなかった。
つまりは、本当に自分たちだけで何とかしなければいけないのだ。
(グロリアの金ピカ舟に対抗するのよ? とにかく見栄えをよくして、インパクトがないと……)
大丈夫、きっと工夫次第で何とかなるはずだと、エルゼは諦めてはいなかったが――。
「うーん……」
『エルゼ、どったの?』
「なかなかいいアイディアが出なくてね……」
自室でうんうん唸っていると、心配したシフォンがすり寄ってくる。
「七歳の女の子に喜んでもらうってどうすればいいのかしら……」
『お菓子とかは? エルゼはお菓子大好きだよね』
「私は七歳じゃないけどね。なるほど……」
お菓子の家ならぬお菓子の船はどうだろうか。
舟の外側をチョコレートでコーティングし、クッキーの屋根をつけて……。
(いや、湖に浮かべるのよ。どろどろに溶けて悲惨なことになるに決まってるわ……)
確かにうまくいけば見栄えはいいだろうが、そもそも「お菓子の船」を実現するには材料も人出も足りない。
この案は却下だろう。
「うぇー……シフォン、ちょっとむにむにさせて……」
『あはは、くすぐったい!』
シフォンのお腹にぐりぐりと額をこすりつけていると、コンコン、と部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はーい!」
エルゼは慌てて立ち上がり、応対する。
果たして扉の向こうにいたのは、エルゼを担当する試験官のアーベルだった。
「現在の進捗状況を確認に参りました。調子はいかがですか」
「うっ、それが全然進んでなくて……」
エルゼは素直に今の状況をアーベルに吐露した。
「というわけで、まだアイディアすら固まっていない状況よ。もっとも、いいアイディアが出てもそれを実現できるかという問題があるのよね……」
「なるほど、実現が難しいアイディアとは?」
「えっと、滑稽だと思われるかもしれないんだけど……」
先ほどシフォンと考えた「お菓子の船」の構想を話すと、アーベルは馬鹿にすることもなく「ふむ……」と考え込んだ。
「確かに、実現性は低いですね。ですが、悪いアイディアではないと思います」
「えっ、本当に?」
「今回の選考はルイーゼ皇女を祝うのが主題です。『お菓子の船』が目の前に現れたら、きっとルイーゼ皇女は感激するでしょう」
その言葉を聞いて、エルゼは嬉しくなった。
自分でもとんちんかんな発想だとは思っていたが、あながち間違ってはいなかったようだ。
「……『ルイーゼ皇女に喜んでほしい』という想い。それこそが何よりも重要だと私は思います。お祝いというのは、自分よりも相手の気持ちを考えることが大切ですから」
「相手の気持ちを考える……」
そうだ。それが何より大事ではないか。
そのために重要なのは――。
(ルイーゼ皇女がどんな人物なのか知ること!)
思えばエルゼは彼女のことを何も知らない。
そこを知ることができれば、きっと道が開けるはずだ。
「ありがとう、アーベル! あなたって本当に頼りになるのね!」
嬉しくなってアーベルの手を握りながらそう言うと、彼は驚いたように息をのんだ。
「……それはどうも」
「見ててね、アーベル。ルイーゼ皇女のためにも絶対に最高の誕生祭にしてみせるわ!」
エルゼはさっそく今後の段取りを頭の中に思い描く。
そんなエルゼを、アーベルは眩しそうに見つめていた。