33 暗躍
「ねぇ、これはいったいどういうことかしら」
グロリアから底冷えするような声と視線で詰め寄られ、アマ―リアは震えあがった。
「えっと、グロリア様、その……」
「なんであの田舎の弱小国の王女ごときが、このわたくしと同等の評価を得ているの?」
カツン、とグロリアがヒールで床を踏みなおし、アマ―リアは「ヒィッ」と情けない声を上げてしまう。
「理解できないわ。ねぇアマ―リア。教えてちょうだい」
「グ、グロリア様、それは……そうです! きっとあの女、卑怯な手を使っているに決まってます!」
とっさに口から出たのはそんな出まかせだった。
実際に卑怯な手を使っているのはこちら側――グロリア陣営の方なのだが、そんなことを指摘すればアマ―リアが消されてしまう。
今のアマ―リアにとって重要なのは、いかにグロリアの機嫌を損ねないかだ。
「正攻法ではグロリア様に勝てないからって、悪事に手を染めるなんて許せませんわ! ですがご安心を、このアマ―リアが徹底的にあの田舎女を叩き潰しますので!」
アマ―リアは威勢よく言い放った。
グロリアの怒気が収まって隙を見計らって、一礼し足早にその場から逃げ出す。
そんなアマ―リアの背中を見送り、グロリアは苛立たし気に爪を噛む。
「こんなの絶対におかしいわ……!」
グロリアは大国エルンスタールの中でも有数の、名門公爵家の令嬢だ。
幼いころから蝶よ花よと慈しまれ、上に立つ者としての振る舞いを教えられてきた。
数年前の皇太子妃を決める第一皇子の花嫁選考会には、残念ながら年齢が幼すぎるということで参加を見送られた。
だがグロリアが参加していれば、皇太子妃に選ばれる可能性は十分あったのだ。
そしてこの度、満を持して第二皇子リヒャルトの花嫁候補に選ばれた。
もちろん、グロリアは本気で妃の座を取りに来たつもりだ。
名家の令嬢であるグロリアが参加していながら、他の女に妃の座を奪われることなどあってはならない。
そのために、準備は怠らなかった。
権力も金も惜しみなく使い、花嫁選考会に関わる者たちを抱き込んだ。
選考を有利に進めるために、アマ―リアなど忠実な取り巻きの令嬢を花嫁候補として潜り込ませた。
もはや敵などいないはずだった。
何の障害もなく、グロリアが周囲を圧倒し妃に選ばれるはずだったのに……。
「どうして、あんな田舎の小国の王女ごときに……!」
辺境の小国マグリエルの王女――エルゼ。
グロリアが美しく咲き誇る大輪の薔薇なら、彼女は道端の雑草だ。
惨めに踏まれ、誰にも顧みられることなく終わるだけのはずだった。
それなのに……エルゼはグロリアがどれだけ踏みつけても、ぴんぴんして立ち向かってくるのだ。
それどころか、今までの選考においては妨害をものともせず、グロリアと同等の優秀な評価を得ている始末。
グロリアの目から見て、エルゼは決して優れているわけではない。
容姿は野暮ったく華やかさに欠けている。
落ち着きがなくやかましく、とても淑女らしいとは言えない。
知識や教養は人並みで、突出したところがあるとは思えない。
芸術の素養については才能や技術があるわけではなく、ただただ奇抜な発想が珍しがられているだけだ。
……決して、グロリアに並び立つような器ではない。
きっと今後の選考では化けの皮がはがれ、醜態を晒すことになるだろう。
そうわかっていても、苛立ちが収まらない。
その苛立ちが拭いきれない不安から来るということに、グロリアはまだ気づいていなかった。
その時、不意に声をかけられる。
「グロリア様、少しよろしいでしょうか」
視線をやれば、グロリアの信頼する侍女がそこにいた。
彼女はグロリアの忠実な僕で、数々の裏工作を担当してきた。
新たな策があるのかと、グロリアは身を乗り出す。
「いいわ、話してちょうだい」
「グロリア様を妃へと導くための、新たな人材をご紹介いたします」
侍女の後から部屋に入って来たのは、痩せた中年の男だった。
骸骨のようにがりがりの体格に、落ちくぼんでいるのに爛々と輝く瞳。
その不気味な姿に、グロリアは思わず眉をひそめる。
これが侍女の紹介でなければ、同じ空間にいることすら不快な存在だった。
「……この者は?」
「グロリア様の役に立つであろう不思議な力を持つ者です」
侍女に促され、男がグロリアの前に立つ。
彼は堂々と顔を上げ、口を開いた。
「お初にお目にかかります、リグナー公爵令嬢。私は……いえ、名乗るほどのものではございません。ただ私の力添えでリグナー公爵令嬢に皇妃のティアラを捧げるとお約束いたします」
「……随分と自身があるようね。それで、あなたは何ができるというの」
グロリアの問いかけに、男は意味深に笑った。
「……実は、私は『先詠み』と呼ばれる一族の末裔で、未来を視ることができるのです。この力があれば、あなたさまの勝利は揺るがないものとなるでしょう」