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3 未来を変える方法

 絵姿を凝視したまま動かないエルゼをどう思ったのか、兄である第一王子――オルトヴィーンがくすくすと笑った。


「こらこら、エルゼ。いくらリヒャルト皇子が滅多に見ないような美男子だからって食いつきすぎだよ」

「リヒャルト皇子……?」

「えぇ、エルンスタールの第二皇子。確かにとんでもなく美男子に見えるけど……きっと絵姿だからかなり美化しているのよ」

「エルンスタールのような大国は宮廷画家もよりどりみどりだろうからね」


 のほほんと会話を続ける兄姉をよそに、エルゼはリヒャルト皇子の絵姿から目が離せなかった。

 彼はあの悪夢に出てきた青年に間違いない。

 今思えば、確かに彼が身に着けていた衣装は「皇子」にふさわしいものだった。

 ということは……。


(あれは……ただの夢じゃない?)


 もしもあれがただの悪夢ではなく、「先詠み」の力で視た未来の光景なのだとしたら。

 そう遠くない未来で、この国は――。


「そんなの駄目よ!」


 とっさにそう叫んだエルゼに、その場にいた者たちは驚いたように目を丸くした。


「どうしたのエルゼ。あなた、ウルリカがエルンスタールに行くのに反対するつもり? まさかリヒャルト皇子の絵姿に惚れ込んで妃になりたいなんて思ってないでしょうね……!」


 母にそう問いかけられ、エルゼははっとした。


「妃……」


 いずれリヒャルトによってこの国が滅ぼされる未来が待っているのだとしたら。

 もしかしたらエルゼが彼の妃になれば、凶行を止められたりしないだろうか?


 エルンスタールやマグリエルを含むこの大陸一帯では、結婚はいついかなる時も相手を敬い慈しむ神聖な契約だとされている。

 貴族や王族の結婚であれば、それは家同士の強固な同盟と同義だ。

 結婚した時点で双方の家に相手の領地を守る義務が生じるので、エルゼが彼の妃になればマグリエルへの侵攻は実質的に不可能となる。


 つまり、リヒャルト皇子と結婚さえしてしまえばあんな悲惨な未来は回避できるのだ!


(まさか、こんなチャンスが降ってくるなんて!)


 そう閃いたエルゼは、ぶんぶんと大きく頷いてみせた。


「そうよ、お母様! こんなに素敵な御方、初めて見たわ! 私、彼のお妃様になりたい!」


 エルゼがそう口にすると、皆は驚いたように目を丸くする。

 だが数秒後……エルゼを待ち受けていたのは困ったような笑いだった。


「もう、エルゼったら……これは絵姿だから期待しない方がいいわ。本物を見たらきっとショックを受けるわよ」

(違うの、お姉様。本物のリヒャルトは驚くほどこの通りなのよ!)

「そうよ、エルゼ。それにあなたが相手にされるわけないじゃない。向こうは大国エルンスタール。賢くて美しい女性が山ほどいるに違いないわ」

(そういう話じゃないのよお母様……。何が何でも、私がリヒャルトの妃にならないと……)

「うぅむ……済まないがエルゼ、お前をエルンスタールに送るわけにはいかん。ウルリカならともかく、お前はうっかり向こうの方々に失礼なことをしでかしかねんからな」

(うぅ、お父様に反論できないのが悔しい……。私がもっと普段からしっかりしていれば……!)


 エルゼは意を決してあの悪夢のことを話そうかと思ったが、朗らかに笑う家族の顔を見ているとどうしても言えなかった。

 この幸せな王国に、あんな地獄のような未来が待っているなんて。


(皆の笑顔を曇らせたくない。幸せを壊したくない……)


 ぎゅっと唇を噛みしめていると、その様子を見たオルトヴィーンが助け舟を出してくれる。


「まぁまぁ、父上も母上ももう少しエルゼを信じてあげてもよいのでは? それに、ここでエルゼの気持ちを否定したらエルゼは一生リヒャルト皇子への恋を引きずるかもしれません。可愛いエルゼにそんな思いをさせるくらいなら、スパッと失恋させてあげた方がよろしいかと」

「お兄様……!」


 失恋前提なのが少し引っ掛かったが、エルゼは感激しながら兄を見つめる。

 彼はエルゼと視線が合うと、にっこりと微笑んだ。


「確かに、思いっきりフラれてきた方が諦めもつくかもしれないわね……」

「きっぱり断られた方が気持ちの整理がつくだろうな……」


 頑なだった両親も、優秀なオルトヴィーンの意見とあらば無視はできないようだ。


「ふふ、エルゼがそこまで乗り気ならこの役目は喜んで譲るわ。精一杯楽しんでくるのよ」

「お姉様、ありがとう!」


 にこやかに背中を押してくれたウルリカに思わず抱き着くと、咎めるように母が咳払いした。


「こら、エルゼ! まだあなたを行かせると決めたわけじゃないわ。いいこと? これから出発までの間に、私が『これなら送り出しても大丈夫』と納得できなかったらエルンスタールに行きはなし! 理想の王女になれるようにビシバシしごいてあげるから、覚悟なさい!」

「お母様……!」


 条件付きだが、母はエルンスタール行きを認めてくれた。

 その横で、父も「うんうん」と頷いている。

 道は開けた。あとは、エルゼの頑張り次第だ。


(大丈夫。絶対に、あんな未来は阻止してみせるんだから!)


 いつになく張り切るエルゼに、家族は「そこまでリヒャルト皇子のことを……」と誤解を深めるのだった。

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