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28 変革をもたらす者

「なぁに、あれ。子どもの落書きでももっとマシなものを出してくるわよ」

「田舎の方ですから、エルンスタールの高尚な芸術精神を理解できないのでしょう」


 アマ―リアや他の取り巻き令嬢は、風変わりなエルゼの絵を小声で嘲笑している。

 さすがにこれはまずかったかと、エルゼは落ち込みかけたが――。


「すんばらしい! この斬新なイマジネーション! まさにファンタスティック! さすがはマグリエル姫君、ある意味型破りともいえるこの作品は賞賛に値しますぞ!」

「…………え?」


 エルゼはぽかんとしてしまった。

 聞き間違え出なければ、今ラックス伯爵はエルゼの作品をべた褒めしなかったか?


「この大胆かつ繊細な色使い。従来の絵具とは違う画材を使っていらっしゃるとお見受けいたしますが、いったい何をお使いに?」

「えっと、自然の草花を……」

「ファビュラス! その発想こそが凝り固まった我々の頭を解きほぐすのに必要なのかもしれませんね。自然の素材から絵具が作られるようになって幾星霜……いつしか当たり前になっていた手法を今一度見直すことから、新たな芸術は生まれる。まさに創造と破壊の輪廻……わかりますぞ……! エルゼ王女の崇高な理念が!」


 ラックス伯爵は興奮したように一人でべらべらとまくし立てている。

 エルゼは決して彼が言うような崇高な理念を持ち合わせているわけではなく、単に嫌がらせで絵の具が使えなかったので最後の手段として自然の草花を用いたに過ぎないのだが……どうやらそれがラックス伯爵には気に入られたようだ。


「革新なくして発展なし。常に想像力を働かせ、挑戦を続けることこそ――」

「ラ、ラックス伯爵! 時間が押しておりますのでそのあたりで……」


 ついには顔を真っ青にした女官が割って入って来た。

 その焦燥に満ちた顔を見て、エルゼは胸がすくような思いがした。


(ふん、下手な小細工なんてするからこうなるのよ)


 女官に引っ張られたラックス伯爵は、おほんと咳払いをする。


「では、総評へと移らせていただきますぞ」


 彼は集まった花嫁候補たちを見回し、うきうきと口を開く。


「さすがは選りすぐりの姫君というべきか、非常にハイレベルな作品ばかりで感嘆いたしました。特に素晴らしかったのが……」


 ラックス伯爵の視線がグロリアの方を向く。

 グロリアは当然だとでも言うように、胸を張っていた。


「リグナー公爵令嬢! まさにエルンスタールを象徴するような美しく壮麗な作品は、我々の胸に情熱の炎を宿さずにはいられないでしょう。まるで『宮廷画家の力作』と言われてもわからないほどの緻密な筆遣い、いやぁ、実に素晴らしい!」

(やっぱり一番お気に召したのはグロリア様の作品かぁ……)


 エルゼは釈然としない想いを抱きつつも、ラックス伯爵の評価に納得はしていた。

 どんな経緯で、誰が描いたのかはわからないが、確かにグロリアの作品は素晴らしい。

 それは否定できない事実だ。


「……ありがとうございました、ラックス伯爵。それでは、今回の選考での最優秀賞はリグナー公爵令嬢だということで――」

「お待ちください、私の話はまだ終わっていませんぞ」

「え?」


 話を終わらせようとした女官にストップをかけたラックス伯爵の行動に、場がざわつく。

 エルゼもぽかんと目を丸くして、その場の動向を見守ることしかできなかった。


「確かにリグナー公爵令嬢の作品は素晴らしい。歴史の積み重ねによって培われた伝統を重視し、エルンスタールの変わらぬ強さを実感させていただきました。ですが――」


 そこで一度言葉を切ると、ラックス伯爵はにやりと笑った。


「時には新たな風を呼び込み、大胆な変革をもたらす者も重要だと私は思います。よって、リグナー公爵令嬢に並びマグリエルのエルゼ王女にも最優秀賞を与えたい!」

「えっ……ええぇぇぇぇ!?」


 いきなり自分の名前が出てきて、エルゼは間抜けな声を上げてしまった。

 そんなエルゼの下へ、ラックス伯爵はずんずんと近づいてくる。


「エルゼ王女! あなたの斬新な作品は私のハートに火をつけました! 今後の選考でのご活躍を期待しておりますぞ!」

「あ、ありがとうございます……」

「何よりもあなたには確かな芸術の才がある! これから本格的に芸術の道に足を踏み入れる際は、是非私をお呼びください! いつでも馳せ参じましょう!!」

「えっ、あっ、はい……」


 戸惑うエルゼと力強く握手を交わして、ラックス伯爵は朗らかな笑みを浮かべる。


「それでは私はここで失礼いたします。未来の芸術家たちに幸あれ!」


 誰もがぽかんとして口を挟めないまま、ラックス伯爵は鼻歌交じりに去っていった。

 やがて皆が落ち着きを取り戻し、ざわざわと場が騒がしくなる。


「おめでとうございます、エルゼ王女!」

「あの絵、本当に素晴らしかったですわ!」


 何度か言葉を交わしたことがある花嫁候補たちが、口々に賞賛の言葉をくれる。

 その中には、この選考の初めに声をかけてくれた者もいた。


「ありがとうございます、皆さま。私本当に……っ!」


 言葉の途中で、まるで刺すように鋭い視線を感じた。

 弾かれたように振り返ったエルゼの視界に映ったのは――。


(怖っ!)


 まるで親の仇を見るような目でこちらを睨む、グロリアの姿だった。

 ……エルゼに対する妨害、女官の態度などを考えると、この選考は最初からグロリアが一番になるように仕組んでいたのだろう。

 だが、エルゼが機転を利かせたことでグロリアの単独最優秀賞は潰えてしまった。

 ……そんなことで怒りをぶつけられても、こちらとしては正直迷惑でしかない。


(どれだけ卑怯な手を使っても、私は退かないわよ)


 そんな思いを込めて、エルゼはじっとグロリアを見つめ返した、

 グロリアは不快そうに表情を歪めると、ふい、と視線をそらしてしまう。

 エルゼは一息ついてから、再び笑顔で他の花嫁候補たちへと向き直るのだった。


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