26 ピンチはチャンスに変えて
(花嫁候補同士で相談禁止? 私は別に構わないけど……それで困るのはあなたたちが贔屓しているグロリア嬢とその周りじゃない?)
もともとエルゼたち弱小候補は大した情報も与えられず、単独でこの場へ放り込まれている。
それに対し明らかに贔屓されている有力候補は、事前に選考内容も知らされた上に取り巻きがいちいち周りの邪魔をしてくるのだ。
「相談禁止」というルールで一番困るのは、彼女たちな気がしてならないのだが……。
エルゼが思案している間に、一人一人に画材が配られる。
エルゼに画材を手渡した女官は、エルゼの顔を見てにっこりと笑った。
その瞬間、エルゼの背筋に冷たいものが走る。
(今の笑顔……間違いなく私に対する悪意があったわ!)
一見人好きのする笑顔の裏には、確かな悪意が隠れていた。
はっきりとそう見抜いたエルゼは、ごくりと息をのむ。
(何か罠があるのかも、何か……)
「それでは……今より選考を開始いたします!」
女官の合図と同時に、花嫁候補たちは庭園を出ていく。
被写体や場所の選定から試験は始まっているのだ。
一秒たりとも無駄にしたくないのだろう。
だが嫌な予感を覚えたエルゼは……その場で手元の紙を広げ、その隅に筆を滑らせた。
案の定――。
(ほとんど色が出ない! これ……明らかに質の悪い絵具じゃない!)
エルゼとて故郷で絵画を嗜んだことはある。
一通りの画材の扱い方は心得ていた。
そのうえで……今渡されたこの画材は、とても絵など描けるものではない。
「申し訳ありません。この画材についてなのですが――」
エルゼはすぐさま近くにいた女官に訴えた。
だが、返ってきたのは――。
「皆さま、同じ条件で選考に臨まれています。発色が悪いというのはエルゼ王女の使い方が悪いのではないでしょうか」
(そんなわけないじゃない! よくもそんなことが言えたものね!)
どうやら女官はあくまでも白を切るつもりであるらしい。
怒りに震えるエルゼに、更に彼女は続けた。
「この試験では『適応力』が試されます。与えられた環境に適応できない方はエルンスタール皇妃としてふさわしくありません」
女官はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、そんなことを口にしたのだ。
……なるほど、よくわかった。
だれの指示かは知らないが、あからさまにエルゼを潰そうとする動きがあるようだ。
「あのっ、エルゼ王女……!」
この場に残った花嫁候補が、エルゼと女官のやりとりを聞いていたのだろう。
親切にも声をかけてきてくれた。
「わたくしの絵具は問題なく使用できます。二人で分け合って――」
「そこ! 花嫁候補同士の相談は禁止と言ったはずです! それ以上の相談行為が見られた場合は、二人まとめて今回の選考は評価無効といたします!」
女官の厳しい声が飛んできて、エルゼはひゅっと息をのんだ。
「……ありがとう。私なら大丈夫です」
「でも、エルゼ王女……」
「お気づかいありがとうございます。また、夕刻の鐘が鳴るときにお会いいたしましょう」
心配そうな顔をした花嫁候補に礼を言い、エルゼはさっとその場から去った。
(彼女を巻き込むわけにはいかないわ。私だけでなんとかしないと……)
「相談禁止」ルールも、まさかエルゼを陥れるためだったとは。
「まったく、田舎の小国の王女が過大評価されたものね……」
それほどまでに警戒されているとは、むしろ自分が誇らしいくらいだ。
(田舎の王女の意地、見せてあげるわ!)
――この試験では「適応力」が試される。
先ほどの女官の言葉を反芻し、エルゼはにやりと笑った。
「シフォン! シフォン! いる!?」
『いるよー』
周囲に誰もいないのを確認し呼びかけると、どこからかシフォンがぴょこぴょことやって来た。
今回は屋外で行われる選考だということで、一緒に来たがったシフォンを密かに待機させていたのだ。
「ちょっと力を借りたいんだけど……」
『エルゼのお手伝い! やる!!』
「あのね……」
こしょこしょと囁くと、シフォンは嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねた。
『わかった! 任せて!!』