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23 廃墟の秘密

 エルゼの言葉を聞いて、リヒャルトはじっと何事か考え込んでいた。

 彼の視線がエルゼを見据える。

 エルゼはどきりとし、身構えたが――。


「犬並みの嗅覚だな」


 リヒャルトがぼそりと口にしたのは、そんな言葉だった。

 その声色には明らかな呆れが滲んでいる。

 だが、ここで「リヒャルト殿下に犬並みって呆れられた……もう終わりだわ……」と落ち込むエルゼではない。

 むしろこれを好機にしようと、頭を回転させる。


「ふふっ、毒見もできる妃って貴重だとは思いませんか? 犬並みの嗅覚を持つエルゼに是非清き一票を! わんっ!」


 おどけてそう言ってみたが、リヒャルトは笑わなかった。

 だが前回のように、真っ向からエルゼを拒絶することもしなかった。


「…………ふん」


 もう話は終わったとばかりに鼻を鳴らし、リヒャルトは去っていく。

 追いかけようとかとも思ったが、あまりしつこくしすぎると嫌われてしまうだろう。

 そう考え、エルゼはその背中を見送った。


『……ちょっと怖いけど、悪い人じゃないみたいなだね』


 エプロンのポケットに隠れていたシフォンがぴょこりと顔を出し、そう呟く。


「……えぇ、私もそう思うわ」


 確かにリヒャルトは恐ろしい人間だ。

 エルゼが止めなければ、きっとカリーナ王女は「先詠み」で視た未来のエルゼと同じ目に遭っていただろう。

 だが、それは彼が「カリーナ王女が毒を盛ろうとした」と思ったからこその行動だ。

 彼は冷たくて、恐ろしくて、敵とみなした相手には一切の容赦はないが、無差別に殺戮を繰り返すような人間ではない……はずだ。


(でも、だったらどうして私たち「先詠み」の一族を滅ぼそうとするの?)


 確かに大昔には私利私欲のために力を使った「先詠み」がおり、そのせいで大きな争いがおこったとも聞いている。

 だがそれだけで、無関係な民まで巻き込んで一国を滅ぼそうとするなど、にわかには飲み込めなかった。


(……なにか、他に理由がある?)


 リヒャルトの意図も探っていかなければ。エルゼはそう心に誓う。


「それにしても……またここにいたのね」


 くるりと振り返り、廃墟を振り返る。

 感覚を研ぎ澄ませても、中からは物音や気配はしない。

 リヒャルトがここで誰かと密会していた……なんてことはないだろう。


「……入ってみようかしら」

『えっ、怖いよ!』


 シフォンは怯えたように再びエプロンのポケットの中へともぐりこんだ。

 エルゼも怖くないわけではなかったが、懐のぬくもりが勇気をくれた。

 おそるおそる、朽ちかけた建物の残骸へと足を踏み入れる。


「けっこう大きな建物なのね……」


 中はあちこちが崩れ、蜘蛛の巣が張っている個所もある。

 少なくとも頻繁に出入りされている様子はない。

 進んでいくと、ひときわ大きな空間にたどり着いた。

 天井はほとんどが崩落し、頭上に空が見える。

 残った壁や周囲の様子などを見ているうちに、エルゼは気づいた。


「もしかしてここ……礼拝堂?」


 ほとんど原形を残していないが、窓の形や空間全体の配置が、故郷の礼拝堂によく似ていた。


(廃棄された教会ってこと……?)


 壁や床は、焦げたように黒ずんでいる。


「火事でもあったのかしら……」


 そう考えるとこの荒れっぷりも納得だ。

 エルンスタールがなぜこの建物をいつまでも残しているのかはわからないが……。


(どうして、リヒャルトは頻繁にここを訪れているのかしら……)


 この場所に何か思い入れがあるのだろうか。

 わからない。わからない、が……。


(きっと、彼なりの理由があるのよね)


 リヒャルトのことをもっと知りたい。そのためにも……彼の気持ちに寄り添いたいと思った。


「……よし!」


 女官の巡回まではまだ時間がある。

 エルゼは腕まくりをすると、てきぱきと動き始める。


『エルゼ、なにをするつもりなの?』


 再びぴょこんと顔を出したシフォンに、エルゼは意気揚々と答える。


「この場所、ちょっと怖い感じじゃない? だから綺麗にして、少しでも明るい雰囲気にしようと思うのよ!」


 常人なら「何を言っているんだ」と不可解に思う場面だっただろう。

 だがシフォンは少し考えたのち、優しくエルゼにすり寄って来た。


『……えへへ、エルゼは優しいんだね』

「そう? 私って結構打算的よ」

『ださーん?』

「ふふ、シフォンにはちょっと難しかったかしら」


 エルゼの一番の目的は、故郷マグリエルを守るためにリヒャルトの妃になること。

 だがそれだけじゃなく……彼のことを知りたいと思い始めていた。



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