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21 未来を変える第一歩

(ちょっと待って、「媚薬」ってなんなのよ……!)

「カリーナ王女、あなたの国ではこのようなお茶を振舞うことは問題視されていないのかもしれませんが、国が変われば常識も変わる。少なくとも我が国では相手に告げずにこのような成分の入ったお茶を振舞えば、今回のようにトラブルに発展しかねません。重々気を付けられますよう」


 薬師にそう諭され、カリーナは涙目で頷いた。


「そしてエルゼ王女」


 薬師に名を呼ばれ、エルゼはぎくりとしてしまった。


(ど、どうしよう……しょうもないことで大騒ぎしたって糾弾される!?)


 緊張して嫌な汗をかくエルゼに、老齢の薬師は優しい笑みを浮かべた。


「たとえ影響が軽微とはいえ、エルンスタールの皇子であるリヒャルト殿下が望まぬ薬物を摂取してしまうのを防いでいただけたこと、一臣下として心より感謝申し上げます」

「うぇっ……!?」


 てっきり怒られると思っていたエルゼは、予想外に感謝され狼狽してしまった。


「それに何より二人の間に行き違いがあると察し、カリーナ王女を庇われたのはご立派でした。エルゼ王女が止めに入らなければ、エルンスタール皇国とアイヒナー王国の間に未来永劫埋まることのない亀裂が入るかもしれなかった。あなたの勇気ある行動が、多くの者を救ったということはお忘れなく」

「はっ……はい!」


 エルゼは慌てて大きく頷いた。


(私の行動、間違ってなかったんだ……)


 そう認めてもらえたのが、たまらなく嬉しい。

 頬を上気させ目を輝かせるエルゼに微笑むと、薬師は黙ったままのリヒャルトへと視線をやる。


「さて……ということで納得していただけましたかな? リヒャルト殿下」

「ちっ……」


 リヒャルトはあからさまに舌打ちすると、さっと身をひるがえす。

 そしてそのまま、会場から出て行ってしまった。

 先ほどのリヒャルトの気迫に恐れをなしてか、誰も止めることができなかった。

 やがて我に返った女官が咳払いし、花嫁候補たちに告げる。


「……予期せぬトラブルにより、本日のパーティーはここまでといたします。皆さまは与えられた部屋に戻り、待機していただきますようお願い申し上げます。それでは」


 花嫁選考会の始まりを告げるガーデンパーティーは、思わぬ事態により中止となってしまった。

 まぁ、主役であるリヒャルトが気分を害して去ってしまった以上、これ以上続けようもないのはわかるのだが……。

 集まった花嫁候補たちも、不安そうな顔をして会場から出ていく。

 エルゼもこっそりとテーブルに残った菓子を懐に仕舞いながら、部屋へ戻ろうとしたが――。


「ほーんと、迷惑よね~」

「どうでもいいことで大げさに騒いで、リヒャルト殿下が気を悪くされるのも当然よ!」

「弱小国の王女風情が生意気ね。さっさと国に帰ればいいのに」

「いつまで恥をさらし続けるのかしら」


 あからさまにエルゼに充てた悪口が聞こえ、むっとしてしまう。

 振り返れば、アマ―リアともう一人の取り巻き令嬢がにやにやしながらこちらの様子を伺っていた。

 ……無視して立ち去ればいい。

 そう頭ではわかっていたが、それでも言わずにはいられなかった。


「花嫁候補として集められた以上、誰にとっても機会は平等よ。蔑まれるいわれはないわ」


 まさかエルゼが反論してくるとは思わなかったのか、二人は驚いたように目を丸くする。

 そんな二人に背を向け、エルゼは今度こそ会場を後にしたが――。


(あの二人の言うように、リヒャルトは私のせいで気を悪くしたのかしら。いきなり悪印象になっちゃったかな……)


 冷静になってみると、そんな嫌な想像が頭をよぎってしまう。

 予想外に大事になってしまったが、エルゼは決してカリーナを貶めたかったわけではない。

 ただ、カリーナも意図しない形でリヒャルトが怪しい成分の入ったお茶を口にしてしまうのを阻止したかっただけなのだ。

 まさかパーティー自体が中止になってしまうなんて、黙っていた方がよかったのだろうか。

 落ち込みながらとぼとぼと歩くエルゼに、背後から声が欠けられる。


「あの……エルゼ王女!」


 振り返ると、花嫁候補の一人が緊張した面持ちで立っていた。


「先ほどのパーティーのことですが――」


 アマ―リアたちのように糾弾されるのだろうか。

 そう考え、エルゼは身構えたが――。


「ご立派でした! あの状況でカリーナ王女を庇われるなんて、誰にでもできることではありません!」

「…………え?」


 目を輝かせながら賞賛され、エルゼは逆に驚いてしまう。

 更には近くにいた数人の花嫁候補も、興奮気味に寄ってくる。


「おっしゃる通りです。わたくし感嘆しましたわ」

「あなたの勇敢な行いを見て、黙って震えていただけの自分が恥ずかしくなりましたわ」


 皆の澄んだ瞳を見て、エルゼは悟る。

 彼女たちは嘘をついているわけではない。心から、エルゼを賞賛してくれているのだ。

 そう気づいた途端、ぶわりと胸の奥から歓喜がこみ上げる。


(私の行動で、勇気づけられた人がいる。全部が無駄だったわけじゃないんだ……!)


 カリーナの命も、エルンスタール皇国とアイヒナー王国の友好関係も守られた。

 それに、こうして声をかけてくれる者たちがいる。

 それだけで、落ち込んでいた気分が浮上していくのを感じる。


(大丈夫、こうやって見ていてくれる。わかってくれる人がいるんだもの。カリーナ王女を助けられたように、きっと私の……マグリエルの未来だって変えられるわ)

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