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20 運命を変えるために

「なっ……!」


 一気にカリーナの顔から血の気が引いた。

 彼女を擁護するように、控えていた女官がおずおずとリヒャルトに声をかける。


「差し出がましいようですがリヒャルト殿下、茶器には何の反応も出ておりません。エルゼ王女の言葉を鵜吞みにし、カリーナ王女を疑うのはいかがなものかと――」

「黙れ」


 リヒャルトがぎろりと睨まれ、女官は「ヒッ」と息を詰まらせた。

 その場に緊迫した空気が満ち、カリーナは真っ青な顔で震えている。

 そうこうしているうちに、宮廷付きの薬師と思われる者がやって来た。


「この仕事について五十年」という肩書きが似合いそうな、白髭の老人だ。

「ふむふむ、そのお茶に何か仕込まれている可能性があると。なるほどなるほど……」


 じっくりとお茶を観察した後、薬師は今にも倒れそうなほど蒼白な顔をしたカリーナに問いかけた。


「カリーナ王女殿下の出身はアイヒナー王国で間違いないですな?」

「は、はい……」

「アイヒナー王国では近年、特殊な効果を持つ薬が密かに出回っていると伺っております。なんでもその薬物は従来の茶器にも反応しないとか。念のため、最新の検出方法も試させていただきます」


 どうやら見かけに反して、エルンスタール宮廷の薬師は最新の技術にも精通しているようだ。

 てきぱきと準備を進めていく薬師に、カリーナは絶望的な表情をしていた。

 ……もはや誰から見ても、彼女が茶に何か仕込んでいるのは明らかだった。


「こちらの粉末を投入し、色が変わった場合は件の薬の成分が入っているとみてよいでしょう」

「待――」


 カリーナが止める間もなく、薬師はティーカップに粉末を投入した。

 結果は誰の目にも明らかだった。

 粉末が混入した途端、オレンジ色だったティーカップの中身が血のように鮮やかな赤色に変わったのだから。

 色の変化を見て、リヒャルトが立ち上がる。

 彼が氷のような冷たい視線で見据えているのは……カリーナ王女だ。


「ち、違うのですリヒャルト殿下、わたくしは――」

「黙れ」


 有無を言わせぬ威圧を纏いながら、リヒャルトは一歩一歩カリーナの下へと近づいてくる。

 そして彼女の目の前までやってくると……彼は腰に佩いていた剣を抜いた。


「俺を殺そうとするとはいい度胸だな」


 華やかな庭園には不似合いな鋭い刃が、日の光に照らされ鈍く光る。

 剣を向けられたカリーナは、恐怖のあまり腰を抜かしていた。


「ヒッ、違っ、許し――」


 リヒャルトが剣を振り上げる。

 その光景は……あの日、エルゼが見た夢と同じだった。


(ダメっ……!)


 自分でも何でそうしたのかはわからない。

 気が付けば、エルゼはカリーナを庇うようにリヒャルトの剣の前に体を滑り込ませていたのだ。

 リヒャルトの温度を宿さない瞳がこちらを見据える。

 一つでも選択肢を間違えば命はないとはっきりわかった。


「邪魔だ。どけ」

「いいえ、どきません」


 リヒャルトが不快そうに舌打ちし、剣の切っ先がエルゼの眼前へと向けられる。


「お前も一緒に斬り捨てられたいのか」


 エルゼにはその言葉が、決して脅しなどではないとわかった。

 彼は本気だ。

 本気で、エルゼごとカリーナを殺すつもりなのだ。

 ここで退けば、エルゼの命は助かるだろう。

 だが、そうするつもりはなかった。


「……剣を降ろしてください、リヒャルト殿下」

「黙れ」

「落ち着いてカリーナ王女の話を聞くべきです。彼女にも何か言い分があるのかもしれません」

「俺に毒を盛ろうとした奴の話を聞く価値などない。それ以上庇えばお前も同罪とみなす」

「っ……!」


 少しでも身動きすれば、剣の切っ先が肌を切り裂くだろう。

 それほどまでに追い詰められても、エルゼはどかなかった。


(だって、彼女は……)


「先詠み」で見た悪夢の――何もわからないままにすべてを奪われたエルゼと同じなのかもしれない。

 覚えて震えるカリーナ王女に、あの時の自分の姿が重なった。

 だから……運命を変えたかったのだ。

 エルゼに退く気がないと悟ったのだろう。

 リヒャルトははっきりと殺気を纏い、剣を構え直す。

 それは、確かにあの夢の中の光景と同じだった。


「っ……!」


 エルゼは恐怖に目を瞑りたくなるのをこらえ、まっすぐにリヒャルトを見つめる。

 彼の冷たい瞳の中に、エルゼの姿がはっきりと映っているのがわかった。

 そして、彼が剣を振るおうとしたその時――。


「お待ちくだされ」


 落ち着いた静かな声が、その場に響き渡る。

 その声はリヒャルトにも届いたのだろう。

 彼は剣を構えたまま、鬱陶しそうに声の主――老齢の薬師の方を振り返った。


「……何だ」

「もしかしたら、リヒャルト殿下は思い違いをされているのかもしれませぬ。確かにこのお茶には特殊な成分が入っております。ですがそれは、リヒャルト殿下の命を脅かすようなものではございません」

「……さっさと結論を言え」

「おっと失礼。年を取ると話が長くなっていけませんな。つまり、このお茶には……『媚薬』と似た成分が入っております。もっとも影響は軽微で、おまじない程度でしょうが……」

「…………は?」


 リヒャルトは「意味が分からない」とでもいうような声を上げ、エルゼも脱力しそうになってしまった。

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