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19 リヒャルトの判断

「……は? え、ちょっと待ってください! 会ったじゃないですか!」

「知らん。記憶にない」

「思い出してください! ほら、あの運命の出会いを!」

「エルゼ王女、静粛に! あなたの持ち時間は終わりです!」


 エルゼは食い下がったが、ついには女官からストップがかかってしまった。

 ぐぬぬ……と歯噛みするエルゼに、周囲からくすくすと嘲笑が浴びせられる。


「見ました? 何なのかしらあの方は。あんな弱小国の王女ごときがリヒャルト殿下と約束だなんてあるわけないのに!」

「妄想と現実の区別がつかないなんて恐ろしいわぁ……」


 アマ―リアと他の取り巻き令嬢は、ここぞとばかりに堂々とエルゼを馬鹿にしている。


「次はわたくしがご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか」


 この場の空気を払拭するように、エルゼの隣に座っていた女性がそう申し出た。

 優しそうな顔をした、エルゼと同じくらいの年頃の女性だ。


(何かしら……変わった匂いがする……)


 彼女が動いた途端、ふわりと嗅ぎなれない香りが鼻をくすぐった。

 自然の草花とも違う、くらくらするような甘やかな香りだ。


「アイヒナー王国第三王女、カリーナと申します。正直に申し上げますと、わたくし自身にはここにいる皆様のように優れた点があるとは思えないのですが……」


 謙遜を交えながら、カリーナは手元のティーポットを指し示した。


「わたくしの故郷、アイヒナー王国は大陸でも有数の茶葉の産地です。エルンスタール宮廷でも皆様に愛飲いただいていると伺っております。本日は我が国で新たなブランドとして推していきたい、まったく新しいお茶をお持ちいたしました。リヒャルト殿下にも味わっていただけましたら……」


 そう言って、カリーナは手元のカップにポットの中身を注いでみせた。

 明るいオレンジ色の、宝石を溶かし込んだかのような美しい液体だ。

 ティーカップの中から、ふわりと甘やかな香りが漂う。

 くらくら眩暈がするような、危険な香りが――。


「リヒャルト殿下も、是非」


 微笑みを浮かべ、ティーポットを手にしたカリーナが立ち上がる。

 その瞬間、エルゼは彼女の腕を掴んでいた。


「待ってください」


 考えるよりも先に、エルゼの口からはそんな言葉が飛び出していた。

 引き留められたカリーナは一瞬驚いたような顔をしたのち、表情を引きつらせる。


「……なんでしょうか、エルゼ王女殿下。あなたの持ち時間は終わったと先ほど伺いましたが」

「その中身、本当に安全なお茶ですか? 何か変わった物とか入ってません?」

「なっ……!」


 エルゼがそう問いかけた途端、カリーナは怒りに表情を歪めた。


「言うに事欠いて無礼ですわよ、エルゼ王女! 確かにわたくしたちは花嫁候補として競い合う間柄ですが、こんな風に嘘をついて足を引っ張るなんて……恥を知りなさい!」


 周囲からは「そうよそうよ」とでも言いたげな非難の視線が突き刺さる。

 だがエルゼは、カリーナを行かせるわけにはいかなかった。


「危険な匂いがするんです。一度飲んでしまったら、大変なことになるような……」

「意味が分かりませんわ! わたくしが毒を盛るとでも!? いいですか、よくご覧になって!」


 怒りをあらわにしたカリーナが、びしっと手元のティーカップを指さす。


「エルンスタールの宮廷で用いられている茶器には、毒物を検出できるような仕掛けがあるんです。そして今、何も反応していない! そんなこともご存じなかったのですか!?」

「なるほど……」


 ご存じなかったのは事実だ。

 だがエルゼも、ここで退く気はない。

 あのお茶は危険だ。本能がそう訴えかけてきているのだ。

 こういったエルゼの勘は……今まで外れたことがない。


「ですが、そのお茶は本当に大丈夫ですか? カリーナ王女の意図しない形で、リヒャルト殿下の健康を害するような危険なものが――」

「言いがかりはよしてください! だから何もないと言っているじゃないですか! ひどい濡れ衣です!」


 顔を真っ赤にしたカリーナが、エルゼを睨みながら声を荒げる。


「田舎の小国の王女の癖に、わたくしを陥れようなんてひどいわ! 誰か、彼女をここからつまみだして!」

「そうようそうよ! 山の中に送り返して差し上げるべきよ!」

「田舎者だからと言って、ここまで非常識な振る舞いが許されるべきではありませんわ」


 アマ―リアや他の取り巻き令嬢を中心に、エルゼを非難する声も上がり始める。

 さすがにこの事態は想定していなかったのだろう。

 女官たちはおろおろと顔を見合わせている。

 そんな中、リヒャルトが苛立ったようにダン! とテーブルを拳で叩いた。

 その途端、騒いでいた者たちは水を打ったように静まり返る。

 皆の注目を一身に集めたリヒャルトは、ただ一言だけ告げた。


「薬師を呼べ」


 それはつまり、カリーナの持参した茶の中身を疑っているのと同義の言葉だった。


10話について、前半部分が抜けていたようで大変申し訳ございません…!

修正いたしましたので、よろしければ再読をお願いいたします。

コメントでご報告してくださった方、本当にありがとうございます。

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