18 またお会いできましたね
「それでは、僭越ながら……」
グロリアは「そこまで推されては仕方がない」というような表情で、控え目に立ち上がる。
この場にいる全員の注目が集まっているという状況にも関わらず、彼女は歌い始めた。
(すごい……!)
彼女の歌唱力は、エルゼも感心せずにはいられないほどだった。
小鳥がさえずるような澄んだ歌声ながらも、心に響く力強さを秘めている。
グロリアの抜群の歌唱力には、誰もが虜にならずにはいられないだろう。
(もしかして、リヒャルトも……)
心配になり、エルゼはリヒャルトの方へと視線をやった。
リヒャルトも皆と同じように、グロリアに釘付けになっているかと思ったが……。
(わぁ……!)
なんとリヒャルトは、グロリアの方を見てもいなかった。
相も変わらず憮然とした表情で、つまらなそうにどこかを眺めている。
グロリアの歌に聞きほれているようにはとても見えなかった。
(この歌声にも心を動かさないなんて……)
エルゼとしてはリヒャルトがグロリアに夢中になっては困るので、有難くもあるのだが……グロリアのような優れた女性にも興味を示さないとなると、ますますエルゼには望みがないような気がしてならなかった。
グロリアが歌い終わると、アマ―リアや他の取り巻き令嬢を中心に拍手が巻き起こる。
「なんて素晴らしいのでしょうか!」
「まさにエルンスタールの至宝ですわ!」
グロリアは優雅に一礼すると、再び席に着く。
もはやこの場は、彼女の独壇場といってもよかった。
「素晴らしい時間をありがとうございます、リブナー公爵令嬢。あらためて他の皆様にも自身の魅力をアピールしていただきたいのですが……少々時間が押しておりまして」
(え?)
女官が口にした言葉に、エルゼは絶句した。
グロリアの歌を披露する場を設けたせいで他の花嫁候補の持ち時間が減ってしまっただと?
そんな馬鹿な!
(……と言いたいところだけど、女官もグルなら十分ありえるのよね)
この花嫁選考会は公平ではない。
贔屓と結託が渦巻く中で、エルゼは一人戦い抜かねばならないのだ。
グロリアに圧倒されたように、その後の花嫁候補たちの挨拶も言葉少なだった。
……現時点で、どう考えてもグロリアが有利だ。
残るテーブルはエルゼたちがいる一つのみ。
まだ最初の選考とはいえ、このままだとグロリアが独走してしまう……!
正々堂々と戦うならまだしも、取り巻きや女官を使って他の花嫁候補を蹴落とそうとするなんて。
(させないわ、そんなこと……!)
大丈夫、まだエルゼの出番は残っている。
いよいよ、リヒャルトがエルゼたちのテーブルへとやって来た。
他の花嫁候補は皆、パトリツィアとグロリアの扱いを見て怖気づいているようだ。
ならば、行くしかない……!
「私からお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
にっこりと笑みを浮かべて、エルゼはそう切り出した。
他の花嫁候補は驚いたような顔をしているが、異論を唱える者はいない。
エルゼはリヒャルトへと視線を移し、口を開く。
「マグリエル王国より参りました、第二王女のエルゼと申します。リヒャルト殿下、約束通りにまたお会いできましたね」
エルゼがそう口にした途端、確かにこの場の空気が揺れたのを感じた。
隣国の王女パトリツィアや公爵令嬢グロリアとリヒャルトが既知の間柄なのはわかる。
だが、ほとんど名前すら知られていないような辺境の弱小国の王女であるエルゼが、まさかリヒャルトと面識があるなんて思われていないのだろう。
それも、「約束」なんて意味有りげな言葉まで出てくる始末。
動揺と驚愕が広がっていくのを肌で感じ、エルゼは内心でにんまりと笑った。
もちろん、これは口からの出まかせじゃない。
ほんの数日前、使用人に扮して歩き回ったエルゼは確かにリヒャルトと会っているのだ。
――「私たち、絶対にまた会えます! その時はもっとお話ししましょうね! 約束ですよ!」
リヒャルトだって忘れてはいないだろう。
あの、運命的な出会いを。
エルゼは微笑みを浮かべたまま、じっとこちらを見つめるリヒャルトの言葉を待った。
そして、彼の口から出てきたのは――。
「お前なんぞ知らん。次」
あまりにも呆気ないものだった。