16 前途多難な選考会
(ぐぬぅ……中身があの冷酷無慈悲なのはいただけないけど、確かに見た目だけなら完璧なのよね)
もしもエルゼが「先詠み」の力でマグリエルの破滅の未来を視ていなくても、リヒャルトの似姿を見たら一目惚れしてしまっていたのかもしれない。
そう思わせるほどの魅力があるのだ。リヒャルトという人物には。
各国からこれだけの花嫁候補が集まっているというのに、リヒャルトはまったく愛想を振りまくということをしなかった。
いつものように憮然とした表情で、並み居る花嫁候補には興味を示すそぶりもない。
まるで空気のような扱いだ。
(こういう演技……? いえ、たぶん本心なのでしょうね……)
花嫁候補であるエルゼが山賊に襲われた時でさえ、彼は安否確認すらしなかったのだ。
形式的に妃を選ぶ選考会が開かれることは了承しているが、そこに参加する者はどうでもいいのだろう。
(ぐっ、前途多難ね……)
弱小国の王女で美貌も教養もいまいちなエルゼがこの花嫁選考会を勝ち抜くには、リヒャルトの愛を手に入れて一発逆転を狙うしかない。
だが肝心のリヒャルトは「誰が妃になろうがどうでもいい」という態度を隠しもしない。
あのリヒャルトの心を開くことができるのだろうか……と弱気になりかけたが、慌てて気を取り直す。
(まだまだ選考は始まったばっかりじゃない。ここで折れてどうするの!)
とりあえずはリヒャルトを観察しようと、エルゼは彼の動向を目で追う。
ちょうど、最初のテーブルにリヒャルトが着席したところだった。
「本日は我々のためにお時間を割いてくださり心より感謝いたします、リヒャルト皇子殿下」
花嫁候補の一人が、出し抜けにそう話し始めた。
その途端、他の花嫁候補たちは「しまった!」と意表を突かれたような顔になる。
(なるほど。あの方は先手必勝を決めてきたわけね)
「わたくし、オルセン王国の第一王女パトリツィアと申します。幼い頃にリヒャルト殿下のお姿を目にしてからずっと恋焦がれ、心よりお慕い申しておりました。この日が来るのをどれだけ待ち望んでいたことか……」
(初手告白なんて強すぎる! 私なんて親書が来るまでリヒャルトの存在すら知らなかったのに!)
圧倒的なアドバンテージを見せつけられ、エルゼは歯噛みした。
オルセン王国はエルンスタールに隣接する、小さいながらも活気のある国だ。
そこの王女ともなれば、幼いころからリヒャルトと面識があってもおかしくはない。
「幼い頃よりお慕いしておりました」なんていじらしいことを言われて、心が揺らがない人間なんているのだろうか。
もしやこれで勝負は決してしまったのでは……とエルゼは焦ったが、当のリヒャルトは鬱陶しそうな目を公女パトリツィアに向けただけだった。
「……言いたいことはそれだけか」
「リ、リヒャルト殿下……?」
リヒャルトがパトリツィアに返したのは優しい愛情ではなく、凍るような視線と斬り捨てるような言葉だけだった。
さすがのパトリツィアもこの展開は予想していなかったのだろう。
顔から血の気が引き、次の言葉を紡げずに震えている。
そんなパトリツィアから視線を外し、リヒャルトはつまらなそうに告げた。
「……次」
おそらくは、次の花嫁候補にアピールしてみろと言ったのだろう。
パトリツィアの出番はこれで終わり。彼女の渾身のアピールは、リヒャルトの心になんの影響も及ぼさなかったのだ。社交辞令を返すにも値しない、あまりにも残酷な返答だった。
その冷淡な態度にエルゼは戦慄した。
(あの告白をここまで足蹴にできるなんて、どんな思考回路をしてるの……?)
同じテーブルに着く花嫁候補たちも、エルゼと同じくリヒャルトの態度に怖気づいているようだ。
「……もう終わりか?」
そんな花嫁候補たちに、リヒャルトは心底つまらなそうにそう吐き捨てる。
ここで花嫁候補たちが何の行動も起こさなければ、それこそリヒャルトは本当に席を立つつもりなのだろう。
そう察した勇気ある花嫁候補の一人が、震える声を絞り出した。
「……次はわたくしが」
リヒャルトは無言で彼女に視線を向けた。
だがそれはあたたかな視線ではなく「早くしろ」とでも言いたげな冷たいものだったが。
「エルンスタール王国西部、クレンタール侯爵家のロミルダと申します」
ロミルダと名乗った令嬢は更に言葉を続けようと口を開いたが、結局そこから言葉が出てくることはなかった。
じっと彼女の動向を伺っていたエルゼには、その心境が手に取るようにわかる。
彼女の瞳に浮かんでいるのは、恐怖や不安、怯えを帯びた光だった。
(無理もないわ。皆の前であんな風にリヒャルトに斬り捨てられたら……きっと立ち直れないもの)
最初に玉砕したパトリツィアは深く俯いたまま一言も言葉を発していない。
ロミルダはパトリツィアのようにリヒャルトに斬り捨てられるのが恐ろしくて、言いたいことを言えなくなってしまったのだろう。
「……エルンスタール皇家の忠実な臣下として、今後もリヒャルト皇子殿下にお仕えいたします」
少しの沈黙の後、ロミルダが発したのはそんなあたりさわりのない言葉だった。
だがきっと、彼女だってリヒャルトがあんな冷血漢じゃなかったらもっと自分自身のアピールがしたかったことだろう。
悔しさをにじませるようにきゅっと唇を引き締めたロミルダを見て、エルゼは心中を察せずにはいられなかった。