15 花嫁選考の幕開け
花嫁選考の幕開けを告げるガーデンパーティー当日。
エルゼは会場の華やかな光景に目を輝かせた。
「わぁ……!」
薔薇のアーチをくぐった先では、色とりどりの花が風に揺れ、甘やかな香りが空気を満たしていた。
大理石の噴水が水しぶきを上げ、古代の神々を模した彫像が続々とやってくる花嫁候補たちを見守っている。
会場には美しい装飾の施されたテーブルと椅子が配置され、キラキラと光るクリスタルグラスや、思わず目を奪われるようなお菓子の山が並べられている。
(すごい! 大国のパーティーって本当に夢の世界みたい……!)
この何もかもが洗練された煌びやかな光景に比べると、やはり故郷は田舎なのだと思い知らされる。
浮つくあまり変な失態を冒さないように、エルゼはそっと深呼吸した。
「あーらド田舎の王女様。そんな間抜けな顔をしてどうなさったの? この場の光景に怖気づいたのかしら? 尻尾巻いて逃げ帰るなら今のうちよ」
こっそりとそう声をかけてきたのは、昨日の取り巻き令嬢だ。
「えっと……アーモンドマカロン様、でしたっけ」
「アマ―リアよ! どんだけ頭の中お菓子に浸食されてんのよ!」
いけないいけない。あまりにも美味しそうなお菓子が目の前にあるせいで、うっかり思考がそちらに引きずられていたようだ。
「ふふ……こんなに美しくて美味しそうなお菓子の山は初めて目にしました! ここで帰るなんてもったいないことできません」
そう言ってにっこり笑うと、アーモンドマカロン……ではなくアマ―リアは「ぐぬぬ……」とでも言いたそうに表情を歪めた。
「……ふん! あんたみたいに常識知らずの田舎の王女なんて、逆立ちしてもリヒャルト殿下の妃に選ばれるわけがないわ! せいぜい恥をかかないように引っ込んでなさい!」
それだけ言うと、アマ―リアはぷんぷん怒りながら去っていく。
彼女の向かう先には……扇で口元を隠した令嬢が立っている。
その女王然とした立ち姿だけで、思わず圧倒されるようだった。
(確か、グロリア様って言ってたわよね……)
これはかなりの強敵になりそうだ。
だが、敵前逃亡なんてするつもりはない。
グロリアの視線がちらりとこちらに向けられたので、エルゼは微笑んで会釈をする。
その途端、グロリアは不快そうにすっと目を細めた。
(あらら、宣戦布告みたいになっちゃったかしら。まぁでも、今更よね。どうせいずれは対決することになるんだろうし、私は退くつもりはありませんって今から意思表示しておかないと)
そんなことを考えていると、女官から席に着くようにと指示が下りた。
どうやら数人ずついくつかのテーブルに分かれて座るようだ。
「今回のガーデンパーティーでは、お越しいただいたリヒャルト殿下に順に皆さまのテーブルをまわっていただきます。それぞれのテーブルに着く時間はわずかですが、その間に皆様にはご自身の魅力をアピールしていただきたく存じます」
エルゼは思わずテーブルに着いた他の花嫁候補と顔を見合わせてしまった。
(なるほど、このテーブルの皆がライバル……そして協力者というわけね)
限られた時間の中で自身のアピールをしなければならないが、我先に……と競うようにアピールばかりしていれば、リヒャルトに悪印象を抱かせてしまう。
(個人のアピール能力だけでなく、協調性も問われるというわけね)
幸か不幸か、エルゼは先ほどのグロリアやアマ―リアとは別のテーブルに配属された。
ちらりとテーブルの他の面々に視線をやったが、有難いことにそこまで主張が強そうな者はいなかった。
(よし、皆と協力しつつ、がっつりリヒャルトにアピールしなくっちゃ!)
そう気合を入れていると、会場へやって来た女官があらたまった声で告げる。
「リヒャルト皇子殿下がおいでになりました。これより選考会を開始いたします」
その声に、花嫁候補たちは表情を引き締め背筋を正した。
すぐに、薔薇のアーチの向こうから目的の人物が姿を現す。
(リヒャルト……!)
日の光を浴びて透き通るように輝くプラチナブロンド。
相も変わらず冷たい光を秘めた瞳。
エルンスタール王族としての正装姿の彼は、まさに絵本の世界から抜け出してきた王子様そのものだった。
集まった花嫁候補たちも、恍惚とした表情でやって来たリヒャルトを眺めている者が多数。
エルゼとて、現れた彼の姿に目が釘付けになっている事実を認めないわけにはいかなかった。
それほどまでに、完璧な光景だったのだ。