14 エルゼの反撃
「まぁ、マグリエルをご存じないのですか!? マグリエルを知らないなんて人生の半分……いえ、八割は損をしていると言っても過言ではありません!」
「…………は?」
「マグリエルの自然美はまさに至上の宝石にして地上の楽園! 緑豊かな谷間に美しい湖、清らかな空気と青々とした森林……その絶景に息をのむこと間違いなし!」
「ちょっと、何を――」
「春には色とりどりの花々が咲き誇り、夏には爽やかな風が吹き抜け、秋には紅葉が山々を彩り、冬には一面の銀世界があなたをお出迎え! 自然の息づく美しい地で、心地よい時間を過ごしてみませんか?」
「い、田舎者がごちゃごちゃと……知らないわよそんなの!」
「ちなみに、マグリエルとエルンスタールは既に国交を結んで三十年以上が経つ友好国です。エルンスタールのご令嬢なら友好国の知識くらいは当然頭に入っているかと思いましたが……違いました? 私の買い被りかしら」
一息にマグリエルの宣伝をしたのち、エルゼはにやりと笑って取り巻き令嬢を挑発した。
取り巻き令嬢は顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。
ここで「知らないわよ!」と押し通せば自らの無知をひけらかすことになるし、「知ってるわよ!」と意見を覆せばそれこそエルゼの思う壺だとわかっているのだろう。
(まぁ、このくらいにしておこうかしら)
「誰かれ構わず喧嘩を吹っかける好戦的な王女」だと周囲に思われれば、今後の選考がやりにくくなるかもしれない。
それに――。
(せっかくお友達ができるかもしれないのに、こんなくだらないことで遠巻きにされたら嫌だもの!)
エルゼはリヒャルトの妃になるためにここへやって来た。
だが、「周りは全員敵!」だと思っているわけではない。
きっとこの中にはエルゼの姉のウルリカのように「どうせ自分は数合わせだろうし、留学だと思って楽しんでこよう」と思っている者もいるだろう。
それに何より、同じ立場の友達が欲しい。
「なーんて、生意気言ってごめんなさい。マグリエルの知名度が低いことは私が一番よくわかってます。だからこそ、皆さんに知ってほしかったんです」
エルゼはぐるりと周囲を見回し、にっこりと笑みを振りまいた。
「きっとここにいる皆さまとは、こんな機会がなければ出会うことはできなかったのだと思います。もちろん正々堂々と戦うけど、それだけじゃなくて……できればお友達になりたいと思うの。皆で精一杯この時間を楽しみたいと私は思います!」
そんなエルゼの言葉に、周囲の花嫁候補たちの反応は二パターンに分かれた。
ほっとしたように表情を緩める者と……冷たい視線でこちらを睨みつける者。
まぁ、予想の範疇ではある。
むしろ、思ったより友好的な花嫁候補が多くて安心したくらいだ。
「なっ……何を馬鹿なことを! あんたみたいなド田舎の王女ごときが――」
「アマ―リア」
エルゼの言葉に顔を真っ赤にして反論しようとした取り巻き令嬢が、たった一言名前を呼ばれただけでひゅっと息をのむ。
彼女を呼んだのは、先ほどから黙って背後に控えていた別の令嬢だ。
「行くわよ」
それだけ言うと、彼女はさっとこの場から立ち去った。
「グロリア様!」
その後ろを、取り巻き令嬢を含めた複数の花嫁候補が慌てたように追いかけていく。
(なるほど、あの「グロリア」と呼ばれていた令嬢がボスなのね)
身に纏うドレスはエルンスタールの王族にも引けを取らない豪奢なものだった。
おそらくは、エルンスタールの高位貴族――今回の花嫁選考会の最有力候補と言ったところだろう。
(手ごわそうね……。でも、私だって負けるわけにはいかないのよ!)
心の中で宣戦布告をしていると、他の花嫁候補たちもそそくさとホールを去っていく。
だが少数ながら、エルゼに声をかけてくれる者もいた。
「あの、エルゼ王女殿下……」
「先ほどのお言葉……ご立派でした!」
「私なんて場違いでどうしようかと思っていたけど、心強かったです……!」
それは、ずっと不安そうな顔をしていた下位貴族の令嬢やエルゼと同じ小国の王女だった。
エルゼの言葉は、彼女たちを少しでも勇気づけることができたのだろう。
そう思うと、心に灯がともったような気がした。
(そうよ。あまり考えすぎるよりも、私はこうやって勢いで突っ走った方がいいのかもしれないわ)
エルゼの性格上、細かいことを考えすぎるのには向いていないのだ。
家族やマグリエルの民も、「エルゼの一番の武器は明るい笑顔だ」と送り出してくれたのだから。
なんだか道が開けたような気がして、エルゼは満面の笑みを浮かべた。