13 集められた花嫁候補
いよいよ花嫁選考会が開かれる前日、エルゼたち花嫁候補は初めてホールに集められ、一堂に会することとなった。
「明日よりリヒャルト殿下の花嫁選考会が開始となります。お集まりいただきました皆様方においては、エルンスタールの未来を背負うという覚悟を持って――」
女官の長ったらしい説明を聞き流しながら、エルゼはちらりと周囲に視線をやる。
集まった花嫁候補は二十人と少し。
ほとんどがエルゼと同年代の少女だった。
(すごい……。私と同じ年ごろの王女や貴族令嬢がたくさん……)
故郷にも同年代の友人はいるが、やはり立場の違いというものはある。
王女ならではの悩みというものを、なかなかわかってはもらえなかったのだ。
(でも、ここの皆は私と同じく王女や貴族令嬢なのよね。お友達になれるかな……!)
わくわくするような気分であちこちを見回していたエルゼは、この場にいる者はだいだい二パターンに分けられることに気が付いた。
それすなわち、「自分に自信がある者」と「自分に自信がない者」だ。
おそらくエルンスタールの最新の流行である豪華なドレスを身にまとう令嬢は、まるで世界の頂点に立つ女王であるかのように取り澄ましている。
更に彼女の周囲に侍る取り巻きと思わしき令嬢が、牽制するように周囲に睨みを利かしていた。
その苛烈な視線に怯えたように俯いているのは、エルゼと同じく祖国の伝統的なドレスを身に纏う者――おそらくは小国の王女。それに、エルンスタールでよく見る型式ではあるがどこか色合いやデザイン、生地が地味なドレスを身に纏う者――おそらくはエルンスタールの下位貴族の令嬢だ。
(なるほど、同じような立場の中でも格差社会ってあるのね)
大国の王女やエルンスタールの高位貴族の令嬢は「自分こそが花嫁の最有力候補!」とばかりに周囲を威圧し、小国の王女や下位貴族の令嬢はその圧倒的なオーラにあてられ縮こまるしかない。
完全に二分された会場で、流れから外れているのはエルゼくらいのようだ。
すぐ近くにいた取り巻き令嬢が、「頭が高いわ! 控えなさい!」とでもいうように苛立たしげな視線を送ってくる。
だがエルゼはそんな視線にも委縮することなく、マグリエルの伝統ドレスを身に纏い胸を張った。
(悪いけど、私だって本気でリヒャルト皇子の妃になりに来てるのよ。ここで退くわけにはいかないわ!)
会場内で行われている無言の牽制に、既に多くの参加者が気づき始めているようだ。
少しずつこちらに注目が集まっていることに気づいたエルゼは、周囲に向かってにっこりと笑ってみせた。
「……それでは皆様方。明日のガーデンパーティーが花嫁選考会の幕開けとなります。公正たる審査を行うことをお約束しますので、どうぞご安心を」
ここへ来てからの待遇の差からも考えて、まったく安心はできないのだが、それでもエルゼはうきうきしていた。
(やっと、やっと始まるのね……!)
リヒャルトと邂逅して以来、エルゼは何度か隙を見て王宮探索へ繰り出していたのだが……結局、あれ以来リヒャルトとは会えなかった。
いよいよ正式にリヒャルトに会えると思うと、気分も高揚するものだ。
女官たちが去り、ホールには花嫁候補たちが残っている。
この後はそれぞれ明日に備えて英気を養え、ということだろうが――。
「失礼、よろしいかしら」
また散歩にでも行こうかしら……と考えていたエルゼは、不意に声をかけられた。
相手の顔を見れば、先ほどまでエルゼに牽制の視線を送って来た取り巻き令嬢の一人ではないか。
「何ですか?」
「あなた、どこの誰なの。名乗りなさい」
仮にも一国の王女に向かって何という口の利き方……と思わないでもなかったが、エルゼは機嫌よく応対することにした。
「初めまして、マグリエル王国より参りました第二王女のエルゼと申します」
優雅……というには少し元気すぎる礼をすると、声をかけてきた取り巻き令嬢はぱちくりと目を瞬かせる。
「マグリエル……?」
「あれ、ご存じないですか? ここから東の山脈を超えた――」
「あは、あはははは! 聞きました? マグリエルですって! あんな山しかない場所に人が住んでいたなんて驚きね!」
会場中に聞こえるような大声で、彼女はエルゼを嘲笑したのだ。
(なるほど。私が控えないからこうやってマウントを取りに来たわけね)
出る杭は打ってやろうとばかりに、花嫁選考会を前にしてエルゼを叩き潰しに来たというわけだ。
だがエルゼは、ここで「私のような田舎者が申し訳ございません!」とぺこぺこするような人間ではない。
ちょうどいい。会場中がこちらに注目していることだし、ここで名乗りを上げておこう。
エルゼはすぅ……と息を吸うと、満面の笑みでまくし立てた。