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 繋がれるなんて聞いてないっ!


「……まさか。本当に?」


「偶然だっ! 禍の種に人を癒やす力があるわけないっ!」


 ……いや、音楽には癒やしの力がある。科学的に立証されたわけではないが、そういった効果は判明してるよね。


 驚愕に顔を強張らせるエドワードと、それを否定するダニエル。ジョシュアは瞠目しつつも無言だった。






「……で、この有り様かい」


 両手両足を枷に繋がれてセツはベッドに座る。


 ジャラリと硬質な音を立てる鎖が、それぞれを繋いでいた。身動きしずらくも動けはする状態。両手両足を繋ぐ鎖をぴんっと引っ張りつつ、セツは深々と溜息をつく。

 こんなモノを用意していたあたり、セツの拐取は計画的だ。このまま牢屋にでも放り込まれるか、どこかに閉じ込められるか。どっちに転んでも嫌な予感しかしないセツ。


 ……なあぁぁんで、こうなるのかなぁ?


 うううっと情けない声をもらして、ベッドにバサっと横たう少女。そこへ微かなノックの音が転がってきた。

 コン…コン…っと控えめで小さな音。


「……起きてますか? いえ、起きて? セツ?」


 すがるように絞られた切ない声音。それは聞き慣れた少年の声である。しばらくして、カチャ…っと鍵のあく音と共に扉が開き、狭い隙間からテオドアが顔を出した。

 そして鎖に繋がれたセツを見て、思わずといった感じに顔を歪める。


「……ごめんなさい、僕が兄様達に余計なことを。歌を知る君が魔女として裁かれないように、前もって伝えてしまったんです。……こんなことになるなんて」


 ぅ…っ、ぅ…っ、と嗚咽をあげ、テオドアは事の成り行きをセツに話した。

 助けられた後、彼は領主に手紙を預ける。セツが歌を知り、歌えること。彼女は何も知らない平民で、歌うことが禁忌だとも知らなかったこと。

 そして、なぜか、その歌を聞いていると、テオドアの病が鎮まること。


「病? テオって病気だったの?」


 ぎょっと顔を強張らせるセツに苦笑し、テオドアは小さく頷いた。


「病というか…… 魔力欠乏による体調不良と内臓の老化です」


 ……体調不良はともかく、内臓の老化?


 テオドアは語る。この世界の王侯貴族達は魔力を持ち、それを蓄える身体をしているのだと。平民とは造りからして違い、魔力を司る器官が体内に存在する。

 事故などによって、その器官が損傷したり切除せねばならないなどの不遇に見舞われると、途端に体内の老化が始まるらしい。

 魔力があることを前提とした構造なのだ。魔力を失うと弱い部分から徐々に壊れてゆき、最終的に死を招く状態。それが魔力欠乏症である。


「僕は三年ほど前に魔力器官を損ないました。結果、魔力を身体に蓄えておくことが出来なくなり、常時、誰かから補給を受けねば生きてゆけなくなったのです。……その補給をしてくれているのが、従兄弟の兄様達でした。……こんな出来損ないは家の恥だと、実家を追い出されまして。そんな僕を拾ってくれた兄様の家族には感謝の言葉しかありません」


 ぼそぼそと呟かれる彼の生い立ち。


 ……要はアレか。糖尿病や腎疾患みたいなモノか。常にインスリンや透析を必要とし、それが無くば死に至ると。


 魔力という不思議現象も、現代知識を持つセツから見たら、けっこう理にかなっている。仕組みは分からなくとも理屈は分かる。


「その器官は移植とか出来ないの? あ~、するとしても生体からしか取れないし、ここの技術じゃ無理なのかな?」


 肝臓みたく一部切除で植え替えたり、腎臓みたく複数あるならばともかく、万一、心臓のように一つしかないとなれば死人からもらう他ない。

 そこまで考えて、セツは嫌な予感が脳天を貫いていった。


 ……いや、待って? アタシが知る限り、この世界の王侯貴族は身分をかさにきてやりたい放題よね? もし、そういった技術の存在を知ったら…… どれだけの人間が被害に遭うか。


 テオドアの様子を見る限り、そんな技術はないのだろう。あったとしたら、生きたままの人間から無理やり取り出す残虐な手術が、とうに横行しているはずだ。


 想像するだに悍ましい。


 ……やっばい。下手なことは口に出来ないわね。


 大して知りもしない知識を根掘り葉掘り聞かれたあげく、成功するまで拷問のような実験に付き合わされかねない未来を垣間見、セツは貝の如く口を閉じた。

 地球世界の過去にだって、そういったマッドサイエンティストは掃いて捨てるほどいたのだ。生きた生身の人間を検体にして切り刻んだり、家族や知人を毒牙にかけたり。

 不老不死などの妄想を現実にしようと屍の山を築いたり。医学的見地からは崇高な行いであったとしても、阿呆ぅによる人類の愚行は枚挙に暇がない。

 こんな中世感満載な世界でそんな妄想に火を灯したら、阿鼻叫喚な地獄絵図まっしぐらである。


「いしょく……? とは?」


 ぽやん? と首を傾げるテオドアに苦笑いを返し、セツは話を戻した。


「なんでもないわ。つまり、テオは病気なのね? それで親戚宅に身を寄せていたと。その病気が、アタシの歌で鎮まったの?」


「そうです。いつも体内深くで軋む痛みが、溶けるようになくなって…… 兄様達から魔力を注いでもらっても消えなかった疼痛までなくなりました」


 セツは冷や汗まみれで喘いでいたテオドアを思い出し、つと眉根を寄せる。こんな幼いのに、身体を蝕む酷い痛みと一人きりで戦っていたのだ。そう思うと、彼女は胸が締め付けられる思いだった。

 じわじわ内臓が壊れてゆく。それはきっと、想像を絶する苦悶だろう。例えるなら地球でいう癌のようなモノ。

 なぜに、その痛みがセツの歌で消えるのかは分からないが、そんな異常事態が起きれば慌てて身内に相談するのも頷けた。テオドアの長い苦しみを考えたら当たり前のことだった。そして、それを失いたくないと切実に願うのも。


「そっか。テオにはアタシの歌が必要だったんだね」


「はい…… 欲しかったんです。僕、ここ数年、走り回ったり、釣りをしたことなんかなくて。……楽しかった。ずっと続いて欲しかったの」


 ぐすぐす鼻をすすりつつ、零れる涙を拭うテオドア。


 彼はセツの家に滞在していた間、普通の少年と変わらなかった。一緒に洗濯物を取り込んだり、セツの兄と釣りに行ったり、お手伝いで薪割りを体験したり。

 好奇心一杯に輝いていたテオドアの瞳。

 御貴族様には珍しかろうなと笑って見ていたセツだが、まさか、その笑顔の根底に病症の陰惨な陰が渦巻いていたとは思いもよらなかった。


 それで彼はセツを欲したのだ。正しくはセツの歌を。きっと一縷の希望を掴む気持ちで早馬の手紙にしたためた。


 たぶんテオドアの従兄弟らは半信半疑だったに違いない。……が、その効果を目の当たりにして、彼等はセツを化け物のように見る。

 結果、この有り様。テオドアの病に有効だと発覚はしたものの、上にバレたら御家が取り潰しになりかねない大事。なにしろ忘却の彼方に絶滅させたはずの魔女降臨だ。王宮に捕まろうモノなら問答無用で火炙りの重罪人。


 ……ないわー。理不尽すぎるでしょ。


 己の境遇を呪いつつ、苦虫を噛み潰しているセツの枷を外し、テオドアは懐に隠していた革袋を押し付けた。

 硬質な音のする革袋の中身を察して、セツは少年を見据える。


「……逃げてください。僕は、こんなこと望んでなかったんです。セツと静かに暮らせたら良いなと…… ただ、それだけ……っ、で……、うぅ……っ」


 テオドアの大きな眼に溢れる涙が、ほたほたと頬をを伝う。それを優しく抱きしめてセツは頷いた。


「ありがとうね。絶対逃げ切るから。だから気にしないで。テオも元気でね」


 こうして少年の手引で逃げ出したセツだが、なぜか今現在、狭い樽の中で絶体絶命に陥っている。






 ……んもーっ!! とっとと諦めてよねーっ!!


 脳内で叫ぶ少女だが、それに反し、夜が明けても執拗に追いかけてくる彼らとの鬼ごっこは続く。


 世界の理不尽を一身に背負い、逃げるセツの逃避行は終る気配を見せなかった。

 

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