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 歌っちゃいけないなんて聞いてないっ!


「……青葉繁れる櫻木の~ 郷のわたりの夕まぐれ~」


 ふんふんと歌いながら仕事をするセツ。


 前世を思い出した彼女は、多くの歌と共に自分が歌好きなことも思い出す。

 歌手になりたいとか音楽を学びたいとかでなく、ただ単に歌うのが好き。ぶっちゃけ、特に何かしらなくば二十四時間歌っていた。比喩でなく寝てる時も。

 ある夜、母親に叩き起こされたセツは、その横で涙目な弟に驚いた。何が起きたかと聞いてみれば…… 寝てるセツが歌っているのに恐怖したらしい。


『……寝言ならぬ寝歌って、アンタ』


 呆れ顔の母親が、どう言ったものかと困惑していたのも良い思い出。


 ……あの後、イビキ防止の道具で何とかなったんだっけ。我ながらアホ過ぎるよねぇ。


 たはは……っと苦笑するセツの所に少年がやってきた。

 彼はテオドアと名乗り、某伯爵家の居候なのだとセツの家族や村長らに説明する。


『たぶん、兄や家の者が探していると思います。早馬をたてていただけますでしょうか』


 おずおず話す少年に頷き、村長は領主様に連絡を入れ、伯爵家とやらに早馬をたててもらった。それと同時に領主様が少年を邸へ招待したのだが、テオドアはそれを断った。

 

『御迷惑とは思いますが、ここに滞在したく存じます。あの…… 家の者と連絡がついたら御礼はしますゆえ……』


 しどろもどろな少年に首を傾げたセツの家族だが、子供が一人増えたところで大したことはない。もてなしは出来ないけど、寝て食べるくらいの世話は大丈夫だと答えると、テオドアはホッとした顔で笑った。

 領主様が言うには、某伯爵家は王都にあるらしい。隣領地に別邸もあり、たぶんそこに来ていたのではないかと少年に尋ねたところ、やはりそのようだった。

 隣領地の領主邸まで馬で四日ほど。折り返しで迎えが来るとしても十日ぐらいかかる。その間、我が家に滞在することになった少年は、セツの後をちょこちょことついて回っていた。


「えっと……見ていて良いですか?」


「良いよ? そこの椅子に座ってたら? すぐに御飯出来るからね」


 ふんふん歌いつつ、食事の支度を続けるセツ。


 前世でも雪と書いてセツという名前だったが、不思議なものだと彼女は思った。たった十三歳で死んでしまった前世の自分。今は十五歳だが、これからも事故や病気に注意して長生きしようと彼女は心の中で強く誓った。

 

「そういや、馬車の事故だっけ? 崖下に落ちて? 大変だったね」


「……ええ、まあ」


 一体どうして土左衛門寸前などという状況になったのか尋ねたセツ達。少年の話によれば、盗賊に襲われて逃げていた馬車が崖上を曲がり切れず、馬や馬車ごと落ちてしまったのだそうだ。

 幸い怪我は無かったものの、追ってきた盗賊から逃れようと馬車を出たテオドア。

 しかし転落中、強かに頭を打ったのか、意識が朦朧として足を滑らせ、河に落ちてしまったらしい。


「……正直、後は覚えていません。気がついたら、この家でした」


 ぶるっと微かに震え、少年は何度も唇を甜める。


 ……さもありなん。


「ま、運が良かったわよね」


 ……アタシは死んじゃったもの。ホント良かったわぁ。


 心の中でだけ呟き、ふふっと軽く笑うセツ。そんな彼女を切なげに見据え、テオドアはモジモジと言葉を紡いだ。


「あの…… うた? ……わないのですか?」


 ん? と首を傾げる彼女の前には、いやに真剣な面持ちの少年。愛くるしく整えられた短い金の巻き毛や空色の瞳。一見して御貴族様だと分かる風貌の彼だが、セツから見たら、ただの子供でしかない。

 思わぬ不幸に見舞われた彼は、どことなく怯えが見え隠れし、セツの庇護欲をひどく掻き立てた。

 そんなテオドアは、なぜかセツに歌を強請る。


 ……まさか、この世界に歌が存在しないなんて。


 セツは絶望的な色を瞳に浮かべ、無意識に天を仰ぐしかない。


 あの日、テオドアはセツに詰め寄って聞いてきた。今のは何ですか? 呪文? 何の呪文ですか? と。

 いや、アレは呪文などとかではなく『歌』だと答えたセツだが、彼の疑問を聞いて、突然、あることに気がつき彼女は言葉を失った。


 ……そういや、童謡や子守唄とか聞いたこともないかも? あれ? 


 そう。セツは今までの異世界生活で、歌や曲という何かを耳にしたことがないのを、いきなり理解したのだ。

 この国だけかもしれないが、ここには『歌』がない。もちろん曲も。音楽そのものが存在しない。今世の自分の記憶に間違いがないなら、ダンスや演奏というモノもない。

 

 ……やっばい。アタシやらかしてる? 


 テオドアの疑問で、これまでの環境を突然理解したセツは、無意識に歌ってしまっていた自分に、ひやりと全身を粟立てる。

 そんな彼女の動揺も知らず、テオドアは新たな事実をセツに突きつけた。


『歌…… とは、伝承にある? 人を誑かし貶める禍の種ですか?』


 きょんっと惚けた少年は、とんでもなく物騒な単語を口にする。


 ……なにそれっ? 歌が禍の種っ?


 どういうことかっ? っと彼女に逆に聞き返され、テオドアは伝承の範囲ですが…… と、前置きして詳しい話をセツに聞かせた。


 それは数千年も前の話。


 かつて世界には歌と踊りと演奏が満ちていた。人々は事ある事に歌い、踊り、世を謳歌する。

 だがある時、一人の研究者が歌による洗脳と中毒性の危険を訴えた。

 歌は周りの同調を誘い興奮させたり鼓舞したりと伝播していく。善くも悪くも人心を操る。これが正しく作用するうちは良いが、逆に作用した場合、計り知れない脅威となろう。

 最初、これを聞いた者達は一笑にふした。馬鹿な妄想だと思った。しかし、後日これに関連した騒動が起きてしまったのだ。

 

 原因は、たった一本の矢。


 凶作で飢えた領民が起こした暴動。それを鎮圧に向かった領主の兵の放った矢が、遥か後方の子供を射てしまったのである。

 そこは非戦闘員らが待機する教会広場。突然の凶矢に胸を射抜かれた少年の周りで上がる絶叫。飛び散る血花に埋もれ、倒れた少年の母親が吠えるように歌った。


『実りの歌』を。


 大地の芽吹きを。収穫を。人の誕生すら神に約束された天の祝福。それを寿ぎ、皆で歌おう。そういった歌だった。

 ……が、それに込められたモノは歓びでなく怨嗟。儚く散ってしまった我が子を悼む鎮魂歌。

 悲痛な慟哭にも似た歌は、広場一帯に伝播し、気づけば暴動を起こした民、全ての口から天に向かって吹き荒んでいた。


『子に約束された祝福を奪う領主が正しいかっ?!』


『民を飢えさせる者に領主たる資格はあるかっ?!』


『やまない雨はない、明けない夜はない、今こそ我らの力を示すべきっ!!』


『子供を奪う領主ではなく、子供に笑顔を与えてくれる領主を我らは望むっ!!』


 天地を揺らす歌が轟き、実りの歌を替え歌にして扇動する多くの人々。それと同じ歌を口にして抵抗を続ける領民達。凄まじい抵抗を見せる人々が口々に歌うのを見て、王侯貴族らは震撼した。

 領民達とて挫けそうな時があったにもかかわらず、それを鼓舞し、戦いへと沼らせた歌、歌、歌。


 結果は惨憺たるもの。領民のほぼ全てが命尽きるまで戦いに身を投じ、領主一族は糧と土地と民を失って没落した。


 娯楽としか思っていなかった『歌』の脅威的な潜在能力に恐怖し、クジャラート王国のみならず、この世界全ての国が音楽を禁じ、捨てたのだ。


 テオドアの話に唖然と口を開いたまま、セツは二の句が継げない。


 地球でもそういった話はある。歌や曲によって己を鼓舞し、周りを鼓舞し、多くの時代が動いてきたのを彼女は知識として知っていた。

 しかし、ここまで極端な話は聞いたことがない。地球とは違う何かの作用があったとしか思えない。


「それ以来、音楽は失われ、平和と権力の象徴とし、教会で演奏される讃美歌のみが残されました。平民は御存じない歴史の裏側です」


 テオドアも讃美歌以外の歌は初めて聞いたらしく、興味津津。ことあるごとにセツの歌をねだる。


「でも、その話が本当なら、歌うのって不味いんじゃないの?」


「不味いなんてもんじゃないですね。歌うだけで強制収監です。魔女扱いで火炙り間違いなし。……あ、セツは僕が守ります。貴女の歌は心地好い。ずっと聞いていたいです。……これが洗脳?」


 あれ? っと困ったように首を傾げるテオドア。それに顔を凍りつかせるセツを余所に、案の定というか、テオドアを迎えに来たという伯爵家の人々が彼女を拉致した。

 どうやら『歌』のことをテオドアが手紙に書いてしまったらしい。




「逃げて、セツ! 僕は君を守ろうと思って兄達に相談したのにっ! まさか、兄様らが君を捕まえようとするなんてっ!」


 テオドアは泣きながらセツの拘束を外して、手元にあった金子を押し付けた。どこか遠くに逃げてくれと。

 少年の手助けで逃げ出したセツだが、すぐにバレたらしくテオドアの兄らとやらに追い回され、ただいま絶賛逃亡中。




「待てってんだろーがあぁぁーっ!」


「お前は黙れっ! 待ってください、危害を加える気はありません、テオドアのことでお話が……っ!」


「何千年も前についえたはずの『歌』を、なぜ知っているっ? お前は何者だっ!!」


 ……ひいいいぃぃーっ!!


 ……『歌』を歌う者は魔女と呼ばれて、速攻火炙りなんでしょがーっ!! 待てるかぁぁーっ!!


 謎な羽の生えた妖精等に囲まれながら、隣領地の街を全力疾走するセツである。

  

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