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◇09 神ワンナと姫君の転生。




 頭を撫でられている。

 指先が額から鼻をなぞっていく。

 誰かに触られている。

 目を開くと、見下ろされていた。

 楽しげな微笑の金髪の青年。虹色の瞳のワンナ。


「やっと目覚めてくれたか」


 パチパチと目を瞬いてしまう。


「【ギア】が覚醒すれば、こうして会えるとは思っていたのだが……まさか、【ギアヴァンド】まで覚醒するとはな! あわよくばで淡く期待していたんだが、流石だ」


 私に話しかけている。

 覚醒。【ギア】と【ギアヴァンド】で、ついさっきの逃走劇を思い出した。

 これは、夢?

 ではない?

 記憶でも……ない?

 ワンナの後ろに天井はない。白。

 横に顔を向ければ、白だ。

 白いだけの空間。どこに行っても、果てしない白い世界か。または、真っ白すぎて、床と壁の区別が出来ない部屋にいるのか。

 あるのは、ソファー。

 ワンナが座り、私はその膝に頭を乗せられて、横たわっていた。

 そぉー、と起き上がる。

 両手を見て、ワンピースを見て、ローファーを履いた足を見た。

 五歳のエコーキャットの身体だ。


「……神、ワンナでしょうか?」

「うん。まぁ、そうだな」

「……ハート家の、始祖のワンナですか?」

「ああ、そうだ」


 肘掛けに頬杖をついて、こちらを見るワンナは、質問に答えてくれた。

 正真正銘のハート家のご先祖であり、神ワンナと話をしている。

 この状況は、なんなんだろうか。


「……私は、また死にましたか?」

「ははっ! そんなわけがない。君の人生は、始まったばかりだ」


 噴き出して笑われた。

 死んではいない。


「……では、ここは……夢の中?」

「そうとも言える。君は眠っている状態だから、君にとっては夢だ。君とオレは繋がりがあるから、こうして会って話が出来る、夢枕ってやつだな」

「繋がり? 先祖と子孫?」

「んー、ほらオレ、【ギア】の目、してるだろ? 【ギア】を使える神様ってわけだから、頑張れば【ギア】覚醒者にこうやって会うことは可能なんだ。他は、会う気も理由もないけどな。君の場合は、その繋がりだけじゃない。オレが魂を掴んで、この世界に転生させたから。その繋がりだ」


 自分の目を指差してから、ケラッとワンナは笑って見せた。

 本当に、私を転生させたのは、ワンナなんだ。


「なんで……えっと」


 質問を迷う。あれやこれや。

 解決したい疑問があって、頭の中で混雑している。次に問うべきは、なんだろうか。

 ワンナは、ニコニコしながら、私を見ている。次の質問が決まるまで、待っているようだ。


「……間違っていたなら、申し訳ないのですが…………私が、イターリー王国の最後の姫であるキャットリーナだったから、自分の子孫に転生させたのですか?」


 優先すべきは、自分の転生理由を知ること。

 最大の疑問で、はっきりさせたいことだ。

 ワンナと出逢ったキャットリーナの記憶。他でもない、私の記憶だったのか。

 私が、姫君だったのか。だから、私に手を差し伸べたのか。自分の子孫に転生させたのか。

 まとめて、質問。


「ああ、そうだ。久しぶり。キャットリーナ」


 ワンナは、嬉しげに笑みを深めて、手を差し出した。

 あの記憶と同じく。握手のための手。

 私は困惑しながら見るだけで、その手を取らなかった。


「……」

「ん? つれないな、相変わらず」


 苦笑を零すワンナは、その手を引っ込める。


「……私は、キャットリーナだった……。……でも、さっき、あなたと出逢った記憶が蘇っただけで、他に記憶はありませんし、自覚はないです」

「そっか。流石に、一つの人生が挟まるとなぁ……そうなるのも仕方ないさ。悪かった……遅くなって」


 ワンナが、悲しみを帯びた微笑みで、謝ってきた。

 困惑が増す。


「謝られても……。意味がわかりません。転生させる約束でもしたのですか?」

「……う、うーん……まぁ、えっとぉ……そうだなぁ」


 明らかに、ワンナが動揺を見せた。目を泳がしては、口ごもる。


「えっ? ……約束してもいないのに、転生をさせたのですか? まさか、願ってもいないのに、勝手に?」

「いや、えっと。んーっと。そうだなー、ええっとぉー」


 物凄く焦った様子だ。身まで引く。神なのに、顔色を悪くした。


「ええー……なんなんですか。転生させた動機は、なんですか……? キャットリーナの望みでもないなら、どんな理由ですか?」

「それは………………生きてほしかったからだ」


 ちょっとだけ、迷ったあと。

 ワンナは、そう答えた。

 転生させた動機。生きてほしかった。

 目を瞬かせて、それから首を傾げる。

 でも、すぐに理解した。


「病死したキャットリーナのために、新しい生を与えた?」

「ああ。キャットは……国を救って間もなく、息絶えたんだ」


 寂しげに微笑んだワンナ。


「元からキャットは、長くは生きられない身体だった。実の父親を討つことを決意して実行したのも、玉座につかずに女王になることを断ったのも……もう自分の死期を知っていたからだ」


 頬杖をついて、遠い目で白を見つめる。

 その横顔は、やはり寂しげだ。


「……オレ達が知ったのは、今は【約束の広場】と呼ばれた噴水の縁に腰掛けて、いつものように休憩がてらに和気あいあいと話していた最中だった。酷いよな……これからの話をしてたって言うのに、あっさりと自分はもう死ぬって明かしたんだ」


 ホントに酷い奴、とワンナは呟く。

 閉じられた瞼の裏には、その時の光景が浮かんでいるはず。


「そういうことで、呆気なく死んだキャットを転生させるべく、神になったんだぜ!」

「いやっ、どうやってですか!?」


 いきなり明るく笑い退けては、親指を立てて見せた。

 神になったって、どうやって!? なりたくてなれるものじゃないでしょ!?


「アスタリークアが……あっ、世間では、名前は伏せてたな。精霊のことだ。ソイツが教えてくれたんだよ。正しくは、オレの目の前でキャットに教えてたのを聞いてただけだけど。オレとキャットは、国を救った偉業とかで、神になる資格は十分あるっつーことで、望めば神格化するってな。キャット、きっぱりと嫌だって断ったけど。オレが最初から神だって歴史に遺したのも、神格化のためだ。神だと語られれば、より神になり得る。神になっても、誰かを転生させられる力があるかどうか、確かなことなんてなかったけど……なんとかなったな!」

「楽観的に成し遂げたのですか!?」


 あっはっは、とワンナは笑った。

「楽観的に行動しすぎだって、よく叱られた。懐かしいなぁ」なんて、あっけらかんと言う。


「アスタリークアも、ガシュナナルゼも、ヴァンファルガーも、一応長寿になる方法を知ってるから提案したのに……キャットは強情に一蹴だ。あっ、ガシュナナルゼは、龍。ヴァンファルガーが、吸血鬼だ」


 龍ガシュナナルゼ。

 精霊アスタリークア。

 吸血鬼ヴァンファルガー。


「断られたのに……転生させたのですか?」

「うん。殴ってもいいぞ」

「いや、殴っても、何も変わりませんよ……。記憶も自覚もないので、怒りの発散にもなりませんし」

「そっか。じゃあ、記憶が戻って殴りたくなったら、どうぞ。ガシュナ達には、【ギアヴァンド】で殴ってもいいぜ!」

「これから、記憶が戻るのですか……? 三方も、関与しているのでしたか」

「いや。アイツらは別になんもしてないな。ただ、【約束の広場】で待ってるだけだ」

「殴る理由がない!?」

「はっはっはっ!」


 なんで関与してない三方を殴るように言った!?

 しかも完全無欠モードの【ギアヴァンド】でなんて、酷いな!?


「なんでそんな意地悪を言うのですか……従者みたいな存在とは言え……」

「従者? ああ、そういえば、従えたって話にしたんだったな。アイツらは、オレに従ってたわけじゃないぞ。ダチだよ。キャットだって…………あと、まぁー、なんだ。えーと」


 何かを言いかけたけど、また口ごもり、頬を掻くワンナ。


「あっ。記憶のことなんだが、これからも蘇るはずだ。記憶は魂にも刻まれるモンで、転生する際に蓋をする。君の前世の記憶は蓋せずに、オレが転生させた。前世の前世の記憶は、蓋されていたが、それも少しは開いたから、これから溢れるだろう」


 言いかけたことは言わないことにしたようで、私の胸元を指差して、記憶に関しての質問に答えた。


「ホント、悪いな。すぐに君の魂を見つけられたならよかったんだが……余生を過ごしてたせいで、遅れた。自害は罪になるから、神になる資格は剥奪されるってことで、家族作ってまったりと寿命が尽きるまで生きてたせいだ」

「……謝らなくてもいいですよ。何故、全うに人生を終えたことを謝るのですか……それを謝られても困ります」

「んー、そうだけど……君がいなければ、国なんて救われなかったっていうのに…………積んだ徳、どこに行ったのやら。オレが神になって、君は苦しい人生……納得いかねーよ」


 不甲斐なさそうに頭を掻くワンナに謝られても、前世の人生はワンナの責任じゃない。

 本当に困るだけだ。


「と! いうことでさ!」


 ワンナは、またコロッと明るく切り替えた。


「君は、これからどう生きたい?」




2024/07/12

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