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◇06 待ち人は姫君の再来?




「……誰かを待っているという話とかはないのでしょうか?」

「待つ? というと?」

「300年前からずっとそこにいるのは……なんだか待ち合わせをしていると思ったのです。誰かを待っている約束だと、真っ先に浮かんだので」


 レイチェルさんは、怪訝な顔で小首を傾げた。


「それは……聞いたことのない説ですね」


 ……そうか。誰かを待って、あそこに居続けている。そんな話は、知られていない。

 先走ってしまっただろうか。


 彼ら。約束。


 それに反応してしまい、ワンナの絵の額の後ろに書かれたメッセージの場所だと思った。

 まぁいいか。龍の姿を見るだけ見て、滞在中に調べられることは片っ端から知り、もやもやを解消出来るようにしよう。


「一体、誰が待っていると思うのかい? お嬢さん」


 老人の声が、私にかけられたかと思えば、緊張を感じ取る。テーブルを挟んだ向かい側に座るレイチェルさんからだ。サッと立ち上がったレイチェルさんは、会釈した姿勢を保つ。

 それを見てから、右を振り返ると、声の主の男性が腰の高さの杖をついて立っていた。


「…………」


 シワを寄せて優しそうな笑みを浮かべた白い髭の初老。紳士のお手本のように、気品ある背広姿。杖はファッションの一部のようで、しっかりと背筋が伸びている。

 どうして、声をかけてきたのやら。

 そして、レイチェルさんの態度。


 ……偉い人だとは思うけど、誰だろう。


 情報を得ようとその初老の男性を、黙って観察する。すると、杖の上に置かれた右手の親指にはめられた指輪が目に留まった。

 ゴツい指輪には、あの隠し本棚の本の中で、何度か見かけた紋章が刻まれている。


 秘密組織【カエルム】の紋章だ。


「ん? どうしたんだい? 考え中かい?」

「……知らない人とは喋ってはいけないという常識に、従うべきかを考えています」


 レイチェルさんが自分から口を開こうとしない態度から推測するに、かなり上の立場の人間に間違いない。


 ……秘密組織【カエルム】の紋章の指輪をつけているとなると……現ボスってことも、大いにあり得る。

 信憑性を増す材料として、三歩離れた位置に、無精髭の背の高い男性が立っていた。背広姿であるが、腰には一丁の銃がぶら下がっている。

 ……護衛っぽい。

 目が合えば、ニコッと笑みを見せられた。

 ……軟派な性格の護衛っぽい。


「おや。これは失礼。興味深い話を耳にして、つい会話に加わってしまった。私はグリージョ・フォルトゥだ。そちらのお嬢さんとは面識があってね。レイチェル、と言ったかね?」

「はい、記憶に留めてもらえて光栄です。こちらは、カロスさ、ん、のご息女でして、仕事仲間である私が観光案内を任されました」

「おやおや。では、カロスが自慢していた愛娘さんだったのかい」


 レイチェルさんが、お父さんをまた様付けしかけたが、ギリギリでさん付けにした。

 さん付け。そして、仕事仲間。それで、私には秘密組織【カエルム】については、伏せるべきだと伝わるはず。


 初老の男性は大きく見開いた目を瞬かせて、興味深そうに無精髭の男性と一緒に見てきた。

 初老の男性が、お父さんを呼び捨て。やっぱり、彼の方が上司だろうか。


 でも……お父さんの立場も、相当に高そうだ。

 秘密組織【カエルム】のボス(仮定)が、親し気に名を呼ぶ。しかも、私の自慢話を聞いてやるほどの仲。

 ……絶対に、お父さんは熱弁していたに違いない。溺愛はよそまで露にしないでほしい、お父さん。


「私もカロスの仕事仲間だ。お知り合いになってもらえるだろうか?」

「……警備兵の父と、どんな仕事仲間でしょうか? 大変、失礼ながら……強そうに見えなくて」

「ほほっ。そうだね。私はカロスと違って、現場で身体を張る仕事はしていないんだ。私は管理職だからね。管理職というのは……」


 ぷふっ、と無精髭の男性が噴き出したあとに、手で口元を押える。

 初老の男性も、弱そうと遠回しに言われても、気を悪くした様子はなく、のほほんと笑う。


「仕事を振り分けたり、人材配置をするという仕事を担っているのでしょうか? 父に命令を下す、上司の立場で間違いないですか?」

「え? あ、ああ……そうだね」

「そうなんですね。失礼な態度を取りました、すみません。父がお世話になっております。娘のエコーキャット・ハートです」


 椅子から降りて、私は地面の上に立って、ぺこっとお辞儀した。

 驚きの表情をすると、初老の男性は、楽し気に笑う。


「ほほほっ! とても、賢い娘さんだ! 聞いてはいたが、可愛さを強調していたから、こんなにも大人びているとは」

「可愛さの強調は、親の欲目ですね」

「いやいや。事実、とても可愛らしい。素敵なお嬢さんだ」


 そうだろうか。

 大人びているから、可愛げない子どもだという印象も抱けそうだけど……。


「その指輪」

「ん? これかい?」

「とても年季の入ったものですね。家宝か何かでしょうか?」


 私が両手を伸ばせば、すんなりと手を差し出してくれて、親指にはめた指輪を見せてくれた。

 シワのある手を包んで見た指輪の紋章。


 やっぱり、書物で何度か見た【カエルム】の紋章だ。


 真ん中に虹色に艶めく石が嵌められているけれど……。


「真珠?」

「この真珠は、イターリー国の姫君の遺した真珠のネックレスの一粒をもらって作った家宝の指輪だと言い伝えがあるんだ……内緒だよ?」


 こそっと手を添えて、悪戯っぽい笑みで、言ってきた。


「わかりました。秘密にします」


 私は両手で口元を隠して見せる。


 私の中で、秘密組織【カエルム】のボスに暫定した。


 姫君の遺品の一部と紋章の指輪なんて……絶対に組織の重役が受け継ぐ家宝じゃないか。

 強そうに見えなくても、この人は特殊能力【ギア】覚醒者で、ボスの座にいるのだろうか……。

 人は見かけによらず、かな。


「ほほっ。エコーキャット……姫君と同じ名前を持っている、そんなお嬢さんは、【約束の広場】に居続ける三方が、誰を待っていると思うんだい?」


 そうだった。それで話しかけられたのだ。

 秘密組織【カエルム】のボスだけには、家宝の指輪と同じく、話が受け継がれていたりするのだろうか……。

 それで不審に思って、話しかけてきたというのなら、下手を踏んだかもしれない。


「神ワンナが再び来ることを待っていると、思っただけですよ。他に、長寿の三方が300年も前から待つ存在はいないじゃないですか」

「おや、もう一人いるじゃないか」

「え?」


 ワンナ以外に、待ち人がいる。

 そう言い出したから、きょとんとしてしまった。

 神と語り継がれたワンナ以外、彼らが待つ存在なんていないと考えるのが普通だろうに……。


「姫君だ。神ワンナが、手を差し伸べた姫君」


 姫君……?


「……姫君の、再来を、待っていると?」

「ああ。いつか、この国がまた危機に陥った時……姫君と同じように人々の幸せを望む、強き願いで神ワンナを呼び出す時を、じっと待っているのかもしれない」

「……それは」


 姫君のように、神をも呼び出して手を貸してもらえるような、崇高な願いを強く抱く存在を待っている。

 通常の人なら、そういう捉え方をするだろうが……。


 恐らく、秘密組織の暫定ボスならば、ワンナが神ではなく、人間だったと知っているはず。

 だから、神を呼び出せる人間なんて、本当はいないってわかっていると思う。

 さっきの家宝の指輪の逸話に続き、これも受け継がれた逸話なのかもしれない。


「面白い考えですね。姫君のような再来を、待ち続けているなんて……」

「ほほほっ。今思いついただけだがね」


 私は動揺を隠すためにも、笑って見せる。


 姫君のような再来が……私だったりして。

 私を転生させたであろうワンナの姿をした神は……本当に、何が目的のやら……。


「ボス。お時間です」と無精髭の男性が、そっと耳打ちした。

 私に聞こえないように潜めた声だったけれど、聞き取れてしまったので、はい、ボス確定。


 秘密組織【カエルム】の現ボスさん。


「もっとエコーキャットお嬢さんと楽しい話をしてみたいが、仕事に行かなくては。また会えることを願うよ」

「そうですね。またお会いできるのを楽しみにしております」


 軽く笑ってフォルトゥさんは、先を歩く。後ろをついていく無精髭の男性が笑顔で手を振ってくれるので、私も手を振り返す。

 レイチェルさんは、力を抜いたように肩を下げた。


「あの方、実は怖い人のなのですか?」

「え?」


 椅子に座り直しながら、私はレイチェルさんに尋ねてみる。

 悪い人には見えないけれど、秘密組織のボスなので、恐ろしさを上手く隠している可能性が……。


「レイチェルさんが緊張していたみたいなので」

「ああ……恐怖ではなく……高貴な方なので、私のような下っ端を覚えてくださっているだけでも喜ばしいほどです」

「高貴とは……貴族とかでしょうか?」

「貴族の称号を持たないだけで、とても歴史ある名家の方です。簡潔すぎてしまいますが……とても偉い人なのです」


 言葉に迷っては、レイチェルさんは偉い人で締めくくった。


 秘密組織のボスを継ぐ資格のある名家とは、言えまい……。

 ……それにしても、姫君の再来を待っている、とは……。


 それって……万が一にも、私がソレならば……。


 ――――【ギアヴァンド】を使えるようになる存在では?


 ワンナが姫君と接触している間だけ使えたという、神のみわざとも表現された技。

 特殊能力【ギア】を持つ者に、接触している間【ギアヴァンド】を発動させることが出来る、そんな存在。

 神のみわざってくらいだから、とんでもなく強い技だろう。


 欲ある人なら……狙うのではないだろうか。【ギア】持ちの者が、更なる力を求めて……。

 ……う、うーん……。こんな悪い予想は、当たらないでほしいなぁ。


 姫君のように【ギアヴァンド】を発動させる存在。

 本当に、神ワンナが私を転生させた意味を調べなくては……。悪い予想なら、上手く隠れる方法とか、見付けないと。

 秘密組織【カエルム】が、正確にはわからないんだもの……。



「レイチェルさん?」

「あ、はい」


 レイチェルさんが少し眉間にシワを寄せて、どこかを見ているので、振り返ってみる。

 人々が行き交う大通り。変わったものはない。


「あそこの通りを真っ直ぐ行った先に、都一美しいと有名な公園広場があります。屋台もありますので、食べたい物が見付かるかもしれません。行ってみませんか?」

「都一美しいとは、期待が高まりますね。ぜひ」

「では」


 またレイチェルさんと手を繋いで、公園広場へと向かう。

 けれど、レイチェルさんの様子がおかしい。控えめな仕草ではあるけれど、後ろをちらりと何度か確認して気にしている。

 ……尾行されている?

 どうやら、撒きたいようで、公園広場をぐるりと一周した。


 確かに美しい公園広場なのだけれど、尾行が気になってしまって、楽しめない。


 花を咲かせた木々が並び、オレンジ色の花びらが降り注ぐ。温かく明るい場所だという印象を抱く。色とりどりの花が植えられた花壇の先に、大きな滑り台があって、そこから子ども達の笑い声が聞こえた。そこで遊ぶかと尋ねられたが、断っておく。無理。遊べない。

 なんで尾行されているのだろうか……。


 小腹が空いたので、クレープだけを買ってもらって食べ終えた頃には、公園広場を出た。

 レイチェルさんは、少し息を吐く。緊張を解いたようだ。

 尾行は気のせいだったのかな? なら、いいけど。

 そう思った矢先だった。

 前から来た男性に、すれ違いざまに、剣を振り上げられて。


   ザシュッ。


 レイチェルさんが切られた。

 血が、噴き出す。真っ赤なそれが舞った。

 真っ先に頭に過ったのは、止血だ。傷が深いし、出血が酷い。


 後ろによろけたけれど、踏み止まったレイチェルさんの切られたお腹に手を当てる。

 治癒魔法の白属性。本のページを捲る際に指の腹が切れてしまった際に、試しに使ってみたら出来た。


 こんな酷い傷を治したことはないけれど、やるだけやらないと、レイチェルさんが危ないっ。


 傷を辿るように、魔力を注ぐ。

 なのに、グイッと後ろに引っ張られた。


 捕まった!?


「っ!?」


 狙いはっ! 私!?


 レイチェルさんが離れてしまった手を伸ばして、私の手を掴もうとしたけれど、触れることなく宙を切り合う。

 ずしゃっと、レイチェルさんは手を伸ばしたまま、崩れ落ちる。


「エ、コッ……ッ!」

「レイチェルさんっ!」


 抵抗のために攻撃の魔法を使おうとしたけれど。


 フッ。


 何かを顔に吹きかけられた。


 粉!?


 吸い込んでしまった私は、すぐにグラリと意識が揺らいで遠退いた。


 眠り粉っ……!?


 レイチェルさんに伸ばした手が、たらりと落ちて、意識は途切れた。



 

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