◇05 イターリ国の観光。
一週間後。
休暇を満喫したお父さんに連れられて、イターリー国へと出発した。
クロードお兄ちゃんは、ギリギリまで私を抱き締めて粘っていたのだけど、学校の時間だと母と父に叱られて、涙ぐみながらも登校。
お母さんも寂しげだったけど「楽しんできてね!」と笑って送り出してくれた。
先ず、向かうのは、通称・ゲート。転移装置施設。
「ゲートも初めてだろ!」
「うん。……あのね、お父さん。わざわざ抱っこしなくてもいいんだよ?」
「つれない! 抱っこさせてくれ!」
なんかずっとお父さんに片腕で運ばれている状況が続いている。
抱っこで運んでくれるのはいいんだけど……。
あのね、お父さん。右腕で抱えると、左腰に携えた剣が抜けないと思うんだ……。
……さては、剣もカモフラージュのための飾り……?
このイターリー旅行で、お父さんのボロをたくさん見そうだ。
んー。でも、お父さんのこの筋肉って、なんのためだろうか。
……剣を武器に戦うなら、手は空けておくわよね、普通。
明らかに、お父さんの筋肉って、もりもり過ぎる。
……肉弾戦派? 秘密組織【カエルム】の戦闘要員?
「これでお父さんは、いつもイターリー国に行くんだね?」
「そうだぞ。魔導装置でな。とんでもなく大きな大きな魔力で、イターリー国の魔導装置にひょいって送り届けてくれるんだぞ」
「それは、なあに?」
「これは、身分証明書だ。悪者じゃないって証を持ってないと、使えない決まりなんだぞ。悪者が色んな国に移動したら大変だからな。ちなみにお父さんは、警備兵だから悪者じゃないぞー」
冗談を言って、お父さんは提示したカードを見せてくれた。
お父さんの魔力が感じる。
「ポッて、光ったね。魔力を込めた?」
「そうだよ、お嬢さん。それでカードの持ち主だって、わかるんだ」
お父さんの代わりに、対応した門兵が笑って答えた。
「賢いお嬢さんですね」と、お父さんにも笑みを向ける。
「ああ、とっても賢くて可愛い娘だ」と、自慢げに言葉を返すお父さん。
「私は、必要ないのですか?」
「お嬢さんは、今何歳だい?」
「五歳です」
「なら、まだまだ必要ない。十歳になる前に作ってくれればいいんだ」
「そうなんですね。それまでは、自由に使えるのですか?」
「身分証を持つ保護者と一緒なら、自由だ」
縛りがある、か……。
「好奇心旺盛ですねー」と、門兵は感心する。
今後、イターリー国に自由に行けるかどうかを知りたかったから尋ねたのだ。
……まぁ、五歳児が一人で、自由に他国に行くなんて、常識的に考えてだめか。
今回だけで、ちゃんと疑問が解決出来るように、最善を尽くそう。
「あっちがイターリー国行きのゲートで、隣が帰りのゲートだ」
「……床にある模様は? 行き帰りで、色が違うね」
「ああそうだ。赤から青へ、送られるんだ。そんな能力を持っていた種族が遺した技術らしいぞ。赤い点から青い点へと、移動するって仕組みだが、遠いところへと移すのは、すごいよなぁ」
「うん」
魔法陣で繋げた転送装置って感じか。
どんな種族だったのだろう……?
疑問だったが、お父さんは私を抱えたまま、そのゲートと呼ばれた上に乗った。
発動のためには、膨大な魔力が必要だから、他にも多くの使用客が、赤い模様の上に乗る。
使用客から魔力を吸い取って発動させるものだから、一定の人数を集めるのだという。
「床に立ちたい」
「えーっと……やめた方がいいぞ? 揺れるからな」
「お父さんと手を繋いでいれば大丈夫じゃないの?」
「うーん。わかったぞ。じゃあ、しっかりと掴まるんだ」
お父さんに下ろしてもらい、赤い模様の床に立つ。
しっかりと手を握り合った。
係員が、合図をする。スイッチは、外側から魔力を注ぐ水晶らしい。
カッと白く光れば、ゆらりと感覚が回っては、ふわっと浮遊感を味わった。
光が収まれば、床の模様が青色に変わっている。
「よし、イターリー国だぞ。揺れは、大丈夫だったか?」
「うん! 面白かった!」
「そ、そうなのか? 普通は……怖がるらしいんだが……」
ちょっとしたアトラクションに乗った感じだったのだけれど、普通の子どもは怖がるものらしい。
お父さんが見てみる先には、私達のように手を繋いだ親子。私より、一つや二つ年上の男の子が「怖いー!」と泣いている。
……そこまで泣くほどの揺れだったろうか……?
「一瞬なんだね」
「そうだ。すごいだろ?」
またお父さんは、私を抱え上げた。
一瞬で国を移動出来るのに、どうして月に二・三回しか帰ってこないのやら……。
「あっ! お城! もう見えた!」
「ああ。あれがイターリー国の王城だ」
転移装置のある施設を出れば、王城を真っ先に発見。一番大きな建物だから、他の建物より、突き出ている。
「でも、結構遠そうだね」
「うん、たくさん歩くぞ。その途中で、なーんでも興味があるお店に行っていいからな。ほら、面倒を見てくれるお姉さんがあそこにいるぞ」
私を抱えたまま、お父さんが歩み寄るのは、佇む短く切り揃えた金髪の少女だ。背が高め。歳は十五歳より上に見える。
こちらをじっと見ているのは、黄緑色の瞳。美しい顔の彼女は、耳が横に長く尖っていた。
あれ……。いきなり、人間以外の種族に会ってしまったのでは……?
「よぉ、レイチェル。娘のエコーキャットだ」
「初めまして、エコーキャットお嬢様。レイチェルと申します」
ぺこり、とレイチェルと名乗る彼女は、凛とした無表情で会釈した。
お父さんの仕事仲間だと、予め聞いている。
心配だから、私を守る強さも持っている仕事仲間の女性を、滞在中に面倒見てくれるようにと雇ったそうだ。
「エコーキャット・ハートです。……失礼かもしれませんが、種族はエルフでしょうか?」
「……はい。この通り、エルフの特徴を持っております」
「すみません。人間以外の種族にお会いするのは、初めてでした」
「……そうでしたか」
レイチェルさんは、自分の耳に手を添えて、ぴくぴくと両耳を軽く動かして見せてくれる。
本当に他種族だ。
エルフだ、エルフ。麗しい美人。
「お父さん、ちゃんと挨拶したいから下ろして」
お父さんの肩をポンポンと叩いて、地面に下ろしてもらう。
「イターリーに滞在中、面倒を見てくれると聞きしました。お世話になります、よろしくお願いします」
ぺこっと、私は頭を下げた。
レイチェルさんは静かに私を見下ろしたあと、お父さんに目を向ける。
「この通り、大人びた娘だ。色々教えてやってくれ。質問をたくさんしてくると思うぞ! なんて言っても、賢いからな!」
「……はい、かしこまりました。カロス様」
「ンンッ!」
「……カロスさん」
咳払いで掻き消そうとしたけれど、レイチェルさんがお父さんを様付け呼びしたのは、しっかり聞こえた。
絶対に、上司と部下の関係だな……。
しかも、お父さんは相当高いポジションだ。
……ワンナの直系と考えれば、当然かもしれない。
秘密組織のボスじゃないことを、願いたいのだけれど……。
「……」
「……?」
じとっと、レイチェルさんが私を見下ろす。
かと思えば、ロングスカートを折って、しゃがんだ。
「カロスさんは、エコーキャットお嬢様の賢い質問に答えられることが出来て、危険から守る強さを持つと見込まれたので、引き受けることにしましたが……私には、子どもの面倒を見た経験がありません。あと、私は愛想がよくなく、笑うことが下手なので、常にこの表情となるでしょうが、その点はお気になさらないでください。よく、怒っているとか、不満なのかと勘違いされますので、初めに伝えておきます。私はお嬢様に、観光を楽しんでいただけるように案内をする努力をいたしますので、ご理解のほど、よろしくお願いいたします」
両頬の下に人差し指を当てると、引き上げては、口の端を吊り上げて見せるレイチェルさん。
だから、無表情なのか。
「わかりました」
私は一つ頷いて見せてから、レイチェルさんを真似て、人差し指を当てて口元を吊り上げて見せた。
「私も無理に笑うと顔が疲れてしまうので、愛想笑いなどはしません。だから、お互い普段通りにお話ししましょう。その方が、楽しめると思いますので」
目をぱちくりさせたレイチェルさんは、ふんわりと、微笑んだ。
あれ? 綺麗な微笑を浮かべられるじゃないか。
「うん! 仲良くやれそうだな! じゃあ、レイチェル、頼んだぞ。エコー、オレは荷物をホテルに置いたら、仕事に行くから、また夜に会おう」
「はい」
「うん、わかった。いってらっしゃい、お父さん」
「いってきます、エコー!」
満足げに笑うお父さんは、私の額に口付けをして頭をひと撫ですると、先にスタスタと通りを歩き去った。
「王城から【約束の広場】を見たいとのことですね。先ずは、王城に向かいながら、散策をしましょう。エコーキャットお嬢様」
「はい。あの、レイチェルさん。私はお嬢様ではないので、他の呼び方をお願いしてもいいですか?」
「お嬢様呼びはお嫌いですか? ……では、なんとお呼びした方がいいでしょうか?」
上司の娘だから、お嬢様呼びが相応しいだろうけど、くすぐったいので、他がいい。
呼び捨てでもいいけど、上司の娘だから、それは無理か。
実質、過保護なお父さんがつけた護衛だもの。レイチェルさんとしては、大事な護衛対象。
「よく、ちゃん付けで呼ばれます。エコーキャットちゃんとか、エコーちゃんとか」
「ちゃん付け、ですか……。では、エコーキャットちゃんとお呼びしますね」
「はい」
手を出せば、レイチェルさんはその手を取って、繋いでくれた。一緒に王城への通りを歩く。
「エコーキャット……やはり、イターリー国の最後の姫君から取った名前でしょうか?」
「はい。そう聞いてます。姫君の名前は、キャットリーナでしたね」
「そうです。だから、キャットやリーナのつく名前がよくあるのです。国民を救った姫君のように、心優しい娘に育つようにと願いを込めて。エコーキャットちゃんも、その願いの通りに育っていますね」
「え? そうですか?」
「はい。私はそう思います」
会ったばかりなのに、もう心優しいと印象を抱かれた。首を傾げてしまう。
レイチェルさんは、お世辞を言う器用さは持ってなさそうだから、本心だろうけど……何故そう思ったのやら。
またレイチェルさんは、ふんわりと微笑を浮かべていたが、すぐにスンッと無表情に戻った。
「ちなみに、私の名前のレイチェルは、エルフ族の女性によくつけられる名前でして、意味は特にないらしいです。私の両親は淡白な人柄でして、子に意味や願いを込めた名前をつける人達ではありませんでした。私も淡白さを引き継いでしまったようです」
「さっぱりしてて、物事にこだわりがないってことですか?」
「ええ。よく、さっぱりしていると言われます」
「いい意味で? 悪い意味で?」
「それは……どうでしょうか。呆れを含んで言われるので、恐らく悪い意味かと。……あ。このスイーツ店、人気です。スイーツは好きでしょうか?」
話していると、人気スイーツ店に通りかかった。行列が出来ている。甘い香りが、鼻に届く。
「美味しそうですが、まだお腹空いていないです」
「では、進みましょうか。まだこの通りの先には、食べ物の店がたくさんありますので」
「レイチェルさんは、スイーツ好きですか?」
「どちらかと言えば、好きですね。エコーキャットちゃんは、どうですか?」
「好きですよ」
互いのことを教えつつの他愛ない会話をしては、練り歩いた。
「ちょっと歩き疲れてしまいました……王城、遠いですね」
「では、休みましょう。あの店のテラス席で、飲み物でもいかがですか?」
「いいですね」
近くのカフェで、一休み。
「あまり外出しないので、体力がないですね、私……。やっぱりレイチェルさんは、鍛えていて体力があるのですか? 細身にしか見えませんが」
「鍛えてはいますが、元々エルフは身体能力が人間よりも少し高いので、体力作りはあまりしません。カロスさんは、主に身体を張るお仕事をしていますので、筋肉質ではありますね」
主に身体を張るお仕事……。
やはり、秘密組織の戦闘要員?
「エコーキャットちゃんは、とても勉強熱心でいつも本を読んでいると話に聞いています」
「勉強熱心とはちょっと違う気がしますが……新しいことを知るのは、楽しいとは思いますね。読書も好きです」
「それでは、別の日に、大図書館にも行く予定を立てましょうか? 見るだけでも壮観な本棚が並ぶ図書館です。多すぎて、読みたい本を見付けるのは、苦労してしまうかもしれませんが」
「大図書館ですか……とても興味がそそられますね。はい、ぜひに」
どんな図書館だろうか。想像しつつも、私は質問を思い付いた。
「レイチェルさんは、生まれはイターリーですか?」
「はい。生まれも育ちもです」
「今、私はイターリー国の神ワンナと三方について、深く知りたいと思っているのです。それがきっかけで、イターリーに来たのですが……何か面白い話とかありませんか? 私としては、神ワンナと三方の出逢いなどや、三方の性格……あと【約束の広場】に居続ける理由とかを聞きたいのですが」
イターリー育ちだからこそ、知っている情報はないか。
尋ねたら、レイチェルさんは少しだけ困ったように眉を下げて小首を傾げた。
とりあえず、先週お父さんから聞いた話を簡潔に話して、補足があるかを確かめる。
「面白い話、ですか……。残念ながら、カロスさんが話したことが、一般常識の全てですね」
一般常識。つまりは、表向きに語り継がれた話のみ。
「他かに語り継がれていることはない、ということですか? 大図書館に行っても、より深くは調べられないと?」
「それは定かではありません。私も大図書館の本を全て把握していないので……。諸説なら、たくさんあります」
「諸説……噂みたいな話ですか。例えば、どんな?」
火のないところに煙は立たない。
何か、ヒントに繋がるかもしれないだろうから、聞いておきたい。
「神ワンナは、自ら三方の元に赴き、彼らの命を救ったため、それで三方は従うようになったという説。一番、出逢い方はそれが有力のようです」
「恩のために、従っていた……そうなんですか……」
……いくらパワーアップする特殊能力を持っているからと言って、龍や精霊や吸血鬼の命を救うことが出来るのだろうか?
疑わしい説だ。
でも、ワンナが神様だと認識されているのなら、有力説になるのはしょうがないか。
他に考えられるものはないしね。恩のために従っていた理由が、一番納得いく。
「性格の方ですが……魔物相手に、なかなか気性の荒い面を露わにしていたと言われています。特に龍は暴れ、地面すら割ったとか」
「……戦いになるなら、激しいものになるのが普通では?」
「そうですね。やはり、これもイメージによる噂程度の話でしょう」
暴れる龍か。強そうである。
「あと……実は、あまり人を好いていないという説もあります」
「え? イターリー国民を助けたのにですか?」
「神ワンナの頼みだから、従って助けたのではないかとのことです。現に今……彼らは、見守っていますが、人と直接関わっていませんから」
それはどうだろうか……。
ワンナは、人間だったし……。
「【約束の広場】は、ずっと立ち入り禁止区域になっているそうですが……警備兵も配置しているので、危険ですか?」
「……恐らく、危険かと」
レイチェルさんの目が、私から逸らされた。
人を好いていないし、暴れればひとたまりもないから、危険。
目を逸らした仕草からするに、本当に危険視されている感じがした。
「その【約束の広場】と呼ばれた所以は、何かありますか?」
「それは、神ワンナとそこで見守るように約束をした、からだそうです」
ワンナに見守る場所として、指定されたから【約束の広場】と呼ばれるようになった説、か……。
2024/07/09