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◇04 旅行をおねだり。



「じゃあ、お父さんは、会ったことあるの?」


 恐る恐る……。


「はははっ! 流石にないさ!」


 微苦笑ながらも、笑い飛ばされた。

 あら? 都市伝説のように、まだ居るってことなのだろうか……?


「遠目でしか、見れないぞ」

「……見れるんだ?」


 いや……うん。なんか、本当に実物が見れるらしい。


「ああ。王城の五階テラスから、見れるんだぞ。遠いから、わかるのは、龍ぐらいなものだがな」

「……?」


 王城の五階テラスから……?

 王族のいなくなった王城は、貴族達も使用するが、半分は国民も自由に使えるらしい。だから、今や半分は、出入り自由な、公共の建物だ。

 観光物の見方を教えるような言い草に、首を捻ってしまう。


「テラスから見える噴水広場にいるんだ。龍も精霊も吸血鬼も。300年前からずっとな」

「えっ……?」

「すっかり占領してしまって、周囲の家の住人は引っ越して、小さな森が出来上がるほどの時間が経ったから、建物はボロボロだ。それでも、彼らは動かない。そこで、イターリー国を見守ってくれているんだ」


 300年前からずっと。

 彼らは、動かない。

 ……彼ら……?


「お父さん、そこの警備もしたことがあるんですって! すごいわよねー!」


 お母さんが紅茶を啜っては、自慢げに微笑んだ。


「そこは、むやみやたらと彼らに近付かないように、柵を立てて、そして警備兵を配置するようになったんだって。お父さんは、その時も、目にしたことなかったの? 近くで」


 クッキーを手にして、クロードお兄ちゃんが、お父さんに問う。


「周囲を警備する兵ですら、森と柵が阻んでいるから、噴水広場は見えないのさ。神が従えた三方に、近付いて拝見するなんて、罰当たりなことだ。王城から遠目で見ることだけが、許されるんだろうな」


 うんうん、と一人納得したみたいに頷いて見せるお父さん。


「……ねぇ、お父さん」

「なんだ? エコー」

「私見たい」

「ん?」

「噴水広場、見たい」

「え? 【約束の広場】を?」


 光明が見えた。謎ばかりだらけでも、ヒントを見つけ出せた気がする。


「約束の広場って? なんの約束?」

「いや、そう呼ばれているだけでな……。誰もなんの約束なのかは知らないんだが……いつしか、そう呼ばれる噴水広場になったんだ」


 お父さんは、少々困惑混じりの苦笑を零す。


「そうなんだ。とにかく、見たい。その【約束の広場】が見たいから、イターリー国に連れてって欲しい。お願い」


 見ない。連れて行ってほしい。

 わりと強めに要求する。


「う、うーん……。エコーが、そんなに言うなら……みんなで行くか?」

「イターリー国の観光もしたいな。都には、いっぱい楽しいものが、あるでしょ?」

「ああ、もちろんだ。一日だと一部しか楽しめないぞー!」

「じゃあ、何日かお泊まりで!」

「えっ」


 イターリー国に行くのだ。あれこれ調べるいい機会だもの。

 あわよくば、長期滞在を求める!


 最優先すべきは、王城のテラスから見える【約束の広場】を目にすることだ。何がわかるかは、全くわからないけど、あのメッセージの場所かどうかを、自分の目で確認してみたい。例え、遠目だとしても、だ。

 それから、出来る限りで、ワンナや【カエルム】について、調べられるだけ調べてみる。


「せっかくだから、お父さんの仕事場とか、仕事姿見たい」

「んー……それはぁ……」


 おっと。焦りすぎたかしら。

 お父さんの目が、泳いだ。

 やっぱり、警備兵は、嘘でしょ。


「警備兵は、大変過酷で危険な仕事でもあるんだ! お父さんのかっこいい勇姿を見せたいがっ……! エコー達を危険のそばに連れて行けない!」


 悔しげな表情をしては、固めた拳を震わせた。


 うん。演技っぽい。

 ありもしない警備兵の仕事姿を見せないための演技にしか見えなくなった。


「そっか、危険なら、しょうがないね……。でも、イターリー国を観光したい。私は秋には、学校に入学するから、今のうちにながーくイターリー国にお泊まりして、楽しみたいな。お願い」


 どうせ、暇人なのである。ちょっと滞在させて、嗅ぎ回らせてほしい。

 両手を合わせて、お願いをする。


「あらぁ。エコーちゃんが、お出かけを頼むのも珍しいのに、長くお泊まり? そんなに行きたいのね! でも、クローくんは、学校があるから行けないし……お母さんとクローくんは、お留守番しましょうか?」

「えっ……!? な、何日も……エコーちゃんに……会えなくなる!?」


 のほほん、と笑いかけるお母さんだったが、ガビーンとショックを受けるクロードお兄ちゃんは、青ざめてしまった。

 そんなに……? そんなにショックを受ける?


「た、確かに……エコーが、お出かけをお願いするなんて……初めてだから、聞いてやりたいが……。エコーは、お母さんとお兄ちゃんと離れて大丈夫なのか?」


 悩ましげな表情をするお父さんの言葉で気がつく。

 そういえば、日中は一人で過ごす時間が多くても、家族と離れたことがなかった。まだお泊まり経験がない人生だ。


「……お母さんとお兄ちゃんがいないなら、寂しくなると思うけど…………お父さんは居てくれるでしょ?」

「いや、お父さんも仕事が終わったら、すぐにエコーに会いに行くぞぉおお!!」


 ちょっと不安げに見上げたら、何故かまたハグされた。だから、苦しい。


「えっ!? 決定!? 決定なの!?」

「エコーの面倒を見てくれる人を探して、仕事のお父さんと一緒に何日か滞在しよう! そうしよう! いいか? ナキャリーナ! クロード!」

「大丈夫よ!」

「オレはやだよ!?」

「んもう! クローくん? エコーちゃんのお願いなのよ? 聞いてあげましょ」

「じゃあ、オレも! オレも行く! お母さんも行こう!」

「だから、学校があるでしょう? だめよ、旅行を理由に休むのは」

「エコーちゃんと会えないなら、体調不良で学校行けないよ!?」


 一人反対するクロードお兄ちゃんは、どんな身体になっているというのだろうか。

 私に会えないだけで、学校に行けないほどの体調不良になるって、どんな体質?

 お母さんは、困った子ね、と零すが、お兄ちゃんの反対は聞き入れる気はないらしい。

 末っ子の珍しいお願い、強し。


「よし。じゃあ、エコー。改めて、おねだりをしてくれ!」

「? なんで?」

「もっと甘えた感じにおねだりしてほしいんだ!」

「うん、とても意味がわからない」


 何を言い出すんだ、この父は。


「ほら、そこだ! エコーは、物静かで大人びてるから、全然甘えてこない! だから、今のお出かけのお願いも珍しくて、お父さん達は嬉しいんだ! せっかくだから、もっともっと甘えてほしい!」


 わかるような……わからないような……。

 言い換えると、普段から子どもらしくないから、子どもらしく甘えて見せろ、ってことだろうか。

 ……もう物静かで大人びている娘だということで、今さっきのお願いで十分にしてくれないかな……。

 ……子どもらしい、おねだり……とは……?



「……お父さん」


 両手を合わせて、見上げる。


「お・ね・が・い」


 くりんっと首を傾げてからの、頑張って出した猫撫で声で、改めてのおねだり。


「――きゅわいいいっ!!!」


 合格らしく、またもや熱烈なハグを受けた。


「エコーキャットちゅあああん!!」


 横から新たな衝撃を受けたと思えば、お兄ちゃんからもハグをされたらしい。


「やーん! エコーちゃん可愛い!!」


 逆の方からも、お母さんのハグ。

 家族のぎゅうぎゅうハグ。

 ……多分、この可愛がり方は、通常じゃない……。

 家族の末っ子の溺愛。これは、きっと、普通じゃない。




 夜になると、部屋にお兄ちゃんが訪ねてきた。


「エコーちゃんが長く留守にするから、出掛ける前に一緒にいたい……」

「出掛けるのは一週間後なのに?」

「それまで、毎晩添い寝しよう?」

「……別にいいけど」


 溺愛が過ぎるって……。

 断る理由がないので、許可しておく。

 ベッドに潜り込めば、お兄ちゃんは腕を回してきては、頬擦りをしてきた。

 ……やっぱり、眠りにくいってことで、断ってもいいだろうか……。


「エコーキャットちゃんと、何日も会えない……憂鬱だ……」

「だから、一週間後だって……」

「そのあとは、地獄のような日々が待っているんだ……オレは死んじゃうかもしれない」

「それは引き留めてるつもりなのかな?」

「行くのやめてくれる?」

「んー。ごめんなさい。行きたいから、行く」

「うぐー! エコーキャットちゅあああんっ」


 きっぱりと引き留めを跳ね退ければ、激しい頬擦りをされてしまった。

 激しい。加減して。ほんと。


「そりゃあ、エコーちゃんは、他の種族を見たことないから、気になるんだろうけどさー……」

「お兄ちゃんは、会ったことあるの? ……この国って、あんまり他の種族がいないから、学校にもいないって言ってたよね?」


 ここ小さなコラーラ国は、大半人間しか住んでいないことが、特徴だと挙げられるほどらしい。


「んー……うん、まぁーね……」


 ちょっと気まずげに、口ごもるお兄ちゃんは、目を背けた。

 ん……?

 他の種族と会ったことがあると肯定するけれど、でもそれを話すことは嫌そうだ。

 ……魔物かな?

 クロードお兄ちゃんは、元孤児。親を亡くしたとなれば、魔物被害が主だ。引き取られた経緯を知らないし、元の家族の話も聞いたことないし……酷い経験をしたのかもしれない。……なんて、そんな勝手な予想をしてみた。

 賢い子どもと評価しても、子どもだからこそ、まだ教えたくない残酷な話は避ける。


「イターリー国に行けば、龍以外も見えるかな、会えるかな」

「そーだね。大きい国だから」

「お兄ちゃんは、イターリー国生まれだったよね」

「え? う、うんっ。……よく覚えてるね」


 ビックリと目を見開くクロードお兄ちゃん。

 物心ついた直後の頃。つまり、二年ほど前からだ。

 構い倒してきたお兄ちゃんが、唐突に明かした。


 自分は、血の繋がっていない兄なのだと。

 私が生まれる一年前に養子となったこと。そして、イターリー国の生まれだということ。

 それを尋ねて、知った。


「忘れてると思ってたの?」

「う、うん……流石に、ね……。だって、まだ絵本で文字を覚えようとしてたところだよね?」


 ……だから?


「そんな、不思議そうな顔をされるとなぁ……んー」

「な、何?」


 ぐりぐりーっと、額と額を押し付けられた。


「じゃあ、もう一回訊くけど」

「ん?」

「オレを兄だと思ってくれる?」


 あれ。そう言えば、そうだった。

 先に、それをポツリと言ってきたんだ。膝に乗せて、絵本の文字を教えてくれながら。


「クロードお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなのに、どうしてそんなことを訊くの?」


 まだ額を押し付けているお兄ちゃんは、瞼を閉じている。

 でも、へらりと口元を緩めた。


「えへっ……そうだねー。オレ、お兄ちゃんだよ。エコーキャットちゃんのお兄ちゃん♪」


 むぎゅーっと、クロードお兄ちゃんは、私を抱き締める。


「だから、お兄ちゃんから離れないでー! 行かないでー!」

「……お兄ちゃんでしょ。頑張って」

「ええー!」

「あと、苦しいから、加減して」


 まだ引き留めを諦めてなかったのか……。

 この激しさ、やめていただきたい。加減をお願い、お兄ちゃん。

 ……まぁ、お兄ちゃんのその質問の意味はわかる。

 血の繋がりのない事実って、無視は出来ない。

 私も前世で、継父相手には他人行儀だったし、父親違いの弟妹に家族否定されるのはつらいもんだ。

 ……そんな記憶。彼らの顔があやふやなように、都合よく消えてほしかったものだ。

 ちょっとだけ、抱き締め返して、私は兄の腕の中で眠った。



 

2024/07/08

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