◇03 龍と精霊と吸血鬼。
誰かが呼ぶ夢。
ちゃんとその声を聞き取ろうと。
そして、その姿を見ようと。
夢を追う。
「お寝坊さーん」
二度寝してしまったせいで、朝の挨拶のために部屋に入ってきたクロードお兄ちゃんに揺さぶられて、起こされてしまった。
「どうしたの? 夜更かしかい?」
「……夢」
「夢?」
「夢の続きが見たくて……」
「どんな夢?」
目元をこすって、眠気たっぷりの声で答えると、クロードお兄ちゃんは優しく尋ねてくる。
「……誰かが呼んでるの」
「エコーをかい?」
「うん。……誰か、気になって……」
「へぇー! ……男の子じゃないよね!?」
「……だったら、何?」
「男なの!? 許さん! どこのどいつだ!?」
「……何故なの?」
くわっと必死の形相になる兄を、遠い目で見てしまう。
五歳の女の子に対して、なんの心配をしているのだろうか。
それは、父が娘にする心配では……?
六歳離れているとは言え、どうして兄がそんな心配をするのだろう。
しかも、夢の話である。心配の必要が、全くない。
「どこの、どーいーつー!?」
「夢の話だって」
肩を掴まれてまで、揺さぶられた。
うんざりである。
支度を済ませたあとも、問い詰められたけれど、聞き流して朝食をとる。
母も興味を示しては「もうそんなお年頃なのね!」とはしゃいで、誰なのかと尋ねてきた。
あなたの娘は、基本引きこもりだから、男の子と交流していないのよ……。
あなたのお茶会仲間の娘さん方としか、浅い交流しかしていません。
そう考えると…………私は人付きが悪い、な……。
前世があれだもの。仕方ないのかもしれない。
「そうだった! お父さん、今日、帰ってくるわよ!」
「お父さん? 連絡、あったんだね」
ぱぁっと笑顔を輝かせて、お母さんは報告。
一般的な連絡手段は、ロケットペンダント型の魔導道具だ。加工された石は、対となっている。ロケットを開けば繋がるが、お母さんが持つのはお父さんからの連絡を受信するのみ。
一方通行の連絡手段。
……秘密組織で働いているせいだろうか……。
今なら、そう思う。
そんな父が、帰宅した。
警備兵として、防具を身につけて、腰に剣を携えた短い金髪の大男・カロス。
「ただいまー!! 愛しのナキャリーナぁああっ! エコーキャットぉおおっ! ちゃんと守ってたか!? クロードぉおおっ!!」
「あなたー! おかえりなさいー!」
「おかえりなさい! もちろん!!」
「……おかえりなさい」
お母さんに熱烈なハグをするお父さん。
見えない。秘密組織の人間に、見えないのだ。
警備兵は、カモフラージュなのか否か……。気になる。
騒がしく、バカ正直そうな父は、実は嘘つきかもしれない。……気になる。
そんなお父さんが、お母さんの次に私をハグしようとこちらを見た。
思わず、後退りする。
「え!? 反抗期か!?」
その行動に、お父さんはショックを受ける反応した。
ガビーン! という効果音が、聞こえそうだ。
だって、嘘つきかもしれない父から、そんなハグをされるのは……ちょっと、嫌。
「お父さん! エコーちゃんは、どうやら……好きな子がいるんだ!!」
「な、なんだって!? どこのどいつだ!!?」
嘆きじみたクロードお兄ちゃんの報告に、くわっと必死な形相になるお父さん。
だから、夢の話だってば。まだ考えていたのか、お兄ちゃん……。
お兄ちゃんの溺愛は、しっかりお父さんの影響を受けて育ったのか。
「いないってば。近所の男の子に友だちもいないもの」
「お兄ちゃんに秘密にするのか!?」
「いないってば……」
「お父さんも怒らないから!!」
「なんで怒られるの……? 本当に、いないのに」
げんなりである。
私の言葉を信じていない溺愛暴走状態である。
家族の溺愛って、どう対応することが正解なのやら……。
前世の家族だと、暴力を振られたことしか覚えがない父親だし、継父は他人だからそんな接触なんてないし、母親にも抱き締められた記憶はないし、弟と妹は長女としてご飯やおやつを分けた程度の優しさしか示してないから、中学生に上がれば、それこそ反抗期の態度をされただけだ。
……悲しきかな、前の人生。
「そんな話より、お父さん。私、イターリー国の歴史を読んでね。神ワンナが従えてたっていう龍と精霊と吸血鬼について、教えてほしいの。知ってる?」
とりあえず、溺愛への対応は、聞き流すという手段を取っている。
くりんっ、と子どもらしく、首を傾げて尋ねてみた。
お父さんは、目をぱちくりとさせる。
私はにっこりとしつつも、お父さんの反応を観察してみた。
自分のご先祖様の名前が出て、動揺するか否か、それを確認しようとしたのだけれど。
「いいぞ! お父さんが働いている国だ! もちろん、知っているからな!」
にぱっと、お父さんは明るく笑った。
私も、笑って見せる。
動揺が一切ないなんて、大嘘つきだってことか。
それとも、本当は知らないとか……?
でも、隠された本棚のある執務室を、探られないように家政婦の立ち入りをきつく禁止している。この前、家政婦本人にそれとなく尋ねたところ、一歩も入ることは許さないとまで言われたらしい。
だから、知っているはずなのに……。
父のことを、私はどう思えばいいのやら。
「じゃあ、どれから知りたいんだ? ん?」
着替えたお父さんに、談話室のソファーで、膝の上に横向きで乗せられた。
……わざわざ、膝に乗せる必要があるのだろうか……。
んー……でも、五歳の娘だものな……。まだ膝に乗せたい親心なのかしら……。
「一番気になるのは、吸血鬼かな。どうして神様に、吸血鬼が従うの? 吸血鬼って、何?」
前世で言えば、吸血鬼は夜のモンスターだ。生き血を啜る怪物。悪者のイメージが強い。
……地球の海外だと、イケメンモンスターとして、ラブロマンスの相手として、映画やドラマでブームがあった覚えが、ぼやあっとある。
残念ながら、この屋敷の本には、吸血鬼に関する書物がなかったため、この世界の吸血鬼について、私は知らない。
実は、神聖的な種族なのだろうか……?
「吸血鬼っていうのは、種族についてわかりやすいようにつけられた名前だ。鬼っていうのはな、超人的な力を持つ種族のことを言って、血を吸う鬼。でも、正しくは、血を操る不死身の鬼なんだ」
「不死身の鬼……?」
「生き物には、血が流れている。血は、生命力だ。えっと……生命力っていうのはな、んーと」
「命を保つ力?」
「! ……ほんっと、賢いなぁ! エコーは!!」
ムギュッと、ハグされてしまった。
きつい。苦しい。やめて。
筋肉がゴツくて痛い。
「エコーちゃんは、難しい言葉も理解出来て、賢いよねー。お兄ちゃん、負けないぞ!」
フン、と息巻くクロードお兄ちゃんは、六歳年下の私と、なんの勝負がしたいのだろうか……。
「その命を保つ力を操れるって、すごい種族だってこと?」
「そうだそうだ。実は、神ワンナが、従えていた吸血鬼は、最古の鬼の生き残りなんだ! 血を飲み続けるだけで、ずーっと生きられる種族! それが不死身の鬼! 他の生き物から、命の力である血を吸わせてもらって、それで生き続ける! 今も生きているんだぞー。まぁ、龍も精霊も今もいて、イターリー国を見守っているがな!」
つまり、他の生き物から命を吸収して、それを自分の力にして生きていく。血を吸う鬼。
生命力を操るということで、龍や精霊と並ぶ、神聖な力がある存在という認識があるのね。
「なんで最古の鬼の生き残りなの? 血があれば、生き続けられる種族なのに」
きょとん、とお父さんの顔を見上げて、疑問を口にする。
最古の鬼の生き残り。
引っかかってしまったのだ。
他の鬼は、どうしたのだろうか。
どうやら、答えづらい質問をしてしまったようだ。
お父さんは、困り顔になって頬を掻く。
「それは、もうちょっとエコーが、大きくなったら教えてあげよう! 今日は、神ワンナの龍と精霊も、知りたいんじゃないか?」
「うん、わかった」
幼い子どもには、聞かせられない、残酷な話なのだろうか。
ここは、潔く、引き下がっておく。
「じゃあ、次。龍は?」
「龍は、巨大だぞ! イターリー国の王城の上を、その巨体だけで、丸く囲えちゃうほどだ!」
お父さんは、腕を大きく広げて見せた。
残念ながら、その大袈裟な表現では、イマイチである。
王城を見たことがないので、首を傾げるしかない。
「純白な鱗と羽毛に覆われた蛇のように長い巨体は、それはそれは神秘な姿でな。人々は、魅了されていたそうだ。流石は、神ワンナが従わせる生き物だろう?」
「どこから来たの?」
「ん? んー……言い伝えでは、東の緑の山だそうだ。その緑の山は、平和そのものの美しい花畑で溢れていて、龍種族の楽園らしい。幻の場所だ。見てみたいよな?」
「幻の……龍の楽園……。うん、見てみたい」
平和な花畑に溢れた龍の楽園。幻の場所。興味が惹かれる。さぞ、美しい光景に違いない。
私は素直に笑顔で、コクリと深く頷いた。
お父さんは、にんまりと口元をだらしないくらい緩ませては、私の頭を撫でる。
……何故、デレ顔。
「次は、精霊だな。でも、精霊に関しては、エコーは知っているよな? この前、読んでたのを見たぞ。精霊の物語の本を」
「うん。全ての生き物は、量は違っても、魔力を持っているのでしょ? 木も、草も、花も、魔力がある。精霊は、それを糧にする存在。肉体を作り出す精霊もいるけど、魔力の塊のようにふわふわした姿が大半だから、魔法生物って呼び方もあるって、別の本に書いてあった」
「ほんっと、エコーキャットは賢いなぁ!!」
「エコーキャットちゃん、頭いい!!」
「きゃー! エコーちゃん、素敵!」
またもや、お父さんにムギュッとハグされた。絶賛するお兄ちゃんとお母さん。
私の評価が高い。五歳の子どもらしかぬ理解力だから、頭がいいと評価されて褒められるのは、まだわかるけど……。
もしや、私はこの家族に愛されすぎなのでは……?
普通の可愛がられる末っ子の対応って、これが通常なのだろうか……?
前世の家庭は、普通ではないとわかりきっているので、比較出来ない……わからない……。
お父さん、苦しいので、ハグ、もうやめて。
「神ワンナが従えた精霊は、肉体の姿も作り出せるつよーい力の持ち主だ。その肉体の姿は、語り継がれてはいないんだが……なんでも、その精霊は果てしない森の中の湖から誕生したと云われている。その森の木々や草花の魔力が湖に集まっていたからこそ、強い力の精霊となったそうだ」
生命力を操る最古の鬼。
幻の楽園の神秘の龍。
強い力の精霊。
「とっても強そうな種族を従えて、悪い王が操る魔物を倒したんだね。そう言えば、名前は?」
「そうそう。神ワンナはともかく、三方の名前はおいそれと口にしてはいけないから、今伝えられているのは、龍と精霊と吸血鬼という種族名のみだ」
「神ワンナは? どんな神様? どうやって龍と精霊と吸血鬼に出逢って従えたの?」
ワンナは、本当は人間だった。
特殊能力があれど、それだけでその強そうな種族を従えられるだろうか。
語り継がれている内容は、どんなものだろうか。
「ん? そりゃあ、神様だ。とんでもなく、強いからさ! 天から舞い降りて、姫君の願いを叶えるべく、従えた龍と精霊と吸血鬼とともに、国を救った!」
お父さんは、胸を張って言い退けた。
うわあ。
物凄く曖昧な回答だ。勢いで誤魔化せると思っているのかしら。
仮にも、賢いと評価する娘に対して、いい加減である……。
怪しさしか感じないのだけど。
神様は神様だから、とんでもなく強いって言うだけで、済ませられるものなのか……。
「神ワンナだけは、天に戻ったが、今だって見守っているぞ! 龍と精霊と吸血鬼だって、イターリー国に居続けているんだ!」
「えっ。イターリー国に……今もいるの?」
「ん? そうだぞ? 300年ずっと、イターリー国にいるんだ。見守ってくれているんだって、言ったじゃないか」
正真正銘、イターリー国に居る。
その事実に、びっくりしてしまう。
てっきり、自分の故郷にいて、そこから目を光らせている。程度だと、勝手に思っていた。
ワンナだって、他国に移り住んで、ハート家を遺したくらいだもの……。
まだイターリー国にいるってことは……まさか、現在進行形で秘密組織【カエルム】で、関わっていたりするのだろうか……?
明日からは25話まで1話ずつ更新予定です。
2024/07/07◇