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虹色の光をまとう転生少女は、神に生き様を見守られている。  作者: 三月べに


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23/28

◇23 最期の記憶の夢。




 お父さんが帰宅してから、一週間が経つ。

 毎日ランニング。時々、魔法の練習。

 お母さんが趣味のお茶会に行っている間、私は談話室のお父さんに寄り添われて、ソファーで本を読んでいた。

 お父さんは、背凭れにだらしなくぐったりとしては、ぐーかーと大口を開けていびきをかいて寝ている。

 慣れっこな姿だ。いびきの音も、聞き慣れた。

 お母さん曰く、家で安心しているからこその姿なのだとか。

 気を張り続けて警備兵の仕事を頑張って、我が家で休んでいる。そこも可愛いと思っているのだとか。

 お母さんがいれば、お父さんは何の躊躇もなく、膝枕をしてもらい、ぐーすかと寝息を立てていたはず。

 時には、私を抱き枕にもする。我が家の日常だ。

 んー……。

 私も眠くなってきた。

 読んでいた本を閉じて、私は抱いたままお父さんの膝の上に頭を置く。

 身じろぎしたお父さんは、目を開かないまま、ポンポンッと頭を叩いてひと撫で。

 深く息を吐いては、すぅすぅと寝息を立てる。

 そのうち、また豪快ないびきになるだろうけれど、もう慣れたから気にならず、眠れるはずだ。




 ――――痛い。苦しい。吐きそうだ。

 支離滅裂な光景。

 引き裂いた写真を繋ぎ合わせたような。

 黒く塗りつぶされた動画の滅茶苦茶な再生のような。

 命の灯火が、消えてしまいそうだ。


「……君は、最期の時まで、笑うんだな」


 ぐらつく視界の先には、ワンナがいた。

 ぼやけていたけれど、少しだけはっきりと見えたワンナは。

 泣いてしまいそうな微笑みを浮かべて、見上げていた。

 傅くようにして手を握り締めるワンナ。


「最期こそだからでしょ」


 絞り出す声は、カラカラの喉を通っていく。

 ええ、そう。

 これで、最期だ。

 もう、おしまい。

 黒に染まる光景。

 真っ黒な霧が、徐々に晴れていくと思えば。

 だめだ。だめだ。だめだ。

 もうやめて。やめてって。やめてって。

 どうして、そんなことが出来るの?

 どうして、苦しませることが続けられるの?

 なんで国王であろう者が、国民を苦しめ続けるの?

 雑音で掻き消える自分の声が、木霊する。

 声が届かない。虚しい。

 声が届かない。悲しい。

 声が届かない。苦しい。

 ――――もう時間がない。

 終わりにしないと。

 目の前で、顔の見えない男が、何かを喚く。


「お父様。これが最後です」


 醜く喚き続ける彼に、剣先を突き付けて、告げる。


「償いを」


 何度目だろうか。

 これは最後。本当に最期だ。

 それなのに、聞いてくれない。

 聞いたことなんて、一度もなかったもの。

 最後まで、私の声は、この人には届かなかった。

 目を一つ、閉じて、そして開いた瞬間に。

 突き刺した。

 絶命するまで、見下ろす。

 見届けなければいけない。

 これは、私の戦いの終止符だ。

 王が息を絶えた玉座の間。

 ここまで来てくれたワンナ達は、何も言わない。

 ただ、静かに見守ってくれている。私がそう頼んだから。

 私も、何も言わなかった。

 だけれど。

 けれども。

 心の中では、ずっと。

 ずっと、ずっと、ずっと―――――。



 私は――――悲痛な絶叫していた。



 それでも。

 振り返れば、そこにいてくれる味方のワンナ達には、それは聞かせたくない。

 私は何も遺したくない。本当なら、存在そのものはなかったことにしたい。

 けれど、そんなことは無理だものだから。

 せめて。

 笑った私だけを、彼らの中に遺させてほしい。


「君は……酷いことを言うんだな」


 陽射しの下。背にする噴水の水音の中で、隣に座るワンナの声が届く。

 他の三人も、同意したような視線を注いでいることはわかった。


「それは悪いとは思うけれど」


 私はあっけらかんと言う。

 本当に、悪いとは思っているのよ。

 大事に思ってくれているあなた達には、本当に……。


「わたくしは、あなた達といたわたくしが遺っていれば、それでいいわ」


 それ以外が、消え去ってもいいんだ。

 いや、消えてほしい。

 最後の記憶に戻る。


「……君は、最期の時まで、笑うんだな」


 ぐらつく視界の先には、ワンナがいた。

 また、ワンナだ。

 泣いてしまいそうな微笑みを浮かべて、傅いて見上げていた。

 手を握ってくれているけれど、私にもう。

 握り締める力なんてない。


「最期だからこそでしょ」


 多分。これが最期に見せられる笑みだ。

 空を見上げる。

 澄んだ水色。最後にもう一度だけ、虹色を見たかった。

 でも、もう。時間切れだ。

 ゆっくりと、後ろへと倒れる。

 噴水の中に落ちる前に。

 暗闇に落ちる――――。




「エコー!!」


 肩を揺さぶられて、大きな声で呼ばれて、びくりと震え上がった。

 お父さんが、私を見下ろしている。


「え……? なに……?」

「何って……苦しそうだったから……呼んでも起きないし……大丈夫か? 怖い夢を見たのか?」


 起き上がろうとすれば、お父さんは手伝ってくれた。

 怖い夢……?

 お父さんの膝の上で、魘されていたのか。


「うん……大丈夫」


 俯いて、額に手を当てれば、ちょっと汗が張り付いていた。

 大丈夫だ。

 ちょっと記憶が、滅茶苦茶に蘇っただけだもの。

 それにしても、最悪だ。

 一番思い出してほしくない部分を、取り戻すとは。

 実の父親の心臓を、剣で突き刺さす記憶なんて……。

 悲痛な絶叫を呑み込んだ。

 身を裂かれそうなほどの酷い感情の爆発の絶叫を。

 彼らの記憶に、残さないためにも。

 大事だった。とても大事だったワンナ達の中に遺りたかったのは、そんな叫びを上げる自分ではなかったから……。

 記憶を取り戻すなら、順番に戻ってきてほしかった。

 いきなり、そんな重たい感情と経験を押し流してこないでほしい。

 時系列も、滅茶苦茶だったな……。

 走馬灯って、あんな感じだろうか。


「エコー」


 お父さんが、私の前にしゃがんで、両手で私の顔を包んで上げさせた。


「本当は、つらいんじゃないのか? 大丈夫なんかじゃないのか?」


 痛々しそうに見つめてくるお父さん。


「クロードもそうだが……怖かったり、不安になったら、言ってほしい。クロードは、血が繋がっていなかったから、ちょっと不安になって、大好きなエコーにちゃんとお兄ちゃんだって思われたくて、確認でフライングした。エコーは、どうなんだ? あの事件で、本当は怖さが残ってるんじゃないか? だから頑張ってランニングしたり、魔法の練習して、自分を守りたいんじゃないか? お父さんに話してくれ、エコー」


 真剣に慎重に、お父さんは尋ねた。

 クロードお兄ちゃんのように、見逃してしまわないように、私に問う。

 本当はトラウマとして残っていて、それで怯えているのかもしれない。

 一見、前向きな変化は、恐怖による影響だと。

 今のは、それの表れなのかもしれないと、考えてしまうのも無理ないだろう。

 拉致事件に遭ったあとだもの。それ以外、考えられない。

 まさか、前世の前世の記憶に魘されたなんて、わかるわけがないもの。

 いい親とは、こういう人のことなのだろうか。

 和気あいあいと抱き締め合っては笑い合うだけじゃない。

 ちゃんと見つめて、それから声を聞こうとする。

 子どもを、ちゃんと気にかけて、大人として見守って育てていく。

 前世も、前世の前世も、いい親には恵まれなったから……。

 新鮮なんだね……溺愛も、ちゃんとした親の言動も。


「お父さん」


 顔を包むお父さんの左手に自分の手を添えて、すりすりと親指で撫でる。


「さっきのは、なんだが滅茶苦茶で、ぐちゃぐちゃだったんだけど……怖いんじゃなくてね、苦しかった夢だったの。叫びたかったけれど……叫べなくて……それで多分、苦しかったの」

「叫べなくて、苦しい夢……?」

「うん。ただの悪い夢だよ。そうでしょ? 起きれば、お父さんがいるし、お母さんもいるし、お兄ちゃんもいる。大丈夫だもん」


 微笑んで、私は伸ばした手をお父さんの頭の後ろに伸ばして、そっと引き寄せて、腕で包み込んだ。

 いい家族がいるのだから、大丈夫。

 悪夢のような家族がいた、前世と、前世の前世とは、違う。


「大丈夫じゃなかったら、ちゃんと言うから。大丈夫。あの事件は、本当に大丈夫だよ。お父さんが捕まえてくれたんだもん」

「……ああ、そうだ。あんな悪者は、しっかりと捕まえた。大丈夫だ。エコー、約束だぞ? ちゃんと言ってくれよな」

「うん」


 お父さんは私を抱き締めると、ポンポンと頭の後ろを掌で叩いた。

 お父さんの温もりを感じて、目を閉じる。

 ……キャットリーナは、私だったのだな。そう思えた記憶だった。

 どんな扱いをされようとも、家族という情に縛られてきて、苦しんだ。

 前世なんて、まだマシに思える苦しみだったと思う。

 何も遺したくない。そんな気持ちも、わかる。

 民を苦しみ続けた傲慢な王の血筋なんて、遺したくなかった。自分で最後にしたかったんだ。

 大事な味方になってくれたワンナ達には、せめて笑った姿だけを遺したかった。

 でもね。前世の前世の私。キャットリーナ姫。

 あなたは、多くを遺した。

 そして、想像以上に、ワンナ達の中で大きな存在として、遺っているんだ。

 神になってまで新たな生を与えるほど。

 300年も、待ち続けるほど。

 とんでもないほどに、キャットリーナは遺っている。




 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆




 300年前。

 のちに【約束の広場】と呼ばれることになる噴水広場。

 ワンナはいつもと変わらない賑やかな人々の声を遠くに聞きつつ、支えた彼女を見下ろす。

 水飛沫を上げる噴水。

 そこに落ちてしまう前に、受け止めたが、波打つ白金色の髪は落ちてしまい、水に浸かっている。

 ゆっくりと引き寄せれば、水から上がった髪から、ポタポタと水滴が落ちた。


「悪い……お前達。来るまで、引き留められなくてさ」


 振り返ることなく、ワンナはやってきた友人達に謝罪を向ける。

 それに対して、彼らは何も言わなかった。

 ただ、ワンナの腕の中で、もう息をしなくなったキャットリーナを見つめる。

 眠っているような白い顔に、ポタポタと水滴が落ちた。

 声を押し殺して泣くワンナの涙だ。

 まるで、キャットリーナの流した涙のように、頬を伝う。

 小さな龍の姿をしたガシュナナルゼは、空に向かって咆哮を上げた。

 悲しみを吐き出したが、それでも足りなく、小さく小さく、泣き声を零しては俯く。

 ワンナは震える腕で、冷たくなっていく身体を抱き締めた。

 水を吸い込んだ髪とともに、ポタポタと水滴と涙が、噴水の水場に落ちていく。


「キャットの最後の願い通り……オレ達で火葬しよう」


 キャットリーナの濡れた頬を、ヴァンファルガーは拭って、そう静かに促す。


「ああ……わかってる……」


 放しがたくても、最後の願いを叶えてやらなくてはいけない。

 大きな龍の姿に変わったガシュナナルゼの背に乗って、キャットリーナの遺体を火葬するための場所へ向かう。


「…………なぁ、アスタリークア」

「……なんだ?」


 呼べば、精霊のアスタリークアは人の形となって、隣に現れた。

 長い髪が、風で舞い上がる。


「オレ。神になろうと思うんだ」


 真上を見上げて、ワンナは告げた。

 抱えたキャットリーナの身体をしっかりと片腕で引き寄せて。


「キャットリーナに、もっと違う、自由に生きられる人生を与えられる神になる」


 もう涙を流していない瞳は、遥か遠くを見つめていた。



 

2024/07/25

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