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◇02 謎のメッセージ。




 この執務室の表向きの本棚にあった歴史に関する本の中で、イターリー国のことは多少知っていた。


 イターリー国は、かつて、イターリー王国だった。


 最後の王は、国民から税を搾り尽くす勢いで、贅沢三昧の日々を過ごす傲慢な者だったのだ。


 そのせいで、あちらこちらで犯罪が多発。飢えを凌ぐための盗みは、横行。延長上で、殺人事件が起きるのも少なくない。

 兵は疲れ果て、騎士は誇りなど持たない、そんな時代だったが、救世主がいた。


 王の娘である姫君だ。


 姫君は、徴収された税を、秘密裏に国民に返していた。ある時は、徴収のために派遣される騎士や兵の邪魔をすべく、伝達を阻止。ある時は、運搬の道や馬車を教え、賊を装った人々に奪わせては、国民に返した。


 もちろん、それだけでは、足りない。国民の苦しみは、続く。

 税が集まらないと激怒した王は、魔物を操る禁忌の魔法を使い、税を素直に渡さなければ、命を奪うとまで宣言した。


 だから、姫君は終止符を打つために、力を借りた。


 応じたのは、神ワンナ。

 従えた龍と精霊と吸血鬼も、手を貸した。

 禁忌の魔法で呼び集めた魔物の群れの進撃を、圧倒的な力を見せつけて、神、龍、精霊、吸血鬼は消し去ったのだ。


 そして、神ワンナが従えた龍と精霊と吸血鬼とともに、姫君は傲慢な王を討ち破ったのだ。

 傲慢な王から解放された国民達は、姫君を次の王になってほしいと望んだが、姫君は拒み、こう告げた。



 ――――王座に王のいない国で、幸せに生きましょう。



 それから、イターリー王国、改め、イターリー国となったのだ。

 神ワンナ、そして龍と精霊と吸血鬼が見守る、幸せな国となった。



 それが、イターリー国の常識的な歴史。

 だが、隠された本棚の本を、ここ数日読んだ私は、逸話を知った。


 ワンナは、人間だ。

 ハート家の始祖らしいワンナが、イターリー王国の姫君とともに、傲慢な王に立ち向かったらしい。


 ワンナは、【ギア】と呼ばれる魔法とはまた違う、特殊能力を持っていた。瞳が虹色に煌めき、身体能力も魔力量も魔法の威力も上がる、パワーアップ状態になるもの。

 どうやら、それは遺伝のみで受け継がれる特殊能力だったらしい。


 元々、ワンナはその能力を使って、国で暴れる犯罪者と戦っていた。

 そんなワンナと姫君が出逢って、国の安寧のために結託。

 ワンナが率いる組織【カエルム】が出来上がった。

 創設当初のやることは、自警団だったのだが、その後、どうやら、イターリー国の治安を守る中枢の秘密組織になることを目指したようだ。


「……うちのお父さん……秘密組織の人間?」


 お母さんにメロメロだし、お兄ちゃんとはチャンバラする仲だし、私を溺愛しているお父さん。


 警備兵ではなく、秘密組織で働いているのか。

 もっと深く知ろうと読み漁れば、秘密組織【カエルム】の掟では、血筋を引く者のみが、組織のボスになると固く決められているとのことだ。

 それも、特殊能力【ギア】を覚醒している者のみ。虹色の瞳を持つ者が、ボスの証。


「…………秘密組織のボス……なの、か?」


 秘密組織といえば、ミステリアスで危険な雰囲気を漂わせるイメージなのだが……。

 私が見てきた父は、豪快に笑う大男。

 頭を使うより、筋肉を使って動き回るタイプだ。

 秘密組織の勝手なイメージで、秘密裏に動くタイプとは真逆としか思えない。


 ちょっとヤケになって、父が秘密組織のボスではない証拠を探してしまった。


 見付けたのは、ワンナの次にボスになったのは、同じく【ギア】を使えるようになった弟だということだ。


 ワンナが生きていた時代は、300年も前。

 つまり、遠い遠い親戚がいるというわけだ。


 ボスの資格である特殊能力【ギア】を持つ者は、他にもいるので、現ボスが父とは限らない。


 ホッ。

 だがしかし、違うという証拠でもない……。


「……そのワンナが……なんで歴史では、神なんだろう?」


 大きな疑問点。

 ワンナは人間で、ハート家の始祖。


「神聖な偉業を成し遂げたから、神扱いになった……とか?」


 神格化ってやつだろうか?


「龍や精霊も従えていたとあるし……神と称されるのも、無理はないか。……吸血鬼は、何故だろう。よくわからない組み合わせ」


 魔法が実在する世界。私は魔物だって見たことはないが、妖精も精霊も、龍も実在する。


 神聖さを感じ取れる龍や精霊はともかく、吸血鬼ってなんだ?


 首を傾げずには、いられない。

 どんな経緯で、ワンナに従っていたのやら。

 気になるので漁っていたのだが、別のことが、新たにわかった。



「姫君とワンナの合わせ技……【ギアヴァンド】?」



 姫君とワンナが接触している時のみに、ワンナの【ギア】が、まるで魔法と同等に、目の前に現れる現象が起きる技があったと記されている。

 その能力が発動される時、鐘の音が鳴り響き、虹色の光りが周囲に散乱する光景。まさに、神のみわざ。


「神と呼ばれたのは……これのせい、かしら?」


 しかし、続きを見て、顔を歪めてしまう。


 その技は、間もなくして姫君が病死して、二度と見れなくなった。そう書き記されてあったのだ。


「……間もなくして死んだ……」


 ポツリ。なんとなく、口にして呟く。


 死。転生前の暗闇を思い出さずにはいられない。

 そして、差し込んだ光の中から、手を差し伸べた青年。


 神として名が残ったワンナ。

 私が転生したハート家の始祖。



「…………結局、私が転生した理由が、わからない……」


 隠し本棚の中央にあるワンナの肖像画を、睨むように見ても、答えはくれない。


 ワンナは死後、本当に神になって、誰かを転生させる権利を得た……とか?


 それなら、何故私だったのやら……。


 異世界から転生させるもの……?

 必要性が思い浮かばない。


「…………そういえば……私は【ギア】……使えるのかしら?」


 自分の手を見て、ふと疑問を口にする。

 血を継いでいても、特殊能力【ギア】は、覚醒が必要。


 もしかして、ワンナは【ギア】を覚醒出来る者を、自分の直系として転生させたのでは?

 私は、覚醒が出来る者……?


 つまり、ワンナは、私を秘密組織【カエルム】のボスに推している……?



「……それは、ないない」


 頭に浮かんだ説を、右手を振って、自分で否定しておく。


 なんでわざわざ異世界から、私を選ぶんだ。

 絶対に、他に相応しい魂があったはず。


 前世を考えると、徳を積んだ覚えはないし、選ばれる要素が全く浮かばない。


「うー……。スッキリしない。モヤモヤする」


 新しい発見はしたが、謎が深まった。


「今現在の【カエルム】を調べるべきかしら……」


 実は今現在の秘密組織【カエルム】に問題があるから、解決してくれ! 的な頼みによる転生かもしれないと過ぎったが、やっぱり私である必要性がないため、脳内でその説を蹴り飛ばしておく。


 手っ取り早く、父に尋ねようか。

 でも、前世の世界では、犯罪組織であるマフィアは、根源は自警団だったはず。

 今現在の秘密組織【カエルム】も、犯罪組織のマフィアだったら、どうしよう……。


 むやみに問うのは、得策ではない。


 慎重に把握して、なんか触れてはいけない組織なら、そのまま知らないふりをするべきかも。

 でも、他に調べる手立てがない。


 隠し本棚にあるのは、ワンナ・ハートに関することだけだ。

 ハート家の始祖で、人間だった彼の軌跡。


「ふぅ……」


 もうそろそろ、母が帰ってくる。

 私は取り出した本を、本棚にしまった。

 高い位置にあったので梯子を使ったのだが、ジャンプして降りた際に、ワンナの肖像画に肘をぶつけてしまう。額縁が、揺れた。

 てっきり壁にぴったり貼り付けられた絵かと思っていたのに。


 まさか!

 まだ隠しなんとかがあるのか!


 と、額をめくったのだが、そこは壁だった。

 念のために触ってみたが、平らな壁をペタペタと触っても、隠しなんとかは、ないようだ。

 残念。新たな発見が出来るかと思ったのに……。

 ……隠し部屋があってもいいのになぁ……。

 魔法のファンタジーさとは違う、ワクワクさがあるもの。


「ん?」


 ワンナの肖像画の額の裏には、デカデカと文字が書かれていることに気付く。



「『再会の約束の場所で、彼らは待ち続ける』……?」



 再会の約束? 彼ら?


 なんのメッセージだろうか。

 首を傾げたが、最後の文章を見て、大きく目を見開いた。



「……『君を呼ぶ』」



 今朝の夢を、思い出す。


 誰か、自分を呼ぶ夢。

 遠い遠い記憶のように思える。


 その声は、温かみを感じる、優しげなものだった。



「どこで……」


 再会の約束の場所とは?


「誰が……」


 彼らとは?


「……私を呼んでいるの?」


 このメッセージは――。



 私宛てなのだろうか?




   ◆◆◆◇◆◆◆




 イターリー国の都。

 かつて、王都と呼ばれたそこには、王城がある。

 そこには、王はいない。

 王座は、300年も前から、空席だ。


 代わりに、重臣の貴族達が、同格の立場で国をよくするために働いている。会議を行ったり、貴族同士の交流のためのパーティーを行う場。

 だが、王城の半分の区画は、一般民のものだ。

 都市の家族なき子や、家なき人が、部屋を与えられて住んでいる。必要最低限の世話しか出来ないものの任された管理者は、誠意を尽くす。

 幸せに生きましょう、と告げた、亡き姫君が遺した慈善活動の一つ。

 血の繋がった家族がいなくとも、幸せそうに楽しげに笑う子がいる。働き口を探し、次の幸せを掴むためにも、そこの手伝いをする人がいる。


 そんな王城が見える、とある場所。

 封鎖された広場。


 噴水が中心にあれど、水はなく、枯れ果ている。

 その縁に、人の銅像があった。

 フードを深く被った男性らしき銅像は、縁に座り、腕を組んだポーズで構えている。


「あー!!」


 どこからともなく響く、若い男らしき声。

 ピキピキと音を立てて、銅像が瞼を開く。

 銅像ではない。銅像のように固まった男だったのだ。

 噴水と同等に枯れ果てた身体は、干からびていて、満足に動けるようには見えない。

 だが、瞳は宝石のルビーのような輝きを秘めた美しさがある。

 それが向けられた方に、ポオッと球体の光りが集まっていく。


「遅い! 遅いぞ! おそーいっ!!」


 ライトグリーン色の光りの集まりが、騒がしく声を響かせた。

 銅像のように固まった男は、すぐに興味をなくしたように、目を背けて、瞼を閉じる。


「……どのくらい、時間が経った……?」


 地を這うような、低い声が響く。

 フシューと息が吐かれれば、地面にあった落ち葉が、ひらひらと舞い上がった。

 身じろいだのは、巨体だ。

 噴水に沿って、身体を丸めて、広場に横たわる大きな大きな灰色の龍。


「知るか! ずっとここにいるからな!! 恐らく、何百年もな! だから、揃って待ち続けなくていいんじゃないかと、ワシは言ったんだ!!」


 ライトグリーン色の光りは喚くが、龍も男も、静かなものだった。


「……うるさい……」


 男は掠れた声で、それだけを言うと、もう沈黙する。

 銅像のように、微動だにしなくなった。

 龍も巨大な置き物のように、動かない。

 光りはフッと消えて、静寂な噴水広場に戻った。


 封鎖されたその場所。


 かつて、神ワンナが従えていた、龍と精霊と吸血鬼が、そこにいた。

 イターリー国の人々は【約束の広場】と呼んでいる。


 だが、しかし。


 なんの約束かは、知らない。

 どうしてそこに、居続けるのか。


 諸説はあれど、本当の理由は、皆は知らないのだった。



 


今日中にもう1話更新予定です。


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