◇01 異世界転生の謎。
2024/07/07◇
タイトル略して『虹色少女』
二年前の誕生日に思い付いたお話。
25話まで毎日更新。今日は3話まで。
誰かが、自分を呼ぶ夢を見る。
まるでそれは、遠い記憶にも思えてならない。
でも、そんなわけがないのだ。
この世界に生まれて、まだ五年。ここ三年の記憶ははっきりあるわけで、そんな遠くの記憶があるわけがないのだ。
生まれる前の記憶だって、誰かが呼んでくれるような人生を送った覚えがない。
温かい光の中、優しく呼びかけるような相手。
前世にはいないはずなのだ。
「おっはよー! 愛しのエコーキャットちゅあああんっ!!」
起き上がったところなのに、飛びつかれた私は、そのままベッドに押し倒された。
「おはよう、お兄ちゃん……こういう朝の挨拶は、やめてほしいと何度言えばいいの?」
「そんな! つれない!! 我が妹が冷たい!!」
頬擦りをしてくる兄に、うんざりしてしまう。
私の名前は、エコーキャット・ハート。
それが生まれ変わった私の名前である。
死因は覚えていないのに、私には歪んだ家庭環境で生きた人生の記憶がある。ひねくれた性格で、苦しみながらも生きた。そんな前世。
死んだ原因は知らない。死んだことだけは、わかっていて、私は暗闇にいたのだ。
そこは、死後の世界だったのだろうか。確信はない。
自分の存在の有無も、あやふやな空間は、時間の経過もわからない真っ暗闇。
恐怖と絶望で、泣き叫んでいた気がする。それなのに、無音。
恐ろしい闇の箱の中にでもいる気がした。
そんな私に、光が差し込んだ。
青年が、その光りの中から手を差し伸べてきて――――私は、その手を握った。
そして、物心がついた三年前に、ようやく転生していることに気付いたのだ。
エコーキャット・ハートとして。
波打つ髪は、肩よりも長く、時折、赤みを帯びた艶に光る薄茶髪である。これは、母譲り。
瞳は、青色。これは、父譲り。
色白の肌で、頬はほんのりと赤みが差す薄い桃色だ。子どもらしい。
「苦しいんだもん」
「ハッ! 痛かったかい?」
起き上がらせてくれる兄は、心配そうに顔を覗き込む。
こげ茶に艶めく黒髪と、茶色の瞳を持つ兄の名前は、クロード・ハート。6歳年上の兄。
母と父の色を持たない彼は、実の息子ではない。
私が生まれるずっと前に、養子としてハート家に迎えられたのだ。
それでも、母と父は実の息子として育てているし、クロードお兄さん自身も、私を実の妹として可愛がってくれている。
……溺愛の域だけど。
「大丈夫」
「そっか。今後は、加減を気を付ける! さぁ、支度をして。お母さんと一緒に朝食をとろう」
だから、やめてほしいと言っているのに……。
力加減の問題ではない。
クロードお兄ちゃんは、ウインクをしては、部屋を出て行った。
一息つくとともに、肩を落として、私はベッドから降りて、支度をする。
自分の部屋の隣にあるバスルームに入って、土台を設置してから蛇口から水を出して顔を洗う。
歯も磨いて、バスルームを出たら、クローゼットからワンピースドレスを取り出して、着替えた。
ここは、間違いなく、異世界である。
前世の世界でありふれた物語の異世界転生をしたのだ。
その証拠に、私は差し出した掌から、ぷくりっと水を出した。
たまに、ここが異世界だという実感を得るために、やる癖だ。
渦巻くから、窓から差し込む光りで煌めくそれを、フッと蒸発させるように消す。
魔法。
魔力で操る魔法が実在するこの世界は、前世の世界の物語によくあった、なんちゃって中世風な世界観に近い。
見た目だけは、一昔前の洋風のお屋敷や家が並ぶ街並みだ。
けれど、魔法技術を活用して、快適な日常生活をしている。
水を出す水道も、そして火を灯すコンロなどは、魔導道具と呼ばれていて、身近な物としてあった。
魔導道具の作り方を、気になって尋ねてみたところ、魔物などを素材にして、あとは職人の適性属性の魔力を込めて仕上げるそうだ。
適性属性。
人には、一番得意な属性の魔法がある。それは感覚的に決まるけれど、結構、明確にわかるものだ。
得意な属性が、適性属性と呼ばれる。
例えば、私の場合だと、今出した水だ。
属性は、火、水、風、雷、土、木。この六つだ。
あとは、治癒系の魔法である白属性と呼ばれるものがあるけれど、これは誰もが使えるわけではない。
六つの属性の方は、誰しもが不得意があれど、ほぼ使えるもの。
別に、大それた呪文を唱える必要はない。
魔法の発動に、必要なのは、魔力と技量。
魔導道具職人や、魔物などと戦う職業の人々は、それを学ぶために学校に通ったり、弟子入りもするらしい。
魔法を使わずして生活する他の人々は、必要最低限に身を守るための技を、身につける程度だ。
私も水を盾にするという技をするけれど、私はまだ五歳。
だから、練習していたら、父に怒られてしまった。
なんでも水属性の魔法で、幼い子どもが誤って溺死する事例もあるそうで、それを酷く心配されたのだ。
……こっそりしているけれどね、練習。
だって、前世の世界にはないモノだ。
魔法、使いたい。
ハート家は、ちょっとしたお屋敷だ。四人家族には、広すぎる二階建ての洋風の屋敷は、週一に掃除の家政婦が来るくらい。
二階は、家族四人の自室。そして、客室として空いている二つの部屋がある。
中心にある大きな階段を下りた先の一階は、リビングルームとダイニングルーム、キッチン、談話室、執務室。
大きい屋敷だけれど、貴族ではないと、父は笑い退けた。
単に、お金持ちだった先祖代々から引き継いだ、ちょっとだけ大きな屋敷だ、と言ったのだ。
ただし……それは、疑わしい。
「おはよう、エコーちゃん!」
「おはよう、お母さん」
おっとりと笑う美人な母・ナキャリーナ。少々天然なところを披露する母は、見た目通りのおおらかな性格。
近所の友だちとお茶会でお喋りを楽しむことが、趣味である。
「おはよー! エコーちゅあああん!!」
「うっ! さっき挨拶したでしょ、お兄ちゃん……」
「何度でもしよう!? 朝のハグ!」
一度で十分だと思う。せめて。せめて、一度で留めてよ。
そう思っていれば、抱き締めてきたクロードお兄ちゃんに、ひょいっと抱え上げられては、椅子に座らされた。
「ほら、クローくん。学校の時間よ」
「あっ、はーい!」
自分の席に戻ったお兄ちゃんは、お母さんに急かされて、食事を慌てる。
そして、登校していくので、母と見送った。
「エコーちゃん、今日はどうする? 今日は、お隣のマリアーナさんのお茶会に行くのだけれど」
「んー……。今日も、お留守番する。本読みたい」
「今日も? そう。わかったわ。いい子で、本読んでね」
たまには、お母さんについていってお茶会に参加するけれど、歳の近い女の子達とキャッキャッとお人形ごっこするのは、退屈なのである。
お人形ごっこするような精神年齢ではないので。
彼女達の精神年齢に合わせるのも、わりと疲れてしまうのだ。
それに、用もある。本を読むことに変わりないのだから、嘘ではない。
母も見送ったあと、私は執務室へと真っ直ぐに向かった。
執務室と言っても、そう昔から呼んでいるだけで、父の仕事場ではない。
父・カロスは、隣の国で警備兵として出稼ぎに行っているので、家では仕事をしないのだ。
もっとも……本当に警備兵かは、疑わしいが。
真ん中に置かれたのは、古びた机。
壁には、本棚がずらりと並ぶ。小説から、歴史の本まで、ぎっしりだ。
まだそれらを読破していないが、今はそれらが目的ではない。
この部屋だけは、家政婦に掃除させることなく、父が自分で掃除するらしい。
生前この執務室を使っていた父のためだ、とか。そう言っていた。
ちょっと違和感を覚えたのだ。
そもそも、出稼ぎ警備兵だということも、怪しいと思っていた。
生まれ育ったこの国・コラーラは、小さいながらも、比較的安全で豊かだ。
警備兵なら、大きい隣国・イターリーの方が稼げる。大きい隣国ならば、犯罪はそれなりにあるのだ。
だから、理解が出来るのだが……。
先ず、気になったのは、不規則な出勤と退勤だ。
警備兵の仕事は、汗水垂らして人々を守るのだと言ってはいた。
お母さんもお兄ちゃんも、そうだと肯定。仕事内容は、そう把握した。
だが、おかしい。
帰宅するとお父さんは、一週間以上も、まったりと家に過ごすことが多いのだ。
どんな仕事のシフトなんだ、とずっと疑問だった。
コラーラ国とイターリー国は、転移装置でひょいっと移動出来るらしいから、もっと帰ってもいいと思う。どうして、仕事で長く家を空けては、ひょっこりと帰ってきては家で何日も過ごすのだろうか。
子どもだから、どうして? なんで?
そういう好奇心の質問をするのは、変ではないだろう。
だから、私は直接尋ねた。
そうすれば、お父さんは「そういう仕事なんだ!」と言い退けたのだ。
納得出来なかった私は、つい先日に見付けた。
真ん中に置かれた机の裏側にある壁の本棚。
本を落としてしまい、拾ったところで、引きずったような跡が床にあると気付いたことがきっかけだ。
右から三番目の奥ばった本棚の端を両手で掴み、思い切って押す。
ガタンガタン、と本棚は揺れながらスライドして開く。
現れたのは、新たな本棚だ。
本だけではない。
ひと昔のものであろう銃とナイフと剣も、飾ってあった。
中心には、肖像画がある。
古びたその絵の人物は、見覚えがあった。
凛々しい面差しの青年。
前世の死後の暗闇から、光りとともに現れて、手を差し伸べた人物。彼と顔が重なる。
「……ご先祖様、らしいけど……」
彼の正体は、ハート家のご先祖らしい。
だが、そんなご先祖が、なんでまた、私の転生に関わってくるのだろうか。
「ワンナ・ハート……」
肖像画の下の額縁に書かれた名前。
しかし、妙なことに、ワンナという名前の神が、この世界にいる。
しかも、イターリー国が信仰する神だ。
どんな繋がりだろうか。
私を転生させたであろう青年。
ご先祖であろう人物画と同じ顔。そして、神と同じ名前。
父はその神を信仰する国で働いているようだが、職業を疑う武器がご先祖の絵とともに密かに隠されていた。
――――この転生。
深い意味があるようだ。
調べないわけには、いかないだろう。
前世の家庭環境は、最悪だった。
父親に暴力を振られたこともあるし、離婚されたくせに借金残して死んだ。母親は子に見返りを求めた。子のためだと再婚をしたと言い、そしてまた不安定な家庭に置いたのだ。
それで、私を含む子達は、当然素直にいい子には育たなかった。
長女の私は、温かな愛など感じた覚えのない、酷い生活の場。
けれど、生まれ変わった現世は違う。
血の繋がりがなくても、兄は可愛がってくれるし、母も父も熱々に愛し合っていて、私は温かな家庭で過ごせている。
このまま、ぬくぬくと育っていってもよかった。
だが、こうして、父の秘密を知ってしまった以上、それを放置するなんて、気持ちが悪い。
私の転生自体も、何か意味がある。
それを知りたくもなるのは、しょうがない。